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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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曇天をも射抜けよその2

「とりあえず、俺の知ってるハンク・パーソンズとは違うようだし、任せて帰ってもいいか?」


「はぁっ? そんなわけないでしょうっ! なんとかしてくださいよっ!」


 マテウスの投げやりな発言に、シンディーがひっくり返った声を上げた途端、目の前の異形が過剰に反応して、顔(目がないので、本当に顔なのかは疑問の余地は残るが)を向ける。


 その反応を見て、2人は口を真一文字に結び直して、足音を立てないように後退していく。


「病院になんてもの連れて来てんのよ。医療にも限界があるって、知らないの?」


 悪態を吐きながらも、ヴィヴィアナは迷わず真紅の一閃(シュトラルージュ)を取り出して、身構えた。ただし、理力解放インゲージはしていないので、紅く光るつるも矢も、顕在けんざいしていない。


「同意だな。この程度のトリアージなら、俺でも出来るぜ」


「嫌味は結構ですっ。それに、さっきまで本当に人の姿を……」


「マッ……マッ、マデッ……マデウズゥ」


「ほらっ、やっぱり! 貴方を呼んでますよ、マテウスさんっ。ちゃっちゃと交渉して、元の姿に戻ってもらってくださいっ」


「なにがやっぱりなんだよ。さてはお前……なんにも考えてないな?」


 マテウスが1人で逃げないように彼の左袖を強く掴みながら、グイグイとそれを引っ張って、異形の矢面へ立たせようとするシンディー。気が動転しすぎていて、目の焦点が定まっていない。


「あぁ~……初めまして、ハンク。俺がマテウスだ。アンタの力になりたいと思ってるんだが……なにか俺に出来る事はあるか?」


 そのままマテウスの背中に身を隠し、彼に押し付けるように背中を押すシンディー。退路を断たれたマテウスは、不承不承に当たり障りのない言葉を投げ掛けた。その際、ハンクの面影を残すデスマスクと、人を丸呑みに出来るであろう大きな口との、両方を交互に確認するという、気遣いまで見せて、だ。


 その間にも、異形の身体は肥大化を続けて、廊下を完全に塞ぎながら、ジワジワと迫ってくる。


「なんか馬鹿みたいなんだけど、意味あるの? あれ」


「ヴィヴィアナさん、静かにっ。 マテウスさんっ、なんか落ち着くような事を話しかけてあげてくださいっ」


「落ち着くような事、だと?」


 振り返って確認すると、既に二人は半身を曲がり角へと預けていて、いつでもロビーに向かって駆け抜ける準備を済ませていた。マテウスはもう1度、異形へと向き直る。


 マテウスは、最初の印象ではヒルのような見た目だと思っていたが、蛇のように長い胴体をズルズルと引き摺る姿や、胴体の横から生えてくる黒い体毛に覆われた昆虫のように細い触手のような機関が、全く別の印象を彼に抱かせた。


 そういう細やかな観察をした所で、結局この未知の生物が落ち着くような台詞など思い浮かぶ筈もなく、世間話を始めるように適当に語り掛けた。


「体調が悪そうだ。遠慮なく休んで行けよ。アンタが納まるベットがあるかは知らんがな」


 突然、マテウスが脚と評した触手が伸びて、横薙ぎに振るわれる。咄嗟に身を伏せたマテウスの頭上を切り裂いて、堅牢な石造りの壁に大きな爪痕を残す。


 更に、急速な勢いで顔からマテウスに襲い掛かって来るので、交渉は決裂したと判断したマテウスは、きびすを返して、ヴィヴィアナとシンディーの下へと走り出す。


「なんで、こっちに来るんですかぁー!」


「他に何処へ逃げろってんだよっ」


「なに考えてんの? あんな酷い言い方っ。怒るに決まってんじゃんっ」


「そういう問題……待て待てっ、君がそれを言うかっ?」


 3人横並びになって全力で廊下を走り抜けていく間、廊下を圧し潰し、壁を崩しながら、追いすがってくる異形ハンク。その速度は、巨体や狭い館内である不利を感じさせない程に早く、まるで重戦車の如く、全てを巻き込みながら突き進んでくる。


「ひぃぃっ……いぃっ!?」


 悲鳴を上げながら逃げていたシンディーが、慌てていた為になにかにつまづいて、派手に倒れる。


「あぁっ……クソッ」


 それに気づいたマテウスは、少し迷ったうえで急停止。偶然、廊下に打ち捨てにされていたキャスター付き医療ベットを掴むと、それを走らせながら異形ハンクに向かって並走する。


「オジサンッ」


 ヴィヴィアナもロビーに入りかけた所で振り返って、膝を落とし、真紅の一閃を構えて援護の体勢に入るが、マテウスとシンディーが視界に入る為に、手が震えて狙いが定まらない。そもそも、なんの武器も持たないマテウスが、どんな動きをするつもりなのか予測すら着いていなかったのだ。


 そうしてヴィヴィアナが迷っている内に、マテウスは移動するベットを踏み台にして飛び上がり、異形ハンクの顔を全体重をのせながら、素手で殴りつけた。


 その威力に、異形ハンクの顔が小さく揺れるが、全身の質量からすれば微々たる衝撃ゆえに、医療ベットの体当たりも合わせて、ダメージを受けた様子はなく、マテウスが廊下に足を着く前に、素早く反撃に移行する。


 圧し潰さんと迫ってくる異形ハンクの身体の上を、滑り落ちるようにして移動する事で未然に防ぎ、追撃に伸ばされた触手を使った鋭い刺突を、僅かに身体を動かす事で、紙一重の距離で回避すると、すぐさま体勢を立て直して、シンディーへ駆け寄る。


「マテウスッ、さんっ?」「掴まれっ」


 彼女は足を痛めたのか、立ち上がれないでいたので、マテウスは強引に身体に片腕を回して、荒々しく医療ベットへ投げ捨てると、それをヴィヴィアナへ向けて蹴り飛ばした。


「なにっ、をっ? をぉぉ~~っ!?」「ヴィヴィアナッ、頼んだっ!」


 蹴り飛ばすと同時に、マテウスも駆け始める。間髪入れずその影に、異形ハンクの大きな口が叩き付けられた。振動と共に、石で造られている筈の廊下に大きな亀裂が走り、再び顔を上げた異形ハンクの口からは、粉々になった破片がまるで食べかすのようにボロボロと零れ落ちていく。


「はやくこっちに来いっ、民間人っ!」


 この場で足止めしようと、異形ハンクを正面から向かい合っていたマテウスだったが、投げ掛けられた声に気付いて再び顔をロビー側へと向けると、いつの間にかロビーへ入る為の通路を、装具で完全武装した治安局員が塞いでいた。


 万全には程遠い重い体に鞭打って再びマテウスが走り始めると、それを追って異形ハンクも追い縋ってくる。マテウスはその様子に嫌な胸騒ぎを覚えたが、その悪夢もこれで終わりだと、身を屈めながら治安局員達の合間をスライディングしながら滑り抜けた。


「今だっ、撃てっ!」


 レイナルド社製、イーグルストライク。狙った対象を威嚇する為の大きな発砲音と、使い手の匙加減で殺傷目的から、非致死性目的にも転用可能な、汎用性に富んだ銃型装具で、その空気弾は、最大威力まで引き上げれば、人体に容易に風穴を開ける事が出来る。


 その最大威力が異形ハンクの肉体に一斉に解き放たれて、次々と肉体を破壊していく光景を見て、マテウスは事態の終息に、ホッと一息を吐く。


 しかし、そう事態は簡単に彼の思惑通りに運んだりはしなかったのである。

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