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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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雨に別れをその手に虹をその2

「それで? どうするつもりなんだ?」


 乾いた声色をした問い掛けがヘルムート・オーウェン公爵へと投げ掛けられる。相も変わらず、何者をも映さない虚ろな瞳と、執着どころか一欠けらの興味すら感じさせない乾いた声音。


 ただ手摺りに乗せた指先だけは、彼……ヨーゼフ・クラウゼン枢機卿が、この静寂の間も思考を巡らせているという事を示唆しさするかのように、規則正しいテンポを守って、カタカタと音を鳴らしていた。


「人をいきなり呼びつけておいて、一体なんの話ですかな?」


 問い掛けに対してヘルムートは語気を荒くした問い掛けで返す。なにせ彼は、この場に顔を出す為に、(彼にとっては)可愛い甥であるフィリップとの約束……玩具の品定めという予定を反故ほごにしていた。


 勿論、その事を伝えたらフィリップにも散々愚図られたので、仕方なしに1人で自由に品定めをしてくるようにと伝えて、その場を収めはしたのだが、甥との楽しい時間を壊されたのには変わりない。その上で、出会い頭に脈絡のない謎掛けのような質問のされ方をすれば、政治家であるヘルムートとて顔が崩れてしまうのも無理はない。


 更に、この場におけるヘルムートには懸案事項がもう1つあった。


「分かるように説明してくれるのであれば、別に貴方でも構いませんぞアントニオ殿」


 何故この男がこの場にいるのか……フィオナの兄の1人であるゾフ伯爵家の長男アントニオ・ゾフへ牽制するかのような鋭い視線を送る。


 それに対してアントニオは、まずは母譲りの鋭い釣り目でもって無言の目配せをヘルムートへと返した。緊張のせいか肌は青ざめていて、元来より痩せこけた両頬が更に衰えてみえた。


「恐らく、オーウェン公がいらっしゃる以前の話の流れから、マテウス卿の事かと存じます」


「ほう……私が来る以前……ですかな? 一体、なんの話をしていたのやら。大変興味深い」


 牽制の意味合いを持っていた視線は更に鋭さを増す。そこには、まるでアントニオを恫喝するような圧力を秘められていて、余計な事を喋ってないだろうな……と、それこそ口程くちほどに語り掛けて来るかのようであった。


「それより、質問の答えが先であろう?」


「フンッ……そうでしたな。マテウス卿の事については、大変残念だったと思っております。ヨーゼフ猊下げいかは彼をいたく気に入っておられたようですが……」


「そうではない。彼がどうなろうと、大した問題ではない。だがそれも、彼の代理あっての話……私が問うたのは、その代理をどうするつもりなのか? という事だよ」


 分かる訳ないだろうっ……そう怒鳴り散らしてやりたい思いを、眉間に浮かぶ青筋と共に抑えつけるヘルムート。


「……そんなもの、少し腕が立つ者なら誰でもよいだろう。どうせなら、騎士鎧<ルーカン>ではどうかな? なにせあの男に深手を負わせたのだ。実力には申し分ないではないか」


「ほう……確かにその案ならば、オイゲンの興味を引くという条件も揃えてはいそうだが、あれの全てはパレードに投入すると聞き及んでいる。それになにも、あの結果が不変……という訳では、なさそうだからな」


 一体この男はどこまでの事を把握しているのか……ヘルムートは警戒を強める。彼はヨーゼフが問いかけをぼやかすのは、相手を試すと同時に、ボロを出させようと敢えて仕掛けている安い挑発だと考えていた。だからヨーゼフの意味深な発言にも、なにも聞かなかったという態度を貫いてみせた。


「そしてこれから行う予定の、ハンク・パーソンズ捕縛の任を与えるには、少し心許こころもとない」


「なにっ? ハンクの根城が知れたというのか? それは確かな情報なのだろうなっ!?」


「その場所を聞いて、信用に足ると私は判断した」


「だからそれは、何処なのだと聞いているっ!」


「下級市民街のとある工場だそうだ。ここ近年は理力付与エンチャントされた自走式ゴンドラを取り扱っていて、そのメンテナンス作業を主に行っているらしいぞ」


「それはまさか……」


 回りくどい情報の開示ではあったが、すぐにその場所に思い当たったヘルムートは、見開かれた両目でアントニオを捕らえる。


「ゾフ商会傘下、アクアクラフト社……私の愚弟、ガスパロが管理している会社です」


「貴様は……自らの商会もコントロール出来んというのかぁっ!」


 掴み掛らん勢いで、アントニオの間近にまで詰め寄るヘルムート。散々に労力を割いて探していた相手が、自らの懐にいると聞かされて、裏切りを受けたかのような怒りを覚えたのである。


 最後の理性でもって、なんとか手を出すような事態は踏み止まったようだが、アントニオの細身のシルエットも相俟あいまって、彼の剣幕は、そのままアントニオを弾き飛ばしてしまいそうであった。


「どうか怒りをお鎮めくださいっ。そして、聞いて頂きたいっ! 奴はっ、ガスパロはっ! 浄化施設の新設を急いでいるのですっ。ヴェネットの歴史に名を残し、次期商会会長の地位までも得ようと、功績を欲しているのです」


 アントニオの事を睨みつけたまま、部屋中に聞こえるような大きな深呼吸をしてみせるヘルムート。その間に、アントニオはこれ以上の刺激を与えないように気を付けながら、ゆっくりと後ろに下がって、会話するのに適切な距離を取った。


「勿論、浄化施設の新設はいずれ必要になります。異形アウターとの共存など、教会の理念に反しますし、街の美観を損なう異端者隔離居住区ゲットーの異端者共から、労働を奪い、厳しい管理を促進する為にも、ね。ですが私には……」


 そこで一呼吸だけ間を置いて、アントニオの方からヘルムートに近寄り、耳打ちする。


「オーウェン公よりお預かりしたプラントの件がある。今のままでは、浄化施設の新設の際に、必ずおおやけに明かされてしまう事になります。それを避けたいのは、オーウェン公とて同じ筈」


 ぐぬぅぅ……と、大型の肉食獣のような低い唸り声を上げながら、チラリとヨーゼフの顔色を伺うヘルムート。ヨーゼフは手摺りに肘を付きながら、まるで微睡まどろみの中にいるかのように、ぼんやりとした視線を天井に送るだけだ。


「勿論、くだんの件はガスパロにも当然、秘匿ひとくしておりました。ただ、流石に奴もなにか、私にとって都合の悪いものが隠されている、程度の事は察していたようです。恐らく今回はそこに付け込まれ、何者かにそそのかされた。そして、ハンクのような輩の手引きをしているようなのです」


 ヘルムートの怒りが自分から反れていくのを感じて、少し余裕の出て来たアントニオは口滑らかに続けていく。


「技術交流会に向けて自警団の大幅な増員や、ハンクの捜索範囲にも口を出してきた事も……アクアクラフトの展示を成功させる為だと奴はのたまっていたのですが、そういう理由があったのであればに落ちる」


「ようは、貴様等の内輪揉めではないかっ。それがなにを偉そうに……貴様は、はやく戦力をかき集めろっ。再びハンクが姿をくらませる前に、捕らえ、ニュートンの居場所を吐かせるのだっ!」


「はっ!」


 再び激昂げきこうして、声を荒げるヘルムート。走り去っていくアントニオを見送っても、乱れた呼吸は収まる様子を見せなかった。


「それで……どう考える?」


「なにをっ……ふぅ~っ。なんの話ですかな? ヨーゼフ猊下」


 2人の会話に興味など無さそうな表情を浮かべながらも、しっかり聞き耳は立てていた様子のヨーゼフ。彼に対して、苛立ち交じりに声を荒げかけたヘルムートだったが、表面上は再び冷静を装って、問い掛け返す。


「誰が、どう……ガスパロをそそのかしたと、考える?」


「ふんっ、誰でも良いではないですか。ハンクに吐かせれば分かる事だ」


 ヘルムートの回答が満足のいくものではなかったのか、彼から気だるそうに視線を外して、それを窓の外へと向けるヨーゼフ。


「案外……今頃は、顔を合わせているのかもしれんな」


 投げやり、自暴自棄……そんな言葉の似合う、虚脱し切った態度のヨーゼフ。ただ、もしもこの場に注意深く観察する者がいれば、彼の口の両端が僅かに吊り上がる様子を伺い知る事が出来ただろう。

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