改めざる咎その6
マテウスは右手に構えた儀剣。広刃の両手剣サイズまで大きくなったそれを肩付近にまで持ち上げて、片手首を使ってクルクルと5回回す。念の為にと視線を上げてカーティスの顔を確認すると、彼はマテウスに対して力強く頷いていた。
これで2人は互いの意思疎通を済ませる。後は目の前の騎士鎧にどう料理されるかなのだが、マテウスとて教会の人間を立会人に立たせた正式な決闘で、露骨な八百長をするような真似は避けたかった。
(確かパレードの間は、こいつがアイリを守る事になるんだよな)
ここでいうパレードとは、本来は本日に行われる予定だった、騎士鎧<ルーカン>を使って、要人警護を想定した市街散策を行うイベントの事だ。裏ではフィリップの思い付きにより開催日が先送りにされた上に、連日の雨の影響もあって開催日未定にまで追い込まれているのだが、外界から隔離されていたマテウスはそういった事情までは知る由もない。
だから、アイリーンを守るにたる実力があるかどうかを試してみようと、まずは積極的に仕掛けてみようか……と、マテウスの方から打ち込んでいく。
ともすれば不用意な程、真っすぐ間合いを詰めて、正面から両手剣を振り下ろすマテウス。反応を確かめる為の打ち込みだったのだが、騎士鎧<ルーカン>はそれを横倒しにした両手剣で受け止める。
刀身の長さは勿論の事、柄や鍔の形状までそっくりそのまま丸写ししたかのように酷似した両手剣同士がぶつかり合って、激しい衝撃音が鳴り響き、理力が火花のように飛び散る。露骨に目を引く派手な光景に観衆は思わず声を上げた。
打ち込んだ瞬間の感触にマテウスは違和感を覚える。その違和感を確認するためにもう1度、今度は更に力を込めて右袈裟に斬りつけてみるが、騎士鎧<ルーカン>はこれも両手剣を傾ける事で受け止めてみせた。
(……成る程。これは気味が悪い)
2合目にしてマテウスは違和感の正体に気づく。普通の人間相手ならこれだけ肉迫して打ち込めば、体を庇う為に押し返したり、受け流したりの動きを見せるのだが、騎士鎧<ルーカン>にはそれがないのだ。その上、間合いを切ろうともせず、ただただマテウスの攻撃を真正面から受け止めるので、まるで壁に打ち込んでいるかのような違和感を覚えたのである。
足さばきまでを絡めた複雑な行動が出来ないのか、必要がないからそれをしないのか……必要最低限の行動に従事する姿は、別次元の剣技を見せつけられているようでもあった。
マテウスはどこまで出来るものかと、興味本位に力加減を変化させながら、更に激しく打ち込みを繰り返していく。分かりやすく派手な剣の打ち合い(観衆にはそう見える)に観衆は沸くが、その最中にふと気になってカーティスの顔を覗き見ると、案の定、彼が顔を青ざめさせているのに気づいて、マテウスは苦笑いを浮かべた。
(そうソワソワするなよ。鑑賞用に撫でてみせただけだ)
マテウスはカーティスを安心させる為に、次は騎士鎧<ルーカン>に打ち込ませようとするが、剣術の常識が通じない相手にどう打ち込ませるかで悩む。結局半信半疑のまま、観衆に気づかれない程度にわざと隙を作って見せたのだが、それに対して騎士鎧<ルーカン>は彼の予想以上の反応を見せた。
マテウスが見せた隙に針を通すように、最短距離の軌道で斬りつけてくる騎士鎧<ルーカン>。その速度たるや、鋭く放たれた矢にも迫る勢いで、打ち込まれる準備をしていた筈のマテウスが受け損ねて、大きく両手剣を弾き飛ばされる程であった。
(速いっ。しかもしっかり剣術してるじゃないか)
崩れた体勢で捌きながら体勢を立て直そうとするのだが、間合いを切る事すら叶わずに、徐々に後ろに追い詰められていく。このようにマテウスが余裕の一切を奪われているのには理由があった。
1度主導権を与えた途端、一気呵成とばかりに息継ぐ間もなく繰り出される斬撃の全てが、重心の乗せ方や関節1つ1つの使い方に至るまで達人級のそれで、人間味のない防御手段とのギャップにマテウスは面食らったのである。
ようやく彼が体勢を立て直した時には、防御柵に背中が触れるまでに追い詰められていてた。背後には貴賓席……アイリーンがいる筈の場所だ。理力解放で強化が成されているとはいえ、この場所で戦闘を続けるのを良しとしなかったマテウスは、騎士鎧<ルーカン>の斬撃に合わせて、迎え撃つように両手剣を斬り上げる。
再び1合目の時と同じような、一際大きな衝撃音と鋭い火花が飛び散るが、今度の軍配はマテウスの方に上がった。ぶつかり合う瞬間の衝撃に備えていた者と、そうでない者との差が明確に表れた結果、騎士鎧<ルーカン>の両腕が上がり、脇から下ががら空きになる。
フラムショットガン……理力解放。
マテウスは、そのまま騎士鎧<ルーカン>の両腕が下がらないように左手で両手剣を扱い、牽制を続けたまま理力解放。右手を相手の腹部に添えると、密着距離から無数の青い火球を解き放った。相手は大した防御も講じずに正面からそれを受け止め、そのまま防御柵の端から端まで吹き飛ばされていった。
おぉ~……等と大きな歓声が上がるが、これに1番意表を突かれたのはフラムショットガンを放ったマテウスの本人だ。体勢を崩して、背後に回る隙が生じれば……その程度の期待で放った理力解放で、相手が吹き飛んでいったからである。
通常の理力解放など、騎士鎧<ランスロット>以前の騎士鎧……それこそ第2世代とて微動だにせず正面から弾き返すものだが……と、不安の眼差しを送った先で、騎士鎧<ルーカン>が平然と立ち上がる姿を確認して、決闘相手なのにも関わらずホッと胸を撫でおろす。
(宣伝もこれで十分だろう……後はボロが出る前に、とっとと終わりにした方が良さそうだ)
マテウスはもう1度肩付近まで剣を掲げて、片手首を使って両手剣を5回回してみせた。カーティスの顔を確認すると、マテウスの意図する事が伝わったようで、大きく頷く。緊張しているのが丸分かりで、乾いた喉に唾を流し込む音が聞こえてくるかのようだった。
騎士鎧<ルーカン>が小走りに駆け寄ってくるのに合わせてマテウスも駆け寄っていく。そして1人と1体が交錯しようかという瞬間、まずは予定通りに騎士鎧<ルーカン>からマテウスの首を刈り取ろうと、横薙ぎに両手剣を振り切る。
マテウスはそれを予定通りに屈んで避けて、予定通りに相手の持ち手を狙って不用意に両手剣を伸ばす。そこを騎士鎧<ルーカン>がこれも予定通りに鋭く剣を翻して、マテウスの両手剣を絡めとるような動きで弾き飛ばす。
やられるにしてもそれなりの演出が必要……カーティスとマテウスが2人で話し合った通りに事が進み、予定通り後退しようと身を低くして膝のバネを失った状態のマテウスに、予定通り騎士鎧<ルーカン>が1歩踏み込んで両手剣を振り下ろす筈だったのだが……その先があった。
予定外に、大きくもう1歩。騎士鎧<ルーカン>がマテウスへと踏み込んで来たのである。
勿論、これは全てが常人の反応を遥かに超える速度の出来事。マテウスは表情にこそ出さなかったが、久しぶりに死の覚悟で背中をざわつかせる。その中にあっても、不自由な体勢の中で致命傷を負う間合いから仕切り直そうとなんとか腕を上げようとするが、彼の瞳が観客の中に見覚えのある人影を移してしまった。
(レスリーッ!?)
戦闘以外の余計な思考は取り払った筈だった。だが、レスリーと思わしき人影と目が合った瞬間……負の情念を集約したような恨みがましい視線(今の彼にはそう見えた)を浴びたその瞬間に、呪いを掛けられたかのようにマテウスの動きは硬くなった。
そして容赦なく振り下ろされた両手剣が、無情にもマテウスの胸部を捕らえ……彼のありとあらゆる感情ごと、肉体を右袈裟に大きく切り裂いていく。
斬りつけられる場所をコントロールし切れず、深手を負ったマテウスは即座に騎士鎧化を解いた。治癒系理力解放の自動実行で、自らの傷を更に悪化させない為である。しかしそれは、被害の拡大を防いだだけの行為でしかない。
動脈を斬りつけられたのか、マテウスの胸から血が噴き出して床を濡らしていく。傷口を自らの右手で抑えつけるが、出血が止まらない。下半身に力が入らずよろよろと後退していきながら、彼はもう1度レスリーの姿を確認しようと顔を上げるが、まるで幻であったかのように彼女は忽然と姿を消していた。
「マテウスッ!!」
聞き覚えのある声に首だけで振り返ろとして、それを切っ掛けにバランスを崩して、仰向けに倒れ込んだ。防御柵の向こう側に見知った顔が並んでいた。眦を湿らせて、今にも泣きそうな主の顔に、苦笑いを浮かべる。
(君に……君達母娘に、そんな顔をさせたくなくて、この場所に戻って来た筈だったのにな)
正しさを求めながら初志を見失い、結局また間違えを犯してしまった。胸が熱く感じるのは傷によるものか、罪悪感によるものなのか……それすらも判然としないまま、暗い水底に沈んでいくように意識を失っていく。
そんな最中にも、切り替え、振り切った筈のレスリーの泣き声が……マテウスの名前を繰り返し呼び掛け続ける慟哭が、どこからか聞こえたような気がした。




