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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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改めざる咎その5

「これより、騎士鎧<ルーカン>と騎士マテウスの決闘を行うっ。なお、この決闘は騎士マテウスの異端を暴く為のものであるっ。罪状を読み上げるっ」


 定型的な前口上が読み上げられている最中、マテウスは辺りの様子を伺う為に視線を巡らせていた。


 黒い柵で仕切られた巨大なダンスホール。そこが決闘の為に用意された舞台だった。柵の外にまで被害が及ばないような理力解放インゲージを行う為に、傍には等間隔で黒羊毛騎士団の騎士達が配置されていた。


 その向こう側に見える観衆達は、その多くが技術交流会の会場でアイリーンと彼女の弟であるフィリップとの口論を目の当たりにした上流階級の者達だ。眉間に皺を寄せている者や、興奮に顔を赤らめている者や、大口を開いて欠伸をする者などなど……その表情の多様さがそのまま、この決闘に対するそれぞれの思惑を表しているかのようであった。


 そんな光景を一通り眺め終えた後に、マテウスは冷静な自らを取り戻すために己に言い聞かせる。


(難しく考えるな……もう1度状況の確認だ)


 最初に彼は観衆の外……決闘を俯瞰ふかん出来る高い場所から一際強い視線を送ってくる男に視線を返した。視線の先の男の名はカーティス。マテウスが対峙する騎士鎧<ルーカン>を開発した研究主任だ。彼の手元では騎士鎧<ルーカン>の制御装置が光を放っている。


 マテウスに敗北を持ち掛けてきた彼が待つのは、マテウスからもたらされる符丁ふちょう。とある符丁が彼から示された瞬間、それはカーティスだけに分かるマテウスの敗北宣言となり、マテウスにとって極めて安全な手順で、敗北が約束される手筈になっている。


 対戦相手に直接八百長を持ち掛けるなど……カーティスをそんな逼迫ひっぱくした行動に走らせた理由は、騎士鎧<ルーカン>が万が一マテウスに敗北した場合の処遇にあった。


 マテウスが操る2世代前の騎士鎧<ランスロット>。そんな過去の遺品との決闘で後塵こうじんに甘んじるような騎士鎧がらくたを、国際的な技術交流会の場で発表したとあらば、エウレシア王国は物笑いの種……そう考えるフィリップの命により、カーティスの一族郎党は勿論、他の開発関係者達も国家をたぶらかして、研究費を掠め取り続けた詐欺師として処刑すると宣告したからである。


 その宣告は、アイリーンとフィリップが口論した翌日に、騎士鎧<ルーカン>の開発者の前でのみ行われていて、(厳重な口止めをされたらしく、マテウスも他言無用と念押しされている)彼はその足でどうにかマテウスの居場所を突き止めて、黒羊毛騎士団団長ラングレー伯の伝手つてを使い、マテウスに面会しに来たのが、先日のあらましだ。 


 対して仮にマテウスが敗北した場合、彼の処遇はどうなるのか? 彼はそれを求めるように、今度はシンディーの姿を探した。彼女はカーティスから僅かに離れた場所へ腰かけていた。敗北すれば異端嫌疑の免罪という建前の下、アイリーンがヴェネットに滞在している間は彼女に協力してマテウスと因縁深い相手、ニュートン博士の捜索に力を貸すという手筈になっている。


 しかし勝利を収めた所で、その点に大きな変わりはない。アレッサンドロ劇場での邂逅直後なら兎も角、技術交流会をおびやかかそうとする相手(ここではハンク・パーソンズの事)の情報の共有を済ませた後で、まだ自分は無関係だなんて態度を取って自由に振舞おうとすれば、今度こそあらぬ嫌疑を掛けられて、弁明の暇すら与えて貰えないままに口封じを受ける……なんて事は、教会という存在を正しく認識していれば、飛躍した想像と切り捨てられない。


 内情の共有には責任が生じる。マテウスとて、そう理解したうえで関わったのだから、それに思うところはなかったのだが、こうして状況を整理してみる事で、1つの答えに辿り着く。


(この決闘になんの意味がある……)

  

 勝利に栄光はなく、敗北と差異がない。マテウスは柵越しから見渡せる光景に、自身が見世物小屋の珍獣にでも成り下がった気分におちいる。実際、既に過去となった落ち目の騎士が、意思すら持たない騎士鎧あいてを前にして、賭ける必要もない命を賭ける姿は、物笑いには最適だろう。


(なぁレスリー……本当にこんな場所にいたかったのか?)


 剣を振るしか能がないマテウスにとっては、周囲の多くにうとまれたとしても、この場所にしがみ付くより他なかった。少しでも良くしてくれる者達の力になれるならと剣を振るい続け、しかし力及ばずに全てを失い、それでももう1度と舞い戻ってきた果てが、この戦場と呼ぶには程遠い、剣を構える意義すら見出せない決闘きげきだ。


(君と出会ってそろそろ半年ぐらいか。たったの半年だが、日に日に強くなっていく君の才能に、教える事の楽しさを教えられたよ)


 マテウスは自身の選択を後悔した事が少ない。常にその時に出来る最善を尽くそうとして来たからだ。だが、間違いがなかったかと問われれば、間違いを積み重ねてきた結果がこの有様だと、うそぶくしかない人生を歩んでいた。


(実力は既にあるんだ。あと少しの切っ掛けで、騎士としての殻を破る事だって出来るだろう。だがな……)


 この決闘に対しても、既に腹積もりは済ませていた。己の勝利が多くの犠牲を払うもので、国家規模からかんがみても大きな技術力の損失に繋がるというのなら、そこには選択の是非はない。だがそれは、純粋に勝利と生還を願ってくれるアイリーンに対しての背信でもあるのだ。


 これを責任の放棄とそしられるやもしれない。だが、勝敗の如何いかんに問わず、教会に身を預ける必要に迫られるのならば、これを機会に知らしめるべきだ。闘いに約束された勝利などなく、誰しもに突然、敗北の瞬間が訪れるという事を。


(君は俺とは違って、他にも多くの才能に恵まれているという事も、この半年間で知れたんだ。それなら、もっとマシな道へ背中を押してやりたくなるのが、人情というものだろう?)


 騎士の十戒に、騎士は弱者への敬意と慈愛を持たねばならん、というものと、騎士は主へ絶対的な服従を示さねばならん、というものがある。どちらかを守れば、どちらかを破る事になる局面が多く、全てを守ろうとして守れるものではない、不完全な代物だ。


 他の騎士達が適当に折り合いを付けていく中、マテウスだけは生真面目に破った回数を数え、その数こそが馬丁ばていの子である証なのだと、罪悪感を拭い切れずにいた。


(レスリー、教えてくれないか? 俺は君になんて声を掛けてやれば良かったんだ?)


「この決闘が、マテウスに大いなる審判を下すだろう。立会人として、我がそれを見届ける」


 いつの間にか立会人の口上は、終わりを迎えようとしていた。戦場とはかけ離れたこの場所に、マテウスの求める正しい選択はない。迷いを抱いたまま儀剣を構えるが、霞が掛かったかのように先は見えないままだった。


「我らの忠義を見せろ、<ランスロット>」


 皮肉な文言じゃないか、見せる忠義すら持たないというのに……そう独りちながら騎士鎧の内で薄ら笑いを浮かべるマテウス。そして難しく考えようとするなと頭を振るう。結局、己に出来る事を成すしかないのだから。


(さぁ……心を捨てろ。迷わば死ぬぞ)


 そんな彼の心情に反して騎士鎧<ランスロット>は、より一層神々しい輝きを放つのだった。

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