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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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然るべき棲家へその1

 ―――ほぼ同時刻。バルアーノ領、ヴェネット、治安局ヴェネット本部前


 マテウスとの話し合いを終えて、ひとまずの方針を得たシンディーは、シドニーとの合流をて、治安局を出ようとした所で見知った顔に遭遇する。


「そんなっ。もう面会時間が終わってるだなんて……なんとかならないのっ?」


「なんともならん。さぁ、警備の邪魔だからとっとと帰ってくれっ」


「はぁ? なにその態度? こっちはっ……」


「ヴィヴィッ」


 感情的になったヴィヴィアナが、今にも掴み掛らんばかりの勢いで治安局員達に迫ろうとした所、それを横から割って入って阻止したのはアイリーンであった。


「相変わらず男の人が相手だとすぐカッとなるんな。少し落ち着こーや。その人らは別に悪い事してへんよ?」


 動きが止まった隙にすかさずヴィヴィアナの後ろから寄り添って、両腕を身体に回して治安局員達から引き離していくフィオナ。晩餐会の会場から着の身着のまま移動して来た彼女達。その為に、ヴィヴィアナは赤鳳騎士団の制服姿、フィオナはドレス姿のままなので、全ての受付時間を終えて人気のなくなったこの正面口付近では、大変に浮いていた。


 対照的にアイリーンは化粧を落とし、髪も下ろした自然体の姿で、馬車で移動して来たにも関わらず、シットリと髪を濡らした街娘の装いであった。


「それはそうだけど……その、ごめん」


 アイリーンとフィオナ、それぞれの静かな眼差しを受けて、みるみるしおれた表情へと変化して項垂うなだれるヴィヴィアナ。それに対してアイリーンは困ったような笑顔を浮かべて、ありがとうと一言述べながら、掴んでいた彼女の手を離す。


「王女殿下っ」


「貴女は確か……」


 シンディーが声を上げながら早足で近づいていくと、余計な事を……眉根を吊り上げたシドニーが、それでも不承不承と彼女の後に続いていく。アイリーンもそれに気づいたようで、姿勢を正して彼女達と向かい合った。


「ご無沙汰しております。クレシオン教会、異端審問局、第2級異端審問官シンディー・ロウです」


「あの事件以来ですか……久しいですね」


 異端審問官の制服を身に纏ったシンディーや、その後ろに並ぶ神威執行官であるシドニーが、迷いなくひざまずいてこうべを垂れる姿が余程効いたのだろう。自分達が相手をしていた可愛らしいだけで何処にでもいるような服装の少女が、殿上てんじょう人である事に気づかされて、治安局員達も慌てふためきながら同様に頭を垂れる。


 その相手を選ぶような態度に再びイライラを募らせるヴィヴィアナであったが、アイリーンが先に本題に入っていくのに気づいて、口を閉ざす。


「ここに貴女方が姿を現したという事は、やはりマテウス卿が異端者認定されたというのは事実なんですね」


「いえ。それには誤解がございます。少しの時間さえ頂けたならば、ご説明いたします」


 食いつきたくなるようなこの申し出に、アイリーンはえて一呼吸を置いた。それこそ喉元まで出かかった、その時間を使ってマテウスに会わせて欲しいという言葉を飲み込む為である。ここでシンディー達や自らの立場を使えば、治安局員達を従わせる事も難しい事ではないだろう。それが分かったうえで彼女は、次の行動に出た。


「貴方達は先に下がりなさい。ご苦労様です」


「……はっ、はいっ。失礼しますっ」「失礼します!」


 知らなかったとはいえ一国の要人相手に無礼な物言いをしてしまった負い目と、その後の気まずい沈黙からくる緊張感から一気に解かれて、治安局員達はそそくさとその場から離れていく。


「顔を上げてください、シンディーさん。お連れの方も」


 続けて声を掛けられて、促されるままに顔を上げたシンディーは、心中で意表を突かれていた。彼女は自らをアイリーンに利用させる為に、治安局員達が同席しているタイミングを見計らって声を掛けたというのに、肝心のアイリーンがその機会を不意にしたからだ。


 胸中の疑問がありありと表情に浮かびあがったシンディーを見詰め返すアイリーンの眼差しは、一言で言い表すなら物憂ものうげであった。誰もが羨むであろう立場でありながら、一体なにをそんなに苦しむのか……シンディーはまるで魅入られたかのように、呆然としたまま立ち上がる。


 だが、当のアイリーンは彼女が立ち上がるのを確認する前に背を向けて、正面口へ向けて歩き始めていいく。


「立ち話をするには少し長くなりそうですので、移動しましょう」


 そう告げたアイリーンが向かった先は、正面口脇に着けてあった彼女の馬車であった。アイリーンに続いてシンディーとシドニーが車内に上っていくと、そこは思いのほか広々とした空間で、彼女達3人は勿論の事、アイリーンの横にパメラが同席しても十分な余裕があった。


「どちらまでお送りしましょうか?」


「あのっ、私達もここには馬で参りましたので、停留所に移動していただければそれで……」


「それでは、お話するには少し時間が足りなそうですね」


「それはそうですが……」「折角の機会だ。送っていただきましょう」


 2人のやり取りを黙って聞いていたシドニーが、前触れもなく口を挟む。


「私達の馬なら明日にでも取りに来させればいい。夜中のこんな雨の中を走らせる事を思えば、ここは甘えさせて貰った方が賢明です」


 耳打ちでシドニーにそう告げられて、ようやくシンディーも迷いが晴れる。


「そうですね。では、王女殿下。パヴィノア修道院までお願いします」


「分かりました」


 小さく首肯したアイリーンがパメラに視線を送ると、声にして指示を出さずとも、彼女が御者へ行き先を伝える。目的地を得た馬車がゆっくりと移動速度を上げていく中、再び会話を切り出したのはシンディーであった。


「では順を追ってお話します」


 マテウスに伝えた内容は、彼の主(この場においては)たるアイリーンにも筒抜けになるものとした方がいい。そう考えたシンディーであったが、マテウスを異端の嫌疑で捕縛した経緯以外の説明は、あえてはぶいた説明をしていく。


「マテウス卿はハンク・パーソンズを王女殿下の脅威と捉えています。そして私達は、ハンク・パーソンズが拉致したと目される、ニュートン博士の保護したいと考えています。目的が同じであれば、協力し合える筈です。ですが、マテウス卿がああいった性格なので、今回の件で首輪を掛けておく必要があるのではないか? と、上に申し付けられて、このような形で対応させていただきました」


 シンディーの説明は、教会の不利になるような情報は最初から与えないように努めた説明であった。そうする事でアイリーンに嘘偽りを使うような事は避けたかったのである。


 そのうえでシンディーには、アイリーンの方から詳細まで問い詰められるような事があれば、素直に従ってつまびらかに情報を開示する用意もあったのだが、幸いと評するべきか、アイリーンは詳細にまでは興味を示そうとはしなかった。


 それどころかシンディーには、耳を傾けている最中の彼女の表情が、いっそ興味なさそうにさえ見えた。


「彼がそう判断したというのなら、私としても後押しましょう。ただし協力は、私がここに滞在している間……という事でよろしいのですね?」


「技術交流会が終わるのが、後3日。王女殿下は、それから2週間は懇親の為に滞在されるとマテウス卿から伺っています。それだけの時間がいただければ十分ですし、こちらの問題が解決次第、すぐにでも彼を解放すると、お約束します」


「分かりました。そこまで話が進んでいるのであれば、今後の協力関係については、私が口を挟む事はありません。ただ1点……」


「なんでしょう?」


「彼が決闘を迫られているという話は伺っているでしょうか?」


 シンディーとて、その事を忘れていた訳ではなかった。ただ、その事案を避けるように説明していた為に、相手に指摘される事で、後ろ暗い部分を白日の下に晒されたような感情を覚えた。


「あっ、あれは私共の計画ではなく、別の手の者が……」


「しかし、決闘は明後日の正午に技術交流会の予定として組み込まれてしまいました。こうなってしまっては、回避のしようがありません。その原因の一切が貴女達にはないと、本当に言えますか?」


「……申し開きのしようもありません」


 深く項垂うなだれてしまったシンディー。彼女の隣に座るシドニーは、それとは対照的に舌打ちを零すような横柄さだ。しかし、アイリーンはそれについては言及しようとはしないで、シンディーの肩に手を添えて、彼女の顔を上げさせる。


「弁明は求めていません。その代わり、貴女方に協力して欲しい事があります」

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