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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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欠片のひとつひとつをその5

「しかし、一言ひとことに商会と言っても、このヴェネットには様々な商会が入り乱れていますから、特定は難しいですな」


「確かにそうだが、ひとまずはゾフ商会を疑うべきじゃないか? 異端者隔離居住区ゲットーや緊急連絡通路の管理を一部を任されているのは、ゾフ商会の自警団だ。彼等が、ハンクの入退場を手引きしたと考えるのなら、奴の足取りの一切が負えない事も説明が付きやすい」


 マテウスの仮説に、シドニーが頭を振るいながら会話を引き継ぐ。


「安易な。貴方は知らないでしょうが、緊急連絡通路前の詰め所で見つかった遺体……」


「あの床下に収納されていた、自家製挽肉の事か?」


 マテウスの笑えない冗談にシンディーが目が合った瞬間を思い出したのか、視線を落として口元を抑える。シドニーは彼女の背中を気づかわし気に撫でながら、相手を侮蔑ぶべつするような眼差しをマテウスへと送った。


「悪かったよ。それで、遺体がどうしたんだ? ゾフ商会の自警団員だったとでも言いたいのか?」


「そうです。彼等はハッキリとした形で被害をこうむっていますし、くだんのベルモスク人捜索にも人員と情報を提供して頂いてます。あの異端者を特定できたのも、彼等の力によるものだ」


「……早いな。こう言ってはなんだが、早すぎないか? なんせ途中から騎士鎧ナイトオブハートの介入があったとはいえ、神威執行官きみたちの追跡を振り切ったような奴だぞ。只者ただものではあるまい」


「彼の名前はルイス。マテウスさんのいう只者の枠に収まっているかどうかは存じませんが、これといった背後関係のない、技術交流会に向けて増員された自警団の1人です」


 今度は吐き気から立ち直ったシンディーが再び会話を引き継いだ。彼女は机の下から、1枚の紙片を取り出してマテウスへと手渡す。そこにはルイスの名前や年齢、家族構成などの基本的なプロフィールが記されていて、彼はその資料の子細な部分に至るまで目を通していく。


 そして、その最中に彼は、見覚えのある名前を見かけた。


「アーシアとマルコ……」


「ルイスの親類縁者で、それぞれ婚約者と血の繋がった弟ですね。彼女達の所在は知れているので、既に人を手配しています。間もなくここに拘留こうりゅうされる予定なんですが……お知り合いですか?」


「いや、例の夜に少し会話をした相手がそんな名前だったような気がする程度だ。顔を合わせればハッキリするんだがな。ただ、相手も俺の事を覚えているかどうか」


「チッ……貴方が彼女達からより良い情報を引き出せるというなら、引き合わせても良かったんですが、なんの価値もなさそうな話ですね」


「そうそう都合よくいくかよ。それに、苦労して得た情報の方がありがたみが増すってもんさ」


「また適当な事を言って……それより、目を通したのならばその資料を返して頂けませんか?」


 マテウスは、あぁすまない……と前置きした後、シンディーの要求に応じてルイスの資料を手渡す。


「1つ……この書類だと、技術交流会期間中の試験的な増員と書いてあるが、そもそもそんな必要あるのか?」


「どういう事ですか?」


「自警団の仕事なんて商会の使いっぱしりが殆どだ。この街だと異端者隔離居住区ゲットーの入退場管理やその中での徴税なんかもしているようだが、それも技術交流会だからといって人手を増やす必要があるかと問われれば、そうでもなくないか?」


「……つまり貴方は、このニュートン博士の亡命計画の為に彼が増員されたと、言いたいのですか?」


「そこまで言っちゃあいないが、あの浸水のどさくさに紛れてニュートンを連れ出すとして、ハンクとルイスの2人だけでは不足だよな? それを踏まえたうえで、技術交流会直前に追加された人手……ルイスの親類縁者と同程度には、締め上げる価値があると俺は思うんだが」


 シンディーは顎に自らの指先を押し当てて考え込んだ。シドニーは聞こえるように舌打ちした後、面会室から姿を消す。おそらく、増員された人手を片っ端から拘束する為の手筈を整えに行ったのだろう。


「意外だな。これぐらいは既にやっているものだと思っていた」


「聞き苦しい言い訳になってしまうかもしれませんが、私達は今、本当に余裕がないんです。不確かな情報を頼りにこの街に乗り込んで、なんとかヨーゼフ猊下の協力を得た矢先に、異形発見報告。極めつけは、騎士鎧による壊滅的なダメージ……立て直すいとますら与えられません」


「その点に関しては、同情するよ。それより、邪魔者もいなくなったし聞いてみたいんだが、その不確かな情報というのは、以前に劇場で俺が聴いた、技術交流会が何者かに狙われるに予想するに足るなにか……で、いいんだよな?」


「お察しの通りです。ただそれは、今となってはこのニュートン博士亡命計画へと繋がっていたのではと、勘繰かんぐりたくなるようなものですが」


「それに関しても、俺はもう聞いてもいいんだろう?」


「……理力付与技術研究所アンバルシア支部には、様々の研究所が在籍していました」


 一拍だけ間をおいて語り始めたシンディーの言葉に対して、マテウスは相槌を打つ。


「その中には、レイナルド社の理力付与技術開発部門第1研も在籍していまして、今回の技術交流会に向けて開発を続けていた第6世代騎士鎧(ナイトオブハート)<ルーカン>の開発資料が残されていたんですが……」


「まさか盗まれたのか? あの立て続けの爆発だぞ。その中で紛失したという可能性も……」


「そうだとしても、なんの痕跡もなく全てが失われるという事はないでしょうし、なにより生存者の中に職員がいて、彼からそういう目撃証言を得ています」


「あの事件において、主犯とされている暁の血盟団は、犯行声明をあげず、要求の一切もしないまま、あの爆発に巻き込まれて死んでいる。当然、不可解だとは思っていたんだが、まさか彼等は本当にこの為だけに利用されたのか……? それに、盗まれたのは本当にレイナルド社だけだったんだろうな?」


「はい。他の研究所の遺失物に関しても調べましたが、全て残されていました。情報だけを別に書き記して持ち出すという方法もなくはないですが……それには専門的な知識とそれに応じた人数が必要ですし、集めた証言からして、まずないだろうという結論に至ってます」


 マテウスは1度、シンディーの話の内容を噛みしめるようにして1度押し黙り、再び口を動かし始める。


「よく、発表にぎつけたな。こんな事態におちいれば、反対の声も上がっただろうし、なにより開発自体が間に合わなくなりそうなもんだが」


「開発に関しては、既に最終段階に入っていて、拠点をヴェネットに移した後だったので問題はなかったようなのですが、反対の声はかなり上がっています。それこそ、この事実を手にした私達からも真っ先に発表の中止をうながしましたし、何者かからの脅迫も数回に渡って受けているとか……」


 険しい表情を浮かべたまま、シンディーは話を続ける。顔には悔恨かいこんの感情が色濃く浮かんでいた。


「ただ、新世代騎士鎧の開発のような、国家規模の計画を中止する理由わけにはいかなかったようです。世界の要人が見守る技術交流会で、テロに屈するような恥を晒すわけにはいかないという思いもあったのでしょう」


「そりゃあな……それで盗まれた開発資料というのは、どの段階のものなんだ?」


「技術的な内容のほぼ全てです。分かる者がそれを手に入れてしまえば、そっくりそのまま作り上げる事が出来る程の……」


 シンディーの言葉の重みに耐えかねるかのように、マテウスは深い溜め息をこぼした。


「なる程。亡命の材料も十分って訳か……この選択で本当の恥を晒すような事に、ならなければいいんだがな」

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