欠片のひとつひとつをその3
ラングレーとカーティスが帰途についてから1、2時間後。面会時間も終わろうかという時間帯になって、彼女達は姿を現した。
「今日はもう、顔を見なくてすむと思っていたんだが」
再び個室から面会室へと監視員と連れ立って入室してきたマテウスが、彼と机を挟んだ向かい側の椅子に腰掛ける第2級異端審問官シンディー・ロウ……その後ろに立つ第1級神威執行官シドニーの姿を見て、開口一番に皮肉を零した。
「そういうわけにはいかないでしょう。こんな事になっているんですから」
「全くだ。まさか本当に、俺を異端者にしたてあげたい訳じゃないんだろう?」
マテウスが彼女と向かいの椅子に腰掛けながら問いかけを返すが、それに返答したのは顔に小さな傷跡を何か所も残し、右腕を吊るした状態のシドニーだった。
「その無駄口を2度と聞かなくて済むのなら、その選択もあるでしょうね」
「痛ましい姿のわりに元気じゃないか。その様子なら、席をお譲りする必要はなさそうで、なによりだ」
「どうして貴方達は顔を合わせた瞬間そうなるんですか……まったく! まったくもって、けしからんっ。まったく……もうっ」
「……顔がニヤけているんだが?」「……どうぞ。鼻血をお拭きください」
シンディーの仲裁? を受けて、一先ず2人の口論は中断される。鼻血が止まったのを確認して、シンディーが動いた。
「その前に、これから先は口外出来ない内容なので……」
そう告げて視線をシドニーへと上げると、彼は無言で頷いて面会室の隅で会話の記録を行っていた監視員へと声を掛ける。
「しばらくの間、席を外してもらえますか?」
「いや、しかし……」
「貴方は、我々の主命の遂行を妨害されるのですか?」
その後の無言の圧力により、監視員はスゴスゴと退室していく。マテウスは彼が世の理不尽を呪って異端に走らないことを切に願った。
「まず始めに……今回の件は貴方に首輪をかけておきたいという、ヨーゼフ猊下の下知なんです」
「枢機卿猊下に首輪をかけて頂けるという事は、ついに俺も君達の同僚という事になるのか? ヴヴゥーワンワンッ」
「……反省の色1つないですね。本当に火刑に処されてしまえばいいのに」
「冗談だよ、猟犬。それで君達の上司……少し違うのか? まぁとにかく、君達の上司がそうしないでいいように、俺に首輪をかけたという事は、なにか俺にさせたいという事なんだろう?」
「察しが良くて助かります。私としては……本当はこんな手法を取りたくないのですが、一昨日の夜のような貴方の振る舞いから、また犠牲者が出るような事態になっても困りますから」
「会場で君と一緒にいた男も口にしていたが、その責任は俺にあるのか? 自分の身ぐらいは自分で守って欲しいんだが。まさか四六時中、君達の事を護衛しろとでも?」
「現状……そうして頂くよりありません」
皮肉を口にしたつもりが、素直に頷き返されてしまい、マテウスは声を失ってシンディーからシドニーへと視線を移す。彼はマテウスの視線に気づいていながらも、目を合わせようとはせずに、顔を俯かせて小さく舌を鳴らした。
「先日の騎士鎧の襲撃で、我々の戦力は大きく削がれました。勿論、本部より人員は派遣される予定ですが、本部と現場とでは優先度に隔たりがあるようで、長い時間を要する事になりそうなんです」
まさか大陸中の信仰を占有する教会が、自ら弱味を見せるような話の内容。シドニーの不服そうな態度はこれが原因なのだろうと、マテウスは解釈した。心根ではマテウスなど必要ないと力強く宣言したいのだが、現実はそれが許されない程に戦力を消耗しているのだ。
「それに、ヨーゼフ猊下は貴方の事を高く評価してくださっています」
「……顔を合わせた事もなかった筈だが?」
「カナーン討伐やN&P社献金不正事件における、私の報告書に目を通してくださったそうです」
「俺の名前を出したのかよ」
「ありのままに報告しました。私達の報告は全て神の耳にも届きます。偽りの記録は出来ません」
マテウスが口止めしておけば良かったと後悔に顔を覆うが、その後の言葉にそれすらも許されなさそうな厳格な態度を目にして、げんなりとした溜め息を落とす。それと共に……分かった、協力しよう。と、ぼそりと呟いた。
「…………」
「どうした?」
「いえ、余りにもあっさりと承諾を得られたので……もう少し、反対があるものだと思ってました」
「反対できるものなら反対したいんだが、今、俺の立場は余りにも弱くてな」
そもそも異端者の嫌疑で拘束されている上に、決闘まで持ち掛けられているという、最低のダブルブッキング状態の彼に、この首輪という名の後ろ盾は、むしろ渡りに船であった。
「いえ……そうではなくて、王女殿下の護衛をもっと優先されるものかと思っていたので」
「そっちは……まぁ、この状況だと仕方がないだろう」
彼にとって最優先事項がアイリーンの護衛である事には今も変わりない。ただ、会場の警備に割かれている人数や、赤鳳騎士団の成長を鑑みて、1度護衛から離れてみる機会を設けてもいいと考えたのだ。だがマテウスは、そんな事情を彼女達に説明しても無意味だとして、言葉を濁した。
「それに協力するにあたって、条件を付け加えたい」
「なんですか?」
「この街でなにが起こっているのか、知っている事を全て教えて欲しい。異形だったり、騎士鎧だったり……なにをさせたいのか知らんが、このまま手探りの状態はいい加減ウンザリだ。それに、今のまま何者かから君達を守れというのは、無理があるだろう?」
シンディーは無言のまま振り返って、1度シドニーの顔を見上げる。彼もまた無言のまま深く頷いて見せた。
「では、私に答えられる範囲は全てお答えしましょう。まずは、なにから?」
「最初に聞いた質問に答えて欲しい。俺にさせたい事は本当に護衛だけなのか? 一体、俺になにをさせたいんだ?」
「私達の護衛を任せたいという言葉に嘘はありません。ただそれ以上に、ある人物の捜索に協力して欲しいのです」
「それはハンク・パーソンズじゃないのか?」
マテウスは彼女達がアレッサンドロ劇場で口にしていた、赤鳳騎士団とも因縁深い相手の名前を口にするが、その答えにシンディーは神妙な表情を浮かべながら、首を左右に振った。
「おそらく、探す先に違いはないのですが、私達が優先して追い求めている人物は違います。彼の名前はニュートン。貴方がよく知る、あのウォルター・ニュートン博士です」
(オリてぇぇ~……)
マテウスの胸の内を支配する、即座に前言撤回したい程の嫌悪感。しかし彼は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、なんとかその言葉を胸の奥にしまい込んだままにしておいた。




