責任と代償その1
「いつ俺が惚けたって……ちょっと待ってくれ、同行だと?」
シンディーの手を振り払う事もマテウスには出来たが、彼はそうしなかった。というより、周囲を取り囲んでいる神威執行官達の皆が既に、装具に利き手を添えながら機を伺っていたので、逆らうには状況が悪いと判断したのである。
「本当にただの同行だとするなら協力は惜しまないが……一体、なんの用件なんだ?」
「残念ながら貴方には、異端の嫌疑が掛けられています」
「ハッ……冗談キツイぜっ。神の教えに逆らうような生き方をした覚えはないが?」
「理由は2つ。貴方は彼、エドウィン氏から神威執行官の雨具を盗み、それを着用して神威執行官を騙ったと、有志よりの目撃証言がありました」
「誤解だ。確かに雨具を取り間違えたかもしれないが、俺から神威執行官を名乗った覚えはない」
「嘘を吐くなっ、この異端者めっ。取り間違えたというなら、何故貴様の合羽が残されていなかったんだっ!」
マテウスとシンディーの会話に割って入って、彼の襟元を引き千切らんばかりの力で乱暴に掴んだのは、シンディーに紹介されたエドウィンという男だ。マテウスと同程度の体格を持った巨漢の男で、ふっくらとした愛嬌のある丸顔が特徴の男なのだが、今は顔中に怒りの感情を宿らせて、両目を剥き出しにして、マテウスを睨みつけている。
「よしてください。この場で不毛なやり取りを繰り広げるつもりはありません」
「……もう1つというのは?」
襟元を掴まれたまま、無抵抗に話の先を促すマテウス。それに見かねたシンディーが、エドウィンの腕に手を重ねて彼に向けて視線を送った。それだけで、凡その意図を察したエドウィンは、口惜しそうにマテウスの襟元から手を放した。
ただし、放し際にマテウスの胸元に張り手を加えるという挑発行為をした上でだ。しかし、そのような行為でマテウスの表情は崩れなかった。彼はエドウィンから視線を外して、シンディーに冷静な眼差しを送る。
「異端者であり、ゾフ商会の自警団員殺害事件の容疑者との繋がりが疑われています。貴方が姿を消したタイミングは、私達の混乱を招く為のもの。つまり、貴方の行動は容疑者の逃走幇助である、という見解です」
「それを……君は本心から言っているのか?」
呆れ果て、なにか訴えかけるかのような眼差しをマテウスから向けられて、シンディーは思わず視線を反らす。その仕草を見ただけで彼女の内心が透けて見えるような、素直な反応だった。
「お互い、損な役回りをさせられているようだな……それで? 俺は一体、これからどうなってしまうんだ?」
「貴方は、一時的に治安局の留置所に拘留されます。そこでの審問を通して、嫌疑が晴れなかった場合、異端者と認定。処分次第では、その日の内に火刑台に上る事もあると心得ておいてください」
「いやはや、震えるね」
異端審問の疑いを掛けられて、その嫌疑が晴れた事例は稀だ。彼等が黒と宣告すれば、白い物でも黒くなる力を彼等が有しているからである。ただ、そんな状況に置かれながらも、マテウスは冷静であった。
その理由は、シンディーの先程の反応を見たからであったり、比較的疑いを晴らしやすい、事実無根(雨具の件に限っていえば、そうでもなかったりするのだが)の嫌疑内容であったり、クレシオン教会に関わり深い、女王ゼノヴィアの騎士という立場であったりと、様々だ。
どうして技術交流会の真っ最中のこのタイミングで? と、疑問を抱かないでもなかったが、まぁ、ここは大人しく従っておくか……心の内では舌を伸ばしながら、少しでも印象を良くしようと、殊勝な態度で拘束に従おうとしたその時、カフスボタンが明滅する。
通信石に誰かからの受信があるという証であった。
「出てもいいか?」
マテウスの言葉を無視して、いち早く拘束を実行しようとするエドウィンを片手を挙げるという仕草だけで制すると同時に、マテウスに向けて深く頷いて見せるシンディー。
「マテウスだ。なにかあったか?」
「なにかあったかじゃなくってさ。何時まで寄り道してるの? 通信できるって事は無事なんでしょ? 早く戻って来なよっ」
通信相手は、周囲に人がいるのを気にして声を潜めているようだったが、名乗らずとも声音から相手がヴィヴィアナである事は、マテウスにもすぐに分かった。
「ちょっと取り込み中で、戻れそうにない」
「戻れそうにないっていつまで? 今、こっちで面倒な事になりそうで……」
「簡単に説明するとだな……俺が異端者認定されて、拘束されようとしている。しばらくは、留置所暮らしになりそうだ」
「はぁぁ~っ!?」
声を潜めていた事すら忘れたヴィヴィアナの悲鳴が響き渡る。マテウスは勿論、会話の内容を横から聞き耳立てていたシンディーまでも、カフスボタンから顔を離した。
「オジサン、それマジで言ってんの?」
「事実だ。拘留されれば、通信石も使えなくなるだろう。恐らく命を取られるような事はないと願いたいが……どうなるかは、正直俺にも分からん。そう君からも、アイリに伝えておいてくれと助かるんだが」
「えぇ……じゃあアイリの弟の言ってた通りって事? あぁ……もうっ。それじゃあ、こっちはどうすんのよ?」
「取り乱しているようだが、そっちでもなにかあったのか?」
「レイナルド社の騎士鎧にアイリの弟が文句付けてさ、それをアイリが注意? とにかく怒ったら、弟が逆ギレして話がこじれ始めて、最終的には今、異端者認定されてるオジサンが、その免罪にレイナルド社の騎士鎧と決闘しろって事になりそうなんだけど……あぁー……マズイ。なんかスッゴいでかいオジサンも乗り気になっててて、ホントにヤバいんだけどーって、私の言ってる事伝わってる?」
「待て……アイリの弟というと、フィリップ王子殿下か? 王子殿下が俺が異端者認定されていると口にしたのか?」
「そう言ってんのっ!」
マテウスは横目にシンディーの顔色を伺う。会話の内容を所々でしか把握できていない彼女は、視線を浴びせられて戸惑ったような表情を浮かべるだけだ。今、この場で情報の出所の是非を確かめるのは難しいだろう。
「少し落ち着いてくれ……とりあえず、そっちも非常に面倒な事になっているのは理解したよ」
「そうっ……良かった。いや、なにも良くないんだけどさ」
確かに……マテウスは心の内でそう返答した。
「それで? どうすんの? これ。てかっ、オジサンの方こそ大丈夫なの? それ」
「先程も言ったが、それは俺にも分からん。暫くの猶予は残されてはいそうだがな。ただ、悪いんだがどうあがいても俺は、これから留置所へ直行するしかないようだ。そっちは君達だけでなんとかしてくれ。それと、可能なら騎士鎧との決闘なんざ勘弁してほしいが……これだけは伝えておいて欲しい」
「……なに?」
「どんな結果になろうとも、最後まで付き合ってやるから、君の好きなようにすればいい、とな」
「はぁ? これから拘留される奴がどうやって付き合うの? そういうのは、ちゃんと自分で伝えてあげなよ」
「クッ、ハハハッ……実はそれが目下、悩みの種でな。さて……快適な決闘が出来る留置所に心当たりはあるか?」
「そんなもんある訳ないでしょ、バーカッ。こっちは本気で心配してんのに、いつもそうやって……あぁー、なんでもないっ! それで……その、留置所なら面会ぐらい出来るんでしょ? 行くから、ちゃんと何処に拘留されてるかぐらい、分かるようにしといてよねっ」
「努力しよう。苦労をかける」
通信を切ると同時に、両手に手枷を嵌められて拘束されるマテウス。神威執行官と異端審問官、それらに囲まれて連行される悪人面の男……周囲の視線を集めるに十分な組み合わせを前に、ざわつきが収まらない。
マテウスがふと壇上を振り返ると、フィオナと視線があった。彼女は気づかわし気な表情で、今にも此方へと駆け寄って来そうな程に身を乗り出していたが、マテウスは平然とした表情で手枷で拘束された両手を上げて、おざなりに振って見せる。
気にするな……と、そういう意図のジェスチャーだったのだが、フィオナの表情は深刻さを増していしまっている。ただ、彼の意思は伝わったようで、マテウスの背中が消えるまで、壇上から降りるような真似はしなかった。




