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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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騎士鎧の心得その3

「どうしてこんな場所にベルモスクが?」「あの制服……見た事がないな」「王女殿下の護衛らしい」「あぁ、例の……」「家畜に人の服を与えるとは、趣味が悪い」「あんなものが傍にいれば、刺客も近づきたくはなくなるのではないか?」「クスクス……」


 耳を澄まさずとも聞こえてくる、会場の喧騒に紛れた誹謗中傷、侮蔑ぶべつ。以前までのレスリーならば、それだけで萎縮し、居たたまれない気持ちになっていたのだろうが、今日の彼女は違っていた。


(またマテウス様に褒められてしまいましたっ)


 そういった言葉の数々はレスリーの心に確かな傷を残していった。だが、そんな事がどうでもよくなるくらいに、彼女の気分は高揚していたし、幸せだった。何故なら、技術交流会2日目の今日。彼女はずっとマテウスの傍に控える事を許されたからである。


 他にも理由はある。異端者隔離居住区ゲットーで夜を迎えたあの日、浄化施設職員達に異形アウターからの護衛をかってでた赤鳳騎士団であったが、結局護衛の役目を果たす機会は訪れなかった。


 地下排水路を先行調査していた者に行方不明者が出た事もあって、赤鳳騎士団の言葉に信憑性が増し、浄化施設職員達の態度は軟化。赤鳳騎士団の護衛と共に、地下排水路の更なる調査を進めていくのだが、肝心の異形が姿をみせなかったのだ。


 また、調査に進展が見られなかった為、調査は中断。その後赤鳳騎士団は、護衛のかたわら神興しんこう局の下級仕官達が現場の指揮権を掌握するまで、復興作業の手伝いにまで駆り出される事になるのだが、ここでレスリーは人生で初めて、多くの者達に称賛される経験をした。


 作業を覚える速度や正確性。そして機転やその器量。なにかを手伝う度に好意的な声を掛けられる事が初めてだった彼女にとって、恥ずかしく、くすぐったくも感じたが、悪い気はしなかったし、まるで新しい世界の扉を開いたかのような、貴重な体験であった。


 つまりレスリーは、連日嬉しい事が続いていて、少し浮かれているのである。彼女は、隣に立つマテウスに気付かれないように顔を覗き見上げながら、控えめに一歩だけ彼との距離を詰める。そうする事で、また胸の内に幸福が広がっていくのだ。


 因みに、アイリーンの護衛であるマテウスが、アイリーンから遠く離れた位置にいるのは、以前にも記述した通り、彼の難しい立場が起因している。それと同様に、レスリーもその見た目から、上級国民の多くが声を掛けるアイリーンの傍に立つのに相応しくないという事で、離れた場所で警護をしているのだ。


 だから彼は別に、意図してレスリーを喜ばせる為にここに立っているのではなくて……


「レスリー、顔を上げろ。今、西の入り口から入って来た奴だ」


「……ひゃっ、はいっ」


 マテウスから急に声を掛けられたレスリーは、護衛の最中だというのに浮かれ切った邪な心を見透かされたのかと、心臓が飛び跳ねるかのような驚きに背筋を伸ばすが、彼の表情が真剣味を帯びているのに気づくと、心を入れ替えて、彼が指定した場所へと視線を送る。目標はすぐに見つかった。


「……と、歳は20代後半、おそらくジアート王国北部の人間……腰にナイフ? のような長さのものを携帯しています。踏み出しの広い歩き方からも、せっ、接近戦を得意とした体術を会得している可能性が、がっ……た、高いです。しゅっ、周辺を警戒している視線の動きをしていますが……ふっ、不審な挙動ではありっ、ませんので……今回会場入りされている、ジアート王国外交官ギールズ氏の近衛兵の方……で、でしょうか?」


「最後のは、近衛兵と会話をしているのを見た後だから、カンニングだな」


「あっ……そのっ、す、すいませんっ、すいませんっ!」


「いや、いい。それまでの観察眼も良かった。俺の予測とおおよそ同じだ」


 当然、離れた場所での護衛も役目は多い。護衛対象の周囲を護衛する者達よりも視界が広いのだから、先んじて不審者に目星を付けておく事も出来るし、状況事に変化していく退路の把握しておくのも重要だ。


 また、定期的に移動を繰り返す事で、不審者だけではなく、護衛対象の移動予定先の不審物にも目を配っておく必要がある。その上で狙撃スポットまで事前に抑えておく事が出来ればいいのだが、そこまで護衛範囲を伸ばすには、赤鳳騎士団は少数過ぎた。


「対象の歩き方の観察は上手くなってきたようだな。だが、腰に差している短剣は、一見隠しているように見えるが、装具でもなんでもないただの見せ武器だ。本命が他にある。これが分かっていれば、おのずと相手が不審人物でない事が看破出来る。装具でもない、あんな見つかりやすい刃物を持ったまま会場入りするメリットがない上に、そもそもが門前払いになるからな。それと、視線の動きを言及していたが、余り頼り過ぎないように。得られる情報も多いが、本物は警備の視線を想定して動いてくるぞ。例えば……」


 マテウスの説明に対して、無言でコクコクと頷きながら、瞬き1つしない真剣な表情で聞き入るレスリー。ここまで興味を抱いてくれれば、教えにも熱が入ろうものだが、今は護衛の最中だ。余り意識を取られ過ぎるのも良くはない。


「いや、続きは移動しながらだな。コースは覚えているか?」


「は、はいっ」


「では、パメラへの通信を頼む。その後は、君が先導して移動してみてくれ」


「はいっ、レスリーにお任せください」


 レスリーが緊張した面持ちで通信している間、マテウスはもう1度、アイリーンの周辺を確認する。多くの取り巻きに囲まれながら彼女が見学している先は、エウレシア王国最大手の理力付与道具エンチャントアイテム製造会社、レイナルド社のブースである。


 今回の技術交流会では、停戦から10年経ち、国家間の同盟が進む時代背景も相俟あいまって、殆どの理力付与道具製造会社が騎士鎧ナイトオブハートの開発から撤退を表明し、出展されるのは公共施設や設備、もしくは生活基盤を支える理力付与道具が、大半だろうと目されていた。


 しかし、唯一レイナルド社だけは違っていた。世界でも最高峰と呼び名の高い理力付与技術エンチャントテクノロジーを駆使した次世代騎士鎧を、今回の技術交流会に間に合わせて発表してみせたのである。


 技術交流会における各社の出展は、製品化予定の理力付与道具の発表であったり、これからの開発方針の告知であったりと、目的は様々だ。そしてその目的の1つに、現段階での理力付与技術の報知ほうちというものがある。


 時代の流れに逆らう事になろうとも、やはり騎士鎧が理力付与技術のすいを結集させた、理力付与道具である事は疑いようもなく、見た目にも他とは一線を画す華があった。アイリーンの周囲を囲う人だかりこそが、その証明。注目を集めるという事に関してだけならば、大成功を収めていると称して差し支えあるまい。


(次世代ね……)


 第4世代騎士鎧<ランスロット>を扱うマテウスとしては、次なる世代……第6世代と謡われる騎士鎧の詳細に、多少なりとも興味をそそられはしたが、パメラとの通信を終えたレスリーが歩き出すと、すぐに視線を切って、レスリーに続いて歩き始めるのだった。

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