望むべくもない場所へその4
ショックエイク……理力解放
エドウィンが持つ大槌型装具……レイナルド社製下位装具ショックエイク。理力付与技術の布教及び管理をしているクレシオン教会が開発し、業界最大手レイナルド社に製造を委託させ、神威執行官達の為に量産させた下位装具だけあって、使いこなす事が出来た時は上位装具に迫る性能を見せる、優秀な下位装具である。
エドウィンが振り下ろしたショックエイクが地面へ触れた瞬間、ショックエイクが触れた場所ではなく、ドミニクの足元が陥没した上に炸裂して、石片が周囲へと飛散する。このように、地続きになった場所という条件さえクリアすれば、理力解放の際に上乗せされた威力ごと、その発露先を自由にコントロール出来る装具なのだ。
「はっはーっ、見えてるよーっ?」
だが、ここまでに散々その現象と対峙しているドミニクに奇襲は通じない。笑い声をあげながら大きく飛び上がって石片を回避して振り返り、エドウィンを視界に据える。
その途端、まるで獲物を捕らえるかのような動きで彼女の右肩から垂れた触手にも似た黒い炎が、武器を下げて無防備になっているエドウィンへと襲い掛かった。
従者と呼ばれる、<ランスロット>以降の騎士鎧から搭載された補助機構である。使用者が動く事を許可するだけで、有効射程内の敵へ騎士鎧自身の意思で攻撃可能な触手が、エドウィンへ猛然と迫り来る。
闇に紛れて這い寄る蛇のような挙動。先程、シドニーの馬を葬った正体がこれだ。その威力が人の身体で耐え得るものではないという事も、横たわる亡骸達が証明していた。
エドウィンもそれは重々承知しているようで、ショックエイクを手放しながら、横っ飛びに回避する事によって、その広い攻撃範囲からの離脱を図った。着地を失敗して潰れた蛙のような声を上げる彼の背後で、黒い触手が虚空を貫き、地面を抉り進む。
エドウィンがこれから先の戦闘を考えて、武器を持ったままの回避行動を行っていれば、彼の半身は形を残していなかったであろう。そんな紙一重の差であった。だが、どちらにせよ応戦手段を失った彼に、これより先は残されていない。
「やばいヤバいヤバイッ!」
それでもエドウィンは、武器を拾いに行くのではなく追撃を予期して、全力で後退を続ける。両手を大きく振って駆け抜ける姿は、後退ではなく遁走と呼ぶべきかもしれない。
ともかく、彼の背後が<パロミデス>の触手によって次々と破壊されつくしていく事実から、彼が少しでも足を止めれば死を免れないのは明白である。
「おぉ~っ? 頑張るじゃーん? いいよいいよーっ、息が切れて足が止まったら負けだかんねぇー」
従者がエドウィンに攻撃出来る距離を維持しつつ、必死に逃げ惑う彼の様子を眺めるドミニク。彼女自身が追撃しようとしない様子から、最早これが彼女にとって戦闘の体を成していない事が知れる。
しかしそれは、エドウィンにとってもシドニーにとっても関係のない事だ。彼等は生き残る為の最善を尽くすだけである。ドミニクの背後に立つシドニーのショックエイクが振り下ろされて、再びドミニクの足元が大きく爆ぜる。だが、種の割れた手品が通用しないように、彼女はそれをも飛び退いて回避して見せた。
「残念ー。ぜーんぶ、見えてる……っ!?」
飛び退きざまに振り返ったドミニクの眼前に、人の顔程度の石片が襲い来る。いつの間にか背後から彼女へと忍び寄っていたシドニーが、彼女の退路を予期し、ショックエイクを使って弾き飛ばしていたのだ。
そんなものが騎士鎧の理力の装甲を貫ける訳はないのだが、ドミニクは条件反射で首を反らして回避する。面倒くさい事を……そんな旨の言葉を発しようとした瞬間、彼女の顔の真横で回避した筈の石片が爆ぜた。
それは、ショックエイクの理力解放の応用。ショックエイクで石片を弾き飛ばす瞬間にその衝撃を、タイミングを見計らって時間差で発露させたのである。
当然、理力の装甲を前にして、その程度の攻撃ではダメージを与える事は出来ないのだが、それでも人の頭であれば軽く吹き飛ぶ程の衝撃である。全く予期していなかったドミニクには、それなりの効果を示した。
中空で大きくよろめいた彼女は、そのまま両手を地面に着く姿勢で着地。すぐさま顔を上げるが、シドニーは既にショックエイクを構えていた。腰の入ったアッパースイングがドミニクの下顎を捕らえて、彼女を大きく仰け反らせる。
シドニーが続けざまに腹を打ち抜こうとした所で、彼は足を止めた。同時に<パロミデス>の従者が弾丸のような速度で彼の目の前を横切る。彼女の危機を察知した従者が、自分の意思でシドニーを攻撃対象に変更したのだ。
追撃を免れたドミニクが攻勢に転じようとしている動作を見て、シドニーは後退しながらショックエイクを振り被る。ドミニクはその振り下ろす瞬間を狙って、地面を蹴りつけて飛び掛かった。地続きになっている場所に触れていなければ、大したダメージを与えられる事はない。装具の特性をそう読み切っての判断である。
しかし突然、飛び掛かったドミニクの後頭部が叩き付けられて、彼女は地面を舐める事になる。一体何故なのか……それを理解する前に、シドニーが地面を叩き付けた衝撃が彼女の顔面へ襲い掛かった。
これも彼女の下顎を捕らえた際に理力解放し、その衝撃を時間差で下顎と地続きになった後頭部でもって発露させるという、ショックエイクの応用だ。装具の特性を理解したつもりでも、熟練した使い手の応用はそれを上回るという、いい例である。だがそれでも……
「はぁーいっ」
叩き伏せた筈のドミニクは、既にシドニーの真横に立っていた。彼女は、その横腹を掛け声と共に右足裏を使って蹴り飛ばす。踏み止まる事も出来ず、地面を転がり行くシドニーの身体を従者が貫いて、地面へと串刺しにする。
「シドニーッ!」
遠くの物陰にまで逃げ込んでいたエドウィンが鬼気迫る声を上げて、近づこうとする。だが、ドミニクが一瞥をくれるだけで、その足を止めた。口惜しそうに歯噛みするものの、それ以上迂闊に踏み込めば、次は自身がシドニーの二の舞になるのが分かり切っているからだ。
「もうちょっとー、見てても良かったんだけどねぇー。先にちょーっとだけイラッと来ちゃったっ。ごめんねー?」
自らの首回りを気にするように平手で撫でながら、シドニーの下へとゆっくり歩み寄っていくドミニク。従者が地面へと磔にしていたシドニーの身体を持ち上げる。彼は右肩を貫かれた苦悶の声を上げながら、従者を引き抜こうと左手を自らの患部へ伸ばすが、暖簾のような見た目と反して、梃子でも動かない。
「まぁ、お互いにー楽しかったーって事で良くない? それじゃ……」
「なんじゃーこりゃー? 話に聞いとったのと、随分違いやせんかぁー?」
後、数秒遅ければシドニーの身体が引き裂かれていたであろうタイミングで、それを邪魔立てしたのは、まるで落雷でも起こったのかと聞き間違う程のがなり声。苛立ちながら声の下方向へと振り返ったドミニクは、すぐにその表情を一転。最高に不気味な満面の笑みを浮かべる。
「わぁーぉ……ショーグン級のゲストじゃーんっ」
彼女達の前に現れたのは、全長3mに到達しようかという身長と、それに相応しい骨格に、はち切れんばかりの筋肉を纏った男であった。
そんな彼が担ぐ獲物は、彼の身長をも超える長さと、木の幹のような太さを有した柄の先端に、回転するように取り付けられた巨大な円型のノコギリ状の刃が特徴の装具。
顔中に生え散らかした剛毛を撫でつけながら獰猛に笑う、全てが人間離れした規格外の巨人。元、エウレシア王国軍将軍の1人。そして現、黒羊毛騎士団団長。その名をラングレー・オルセン伯爵と呼んだ。




