月夜に瞬くは銀の閃きその3
―――同時刻。カール邸内
「そっちも終わったのか?」
「滞りなく。もっとも、話を聞くことは出来ませんでしたが」
マテウスは、目の前の倒れた遺体に向けていた視線をパメラへと上げる。彼女の身体を確認するが、衣服には乱れすら見当たらない。そのまま顔へと視線を運ぶが、戦闘した後とは思えない程、涼しいまでの無表情だった。
「こっちもだ。2人を生かして捕らえたんだが、どちらも毒を使って自殺した。練度も士気も、高い集団のようだな」
「……そうですね。こちらも捕らえたのですが、惜しい所で自殺されました。えぇ、残念です」
「……そうか。奥歯に毒を仕込んでいては、君にも難しかっただろうな」
マテウスはどこかパメラの反応に、普段見る事の出来ないよそよそしさを感じたが、それを言及はしなかった。そして遺体の調査を再開する。マテウスはまず、衣服を破いて肌を確認する。
彼の推理が正しければ、あるであろうモノを探しているのだ。そしてそれは男の右胸の上、鎖骨の下辺りにあった。カール邸のリビングに描かれていたシンボルと同じものが、タトゥーになって男の肌に彫られていた。
これでカール夫妻を殺したのは、彼等、もしくは彼等の仲間であるという事で間違いなさそうだ。そしてまさか死後1週間の間を、ずっと遺体と共に侵入者を待ち構えていた訳ではないだろうから、他にも事情を聞くべき相手がいる事を、しっかり胸の内に刻んでおいた。
次にマテウスは彼の衣服を調べていく。他になにか彼等の情報を特定するに至る物が出て来ないかと、丁寧に探していく。しかし、使われなかったナイフなどの武装、理力倉の予備などだけで、目新しい物は出てこなかった。
これ以上の情報は得られないと判断したマテウスは、次に自らのナイフを取り出して彼の口内へと刺し込む。目当ての物を取り出した時、外から人の気配が近づいてくる事に気付いた。
(玄関側からだけだが、複数。多いな。敵の増援か?)
マテウスは目当ての物を懐に仕舞って、代わりに片手剣型装具を取り出してパメラを振り返った。パメラは声を掛けるまでもなく事態に気付いていたようで、既に玄関側への出口横に背中を向けながら、顔を覗かせて様子を見ている。
「敵ではなさそうです。大人しく投降すべきでしょう」
そんなパメラがフッと警戒を解いて、出口から身を離した。マテウスにはなにが彼女をそうさせたのかその時は分からなかったが、ゾロゾロと入ってきた男達の姿を見て納得する。
「治安局だっ! 武器を捨てて両手を上げろっ。早くっ!」
濃紺の生地に金刺繍の入った、詰襟の制服に身を包んだ男達が、それぞれサーベル型装具をマテウスとパメラへ向けて近づいてくる。2人は警告に従って両手を上げた。もっともパメラの上位装具は相手に見えないだけで、いつでもその脅威を振るうことの出来る臨戦体勢……そうでなくては、こんな茶番にまで、パメラは付き合おうとしなかっただろう。
「待て。俺は女王陛下の配下だ。第3王女親衛隊教官役、マテウス・ルーベンス。証拠もある」
「女王陛下の配下だと? そんな証拠が何処に……」
「ちょっと待て、マテウス・ルーベンスと言ったのか? おぉ、本当に将軍ではないですか。帰って来ているとは聞いていましたが……お前達、武器を下ろせ。彼は敵じゃない」
先頭を切って入ってきた男と交渉をしていたマテウスだったが、彼らの後ろから割って入ってきた男にそれを遮られる。割って入ってきた男は見事な禿頭の男だった。逆に豊かに生い茂った眉毛が、表情を変える度によく動くのが特徴的な、20代後半に差し掛かった男だ。
「マテウス将軍。ルグラードの戦いでは百人長を務めさせて貰いました、ダグといいます。他の戦場でも何度か……覚えておられますか?」
「すまない。ルグラードの戦いは覚えているが、君の名前までは記憶にないな。それに俺が将軍だったのは随分前の事だ」
「貴方は覚えていないかもしれませんが、私は覚えています。命も救われた。いくら感謝してもしたりない」
マテウスは自身を戦犯であると過小評価しているが、元軍人や元配下にはダグのようにマテウスを信奉する者も数多くいる。戦場では英雄もかくやの活躍をしたのだから、当然といえば当然だ。ただ、それが貴族諸侯を反感を買い、(庶民上がりでなければ少しは違っただろうが)排斥される事の要因にもなったのだが。
「しかし、ここから先は私も仕事の話をしなくてはなりません。マテウスさん、貴方はどうしてこの場にいるんですか?」
「さっき言ったとおりだ。俺は女王陛下の配下で、詳細までは言えないが彼女の密命を受けて動いている。ここにはカールに話を聞きに来たんだが、既に手遅れだった」
マテウスはダグへ女王特権を提示しながら、振り返った先の損壊が激しくて、どちらがカールであったかの確認も難しいような2つの遺体を見つめて、一呼吸置く。
「死後一週間ぐらいだった。そうこうしている内に何者かに襲撃を受けてな。それでこの有様さ」
「おぉ、貴方がまた騎士として……いや、失敬。今は置いておきましょう。それで何者かというのが、カナーンの事ですか」
「カナーン? 君はコイツ等についてなにか知っているのか?」
「このシンボルはカナーンで間違いないでしょう。以前はまともな教義もあった新興宗教の1つなんですが、クレシオン教団の弾圧に抵抗する為に力を着けようとした結果、今はただのテロリストに成り下がった武装組織です。戦後という時代もあって、人と武器が流れ過ぎた」
女王ゼノヴィアの政策は大きく3つ。大規模なインフラ、周辺国への和平交渉、そして軍縮だ。軍縮の折り、多くの騎士団や部隊が解体され、必要最低限にまで人員は削られていった。目の前のダグもその時に、軍人から治安局へと転職したのだろう。
溢れ出した人材は、大規模なインフラ整備の人材へと回される事になるのだが、騎士として、軍人としてそれに反発する者が生まれた。なにしろ前王アーネストは軍国主義で、国を強くする事にしか興味のない男だった。戦争がなくなったとはいえ、急激な政策の違いに付いていく事が出来ない者が生まれるのも無理のない事だ。
彼等は、その日の食事目当てに野盗に身を落としたり、反政府活動に身を費やしたりと様々な人生を送るのだが、その受け皿としてカナーンが一翼を担ったのだろう。しかし受け入れが過ぎて、カナーン内部での勢力図が変わってしまったというのが、現状である。
だが、これでマテウスの中のひとつの疑問に説明がつく。教会の猟犬である異端審問局が、なぜ王女誘拐未遂事件なんぞに首を突っ込んでくるのかと疑問に思っていたが、奴等は早々にカナーンが実行犯である可能性をなにかしらの理由で嗅ぎ付けていたに違いない。
「もう1つ質問させてください。貴方はカールにどんな用件で訪問を?」
「……第3王女の誘拐未遂事件を知っているだろう? あの事件を調べていて行き着いた」
「エイブラム劇場前の。貴方が王女を助けたと噂になっているあの事件ですか」
「なにか知っている事があるなら、教えて欲しいんだが」
マテウスの言葉にダグは渋面を作りながら首を左右に振るう。
「貴方は女王特権を持っている。私達には協力する義務もありますが、本当に知らないので、どうしようもありません。誘拐未遂事件に関しては介入しないように上から押さえつけられているんです。今後も力になれそうにありません。それにこの件も……あの事件と関連があるのなら、手を引くことになるでしょうな」
悔しそうな表情で辺りを見渡して嘆息するダグ。マテウスにとっては、少しでも情報が入ればと思っての質問だったが、半ば予想通りの答えにダグを慰めるでもなく、そうかとだけ呟いた。
「ならここは任せていいか? これ以上の話なら親衛隊兵舎に訪ねてくれればいい。午前中なら大体そこにいる」
「わかりました。他になにか力になれる事はありますか?」
「そうだな。これを調べて欲しいんだが……」
そういったマテウスがダグに手渡したのは、白く小さな固形物だった。