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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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望むべくもない場所へその3

 ―――ほぼ同時刻。バルアーノ領、ヴェネット、下級市民街周辺


騎士鎧ナイトオブハート? 例の神威執行対象者が使用しているのですか? 違う? 報告なら、正確にして頂けますか?」


 黒羊毛騎士団への現場の引継ぎをしていた1級神威執行官シドニーと2級異端審問官シンディー・ロウであったが、緊急連絡通路水没の件における容疑者らしき男を発見したという報告があったので、急いで馬を走らせていた所、突然もたらされた追加報告にその足を止める。


「どうしましたっ!?」


 シンディーが慣れない挙動で馬の手綱を御しながら、気づかわしげな問いを投げ掛けるが、通信に専念しているシドニーは、右手を前にかざすだけで、答えを返す余裕がないようだ。雨の中にあって、通信石からの声が届き辛いのである。


 いつまで経っても交信を続けてその場を動こうとしないシドニーに対して、静かに馬を寄せていくシンディー。そうして近づいていくと、通信石シーバーから突然、激しい炸裂音が幾つも鳴り響いて、彼女は思わず身を竦めた。


「撤退だっ。撤退しろっ」「退け退け退けっ! 上だっ、上からくるぞっ!」「そこを離れろぉっ!!」


 幾つもの男達の声が重なる。声を聴くだけで伝わる緊迫感。また、そんな事態にあっても、皆が協力し合って、冷静沈着を保ち続けている、戦士である事が分かる。しかし……


 ―――ズウゥゥゥゥンンンッ


 突如として通信石から一際大きな爆発音がすると同時に、向かう筈の場所から2人の足下にまで振動が響き渡った。それきり、一方的に交信が途絶える。通信を諦めて、少し行く先の気配を探れば、戦場を知らないシンディーにさえ悪寒が走るほどの殺気に満ちていた。


「どうも旗色が悪いようですね。貴女はここで引き返してください」


「引き返すって……引き返して、どうしろというのですか?」


「ヨーゼフ猊下に報告を。そして異端審問局へ戦力補充の手筈を整えておいてください」


「そ、そうですね。分かりました……ですが、シドニーさんはどうするつもりなんですか? まさか……」


 シドニーの馬が再び歩き出す。その向かおうとする先に気付いて、シンディーは大きく息を呑んだ。


「勿論、現地へと向かうつもりです。部下の安否を確認もせずに、この場を離れる訳にはいきません」


「しかし相手はっ……」


「部下達が彼等の職務を果たしているというのに、指揮官たる私がそれをないがしろにする訳にはいかないでしょう。貴女もその職務を全うなさってください」


 それ以上、シンディーは声を掛ける事が出来なかった。これ以上、彼を引き止めるような言葉を並べる行為は、彼の覚悟に対する侮辱だ。ただ、言葉を飲み込むのに精一杯で、雨に濡れた眼鏡を拭う余裕すらなく、顔を青く引き攣らせている。


「今生の別れのような顔をなさるのですね。ご安心ください。お忘れですか? 我々には既に増援が約束されているのですよ?」


「……そうだっ、黒羊毛騎士団っ」


「主力が整い次第、後発を送ると彼等も言っていました。それまでの間、敵の足を引き止めておく役割ぐらいは果たしてみせましょう。さぁ、行ってください」


「分かりました。理力の光の導きがあらん事を……」


 それまでの態度とは打って変わって、サッとクレシオン十字を切ると、素っ気ないまでの態度でその場を後にするシンディー。これ以上長引かせると後ろ髪を引かれるだけだと考えたからだ。彼女を見送ったシドニーは、合羽のフードを深く被り直す事で切り替える。


(流石に、嫌な予感がしますね)


 シドニーが神威執行対象者に対して追跡を差し向けたのは、10人の精鋭からなる神威執行官の小隊である。性格故の意識の差はあれど、誰もが厳しい訓練と激しい実戦を潜り抜けて来た戦士であった。彼は今、それを全滅させるような相手がいる場所へ向かっているのである。


 争いの痕跡を辿りながら進んだ先は、歓楽街。そこかしこから悲鳴や怒声が飛び交い、今なお異変が継続している事が知れる。馬の走る速度を緩めて、警戒を強めながら通りへと足を踏み入れたその時、突然に馬が前脚から崩れ落ちた。


 手綱を手繰り寄せながら、なんとか落馬を防いだシドニーであったが、その際に馬の前脚から血が噴き出している事に気付く。いつの間にか、切断されていたのだ。


 だが、それに対して思考を巡らす間もなく、シドニーの視界の隅で黒い影が動く。彼は咄嗟の判断で、馬の腹を蹴りつけて逆方向へと横っ飛びした。黒い影はその前まで彼がいた馬上を撫で、そのまま馬の首を輪切りにして元の場所へと戻っていく。


 馬の首から噴水のように立ち昇る血飛沫の向こう側で、全身からゆらゆらと黒い炎を立ち昇らせながら歩み寄ってくる騎士鎧のとらえて、シドニーは後退しながら腰に手を伸ばし、臨戦態勢へと移った。


「へぇー。良い動きするじゃーん。もしかして、ヤれる人?」


 恐怖を煽る幽鬼のような姿から、まだ若さの残る軽薄そうな女の声がして意表を突かれるシドニー。半ばはだけていた合羽のフードを完全に脱ぎ捨てる事によって、顔を冷たい雨に晒し、冷たい怒りと共に身を凍らしていく。


「随分と派手に暴れたようですね。我々が神威執行官と知っての狼藉ろうぜきですか?」


「アハハハハッ。そんな目立つ服着といてー、他になんと間違えんのよー。馬鹿じゃんっ」


 ケラケラと腹を抱えながら笑う姿は、声同様に年相応の女そのものだ。ただ、見た目は無骨な騎士鎧姿なので、逆に異様な雰囲気があり、シドニーはそれに飲み込まれないように距離をまた一歩外す。


「私達は、商会自警団になりすましていた、ベルモスクの男を追っていた所でした。貴女はその一味……という事ですか?」


「なーんの事かーっ、分っかりませーん。それよりさー、私を捕まえないのー? ほら、貴方の友達殺したの、私なんだよー? えっとねぇー……例えばこの人とかっ」


 騎士鎧姿の女こと、ドミニクが彼女の足元に転がっている死体を引っ掴んで、それをシドニーの足元に投げ捨てる。胸に大きく開いた風穴が死因だと一目で分かる死体それは、紛れもなく彼の部下だ。


「この人もでしょー? それに、あれっ……どこだっけー? ごめーんっ、ちょっと散らかし過ぎて、分かんなくなっちゃっててさぁー」


 ウロウロと徘徊しては、死体を投げ付け、顎に手を当てて大袈裟に考える仕草をしたりと、まるで我が家のようなリラックスした態度に、それが挑発行為だと分かっていても頭に血が上っていく。


 増援が来るまで敵の足止めをしておけばいいシドニーにとって、ここで彼から仕掛ける必要性は皆無かいむだ。そう何度も胸の内で念じ直さなければ、それこそ自らの寿命を縮める行動に出ていただろう。


 だが、事態は急変する。ドミニクの後方。その物陰に隠れていたシドニーの部下の生き残りが顔を覗かせた。マテウスに合羽を(意図的に)取り間違えられた、あのずぼらな男……名前をエドウィンと呼んだ。


 エドウィンはシドニーになにやら目配せをするが、シドニーは気付きながらもそれに反応する事が出来ない。もし反応してしまえば、それをドミニクに悟られてしまう可能性があるからだ。


(頼みますから、大人しくしておいてくださいっ)


 しかし、シドニーの祈りは届かない。同僚の敵討ちに燃えるエドウィンは、黒羊毛騎士団からの増援がある事を知らないからだ。それを、事前に意識共有していなかった自身の失敗であると割り切り、エドウィンが静かに大槌型装具を振り被る様子を見て、シドニーも覚悟を決めた。


 そして、彼の大槌型装具が振り下ろされると同時に、闘争の火蓋も切って落とされる。

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