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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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彼方からの輝きその6

(これは一体全体どういう状況だ?)


 マテウスはもう一度辺りを見渡しながら小さく首を傾げて、騎士鎧ナイトオブハートの下で眉をひそめた。東門で下級仕官達の情報を頼りに酒場へと向かった彼は、東門の様子を見に行くと言い残して出ていったエステル達の情報を得た。


 その入れ違いに落胆した彼だったが、再び東門へ踵を返す前に、下級仕官達へのアリバイ作りを兼ねて、重犯罪者収容所の状況を確認しておこうと足を延ばしている最中、こうして偶然に彼女達との合流を果たすのだが、同時に何者かを相手に戦闘をしている気配を感じ取った。


 そして現在。端末デバイス以外の武器になる装具を保有していない彼は、たちまち騎士鎧を纏って相手の素性を確認もせぬまま加勢に入ったのだが……自身が刺し殺したフレダリオンと、最大級の警戒を向けてくる残りの3匹を見比べて、改めて状況の不可思議さに疑問が生じたのだ。


 しかし、彼はそんな疑問をいつまでも引きずって、相手に反撃の糸口を渡すような男ではない。異形アウターの事情など、殺した後で確認すれば良いのだ。


「まぁいい。なんにせよ、仲良く出来るような相手でもないだろう」


 両手剣ツヴァイハンダーを右手で握り直して、自身から見て一番手前にいるフレダリオンに対して、猛然と襲い掛かる。低く鋭い剣筋の下、右逆手で横薙ぎに両手剣が振るわれるが、全身に警戒を行き渡らせていたフレダリオンは紙一重にそれを回避。振り抜かれた剣の風圧とフレダリオンの跳躍とで、水面が爆ぜてマテウスの周囲に舞い上がる。


 しかしこの水飛沫の中にあって、フレダリオンの回避先をマテウスの両目はしっかりと捕えていた。


 ハイドロブリッツ……理力解放インゲージ


 両手剣を剣速が遅くなるにも関わらず片手に持ち直していたのは、この追撃を狙っていた為だ。また、えて回避させる事でエステルとの距離を開けさせて、同じ射線上から外す為の策でもあった。


 回避先へ待ち受けるように迫ってくる、弾丸と化した水球群に、半身を消し飛ばされながら宙を舞うフレダリオンへと、音速に迫る速さで距離を詰めて、両手剣を振り下ろし、真っ二つに叩っ切って逃れようのない死を与える。


「どこを見ているっ!」


 突然現れた目で追う事すら難しい存在の登場に、萎縮してしまっていたフレダリオン達。目の前にいたエステルが、その大きな隙を見逃す訳もない。身体が硬くなってしまっていた所を狙われて、エステルに懐へと潜り込まれてしまう。


 反射的に彼女を叩き付けようと右前脚を振り下ろすが、エステルのソードブレーカーがそれを串刺しにして喰い止めた。それでも力づくで圧し潰そうとするフレダリオンの胸部に、殲滅の蒼盾(グラナシルト)を叩き込んでの理力解放。


 自らが巻き込まれないように威力を抑えた1撃であったが、フレダリオンを仕留めるには十分すぎる威力だったようで、相手の胸部は消し飛ばされ、大きく抉れた胸部から焦げた臭いを発しながら水の中へと沈んでいく。


 それを飛び越えて、最後の1匹へと迫るエステル。しかし、完全に戦意を失ったフレダリオンは大きく飛びのいて後退を始めた。家屋の壁を蹴り上げて高く飛び上がり、屋根の上へと着地して再び飛び上がって逃走を開始した。


 それを黙して見逃すいわれもあるまいが、さてどうやって仕留めようかと考えながら、追い掛ける為に腰を落とし、足に力を溜めていると……


「マテウス様っ、これをっ!」


 レスリーの手によって、彼とフレダリオンの遥か上に向けて、黒閃槍シュバルディウスが投擲されたのである。それ以上の言葉もなく、彼女の意図を察したマテウスは地を蹴りつけて黒閃槍に向けて飛び上がる。


「逃がさないからっ!」


 そのマテウスの下で、浸水に捕らわれた両足を大きく開き、上半身を支えながら弓を引き絞っていたヴィヴィアナから、矢が解き放たれる。その時既に、フレダリオンは彼女との距離を30m近くは離していたが、放たれた矢は風雨を切り裂きながら、彼女の思い描いた軌跡通りに突き進んでいった。


 そして滑空体勢に入っていたフレダリオンの背後へ迫ると、そのまま右後ろ脚の骨肉こつにくを射抜いた。激痛にバランスを失ったフレダリオンは、大きく体勢を崩し、無様にも地面へと落下する。


 水面を叩き付けて、爆発したような派手な音を上げながら沈んだ身体が、水底でもう1度打ち付けられて、空気を求めて声なき悲鳴をあげた。


「お膳立てが、出来過ぎだなっ」


 そんなフレダリオンを見下ろせる上空で、勢いをくし、今にも落下を始めようとする黒閃槍を右手で掴んだマテウスは、右半身を大きく反らしながら動きを止めた目標の背中に狙いを絞り、全力で右腕を振り抜いて、黒閃槍を投げ付ける。


 黒閃槍はまるで吸い込まれていくようにフレダリオンの背中の中央を貫いて、地面へと串刺しにした。


 後は放っておいても、いずれ絶命するであろう。そんな相手にさえ、マテウスは追撃の手を緩めない。フレダリオンの背中に両足で派手に着地して踏み潰すと同時に、両手剣を使ってフレダリオンの首を跳ね飛ばす。


 水飛沫と血飛沫が交差して舞い散る最中、素早く黒閃槍を回収しながら、フレダリオンを蹴りつけて、再び空へと高く飛び上がった。


 そうして周囲を見渡して、それ以上の敵の姿がないかどうかの確認を始めるマテウス。ヴィヴィアナ、エステル、レスリーの姿と、もう1人……見覚えのない人間がいるが、攻撃してくる様子がない事から案内役かなにかだろうと勝手にそう判断し、それ以上に動く者がいない事を確認し終えて、ようやく安堵の溜め息を1つだけ落とした。


 着地をして、騎士鎧化を解除すると、残量にまだ余裕が残っている事を確認しながら3人へと近づいていく。


「マテウス様っ」「マテウス卿っ、どうしてここへ?」


 マテウスの姿を見つけて、花を咲かせたような笑顔を浮かべる2人と、気まずそうに真紅の一閃(シュトラルージュ)を手元の装具、ヴァイゼクロースの中へと片付けるヴィヴィアナ。そんな彼女達を見渡すと同時に、身体に大きな負傷がないかどうかを、確認していくマテウス。


「3人共、怪我はないか?」


「なっ……ないですっ」「私もないぞっ」「私は……少し。でも、見ての通り、動くのに問題はないよ」


「そうか。とりあえずレスリーにはこれを。それと……」


 黒閃槍シュバルディウスをレスリーへと手渡すと、彼女はそれを両手で受け取って抱きしめる。他になにを渡されるのだろうかと、マテウスの事を見上げていたレスリーだったが、彼はおもむろに拳を作って、それを3人へと落としていった。


「あうっ!」「……なっ? なにをするっ!」「……っ」


「なにをするじゃない。君達こそ、こんな場所でなにをしているんだ」


「しかしだな、これには事情が……」


「どんな事情があれ、異形の討伐は君達の任務ではないだろう? 休息を自由に過ごすのは構わないが、その間に護衛任務の招集に応じられなくなったり、怪我をするなんてのは論外だ」


「……だが、1人の騎士として、こんな街中に現れた異形を見過ごすなど、私には出来ん」


「それは、レスリーもヴィヴィアナも同じなのか?」


「レ、レスリーはその……まっ、マテウス様がそう仰るなら……もう、闘ったりしません」


「私はエステルとは理由がちょっと違うけど、そもそもあの異形を倒したいって言い出したのは私だし、他にあの異形を止めてくれる人がいなかったら、多分また同じ事をするよ」


「はぁ……全く。この問題児共は……」


 2人の意思が固そうな事が見て取れると、マテウスはそれ以上の追及を止めた。今、ここで言い合いを続けた所で、彼女達の主張が変わるとは思えなかったからだ。ならば、これ以上の会話は不毛であるし、長居すればすればする程、この雨の中で合羽を脱ぎ捨てて闘いを続けていた、彼女達の体調に差し障ると判断したのである。


「あんま叱ってやんないでくださいよ、マテウスさん。この子達は異端者隔離居住区ここの人達の為に闘ってたんですから」


「その声、まさか……ラウロか?」


 少し離れた場所からその様子を眺めていたラウロが、近づいてくる。合羽のフードを一度外して顔を見せると、歯を見せるようにマテウスに向けて小さく笑いかけた。


「どーも。お久しぶりです、マテウスさん」

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