彼方からの輝きその5
「嘘でしょ? 1体でもあんなに苦戦したのに……それが4体もだなんて」
野盗崩れに一方的に追い回され、異形とやり合い……生死の境を綱渡りしているかのような状態をずっと続けていたヴィヴィアナに、ようやく訪れたほんの僅かな安らぎ。そこへ再び突き付けられた絶望的な光景は、彼女の心を砕くのに十分であった。
故に、レスリーとエステルの2人にも聞こえるような声で弱音を吐露してしまうヴィヴィアナ。彼女達に回したヴィヴィアナの両腕から力が抜けていき、それと同時に膝から崩れ落ちて、地面に両手を着いた。
「ヴィヴィ様……?」
その様子を見ていたレスリーは、異形よりも信じられないモノを見たような顔でヴィヴィアナを見下ろす。いつだって背筋を伸ばした、強気で凛々しい振る舞いを崩さない彼女が、そんな姿を自身に見せるとは考えてもいなかったからだ。
「おーいっ、流石にこの数相手は分が悪いし、逃げようぜっ! 俺でも、ちょっとぐらいの足止めぐらいなら出来っからよぉ」
その場を動こうとしない3人に、ラウロが激励も込めた声を掛ける。これからの激しい戦闘を想定したアップを始めている彼の表情も、悲壮感が漂っていた。1つ間違えれば死という状況にあって、声が震えないだけまだマシな方であろう。
「ラウロ殿っ、逃走はないぞっ!」
この場にあってただ1人、彼女だけは普段と同様の活き活きとした表情のままで右手の大盾……殲滅の蒼盾を掲げながら、幼さを残しながらも、何処までもよく通る声を上げる。
「ここで私達が退けば、奴等は私達を追い立て、狩り場を広げるであろう。そうなれば、ここに住まう無辜の人々に被害が及んでしまう……ヴィヴィ殿はそう考えて、1人ここで戦っていたのだっ。なんたる覚悟っ! 騎士の鑑であろう。しかしっ! ここで逃走してしまえば、これまでの彼女の孤独な闘いが、彼女の覚悟が、無駄になってしまうではないかっ! 彼女と肩を並べる友人として、そしてなによりも、そんな彼女の姿に心打たれた1人の騎士として……そんな結末を許すわけにはいかんっ」
左手のソードブレーカーを地に突き立てて、その手をヴィヴィアナへと差し伸べる。
「ヴィヴィ殿っ。この闘いの一番槍の誉れは、紛れもなく貴女のものだっ。よくぞここまで1人で耐え抜いてくれた……その背に続く栄誉を、私に与えてくれないだろうか?」
「エステル。私、そこまで考えて戦ってた訳じゃなくて……」
諦めて逃げようと膝を着いてしまったヴィヴィアナ……そんな彼女を引き起こすエステルの左手は、燃えるように熱く、力強かった。
「地の利は奴等にあれど、数の上では同数っ。その上で、既に一頭を屠ってみせた私達の士気と結束があれば、敗北の通りなしっ!!」
「いや、そんな単純な話じゃねぇーからっ」
「わははっ、我が師ロザリア殿に教えて頂いた算術が、こんな所で役に立つとはなっ!」
ラウロが果てしない馬鹿を見るような目をしながら声を荒げるが、エステルはそれを笑い飛ばしてしまう。
こちらを囲うようにして広がりを見せる異形……フレダリオン達に向けて、あえて一番狙われ易いように、彼等の領域へと足を踏み入れていくエステル。絶望的な状況に変わりはなく、どうあっても乗り気になれないヴィヴィアナであったが、それでもエステルの背中を見せつけられていると、いつの間にか再び自らの両足で立ち、武器を構える事が出来るようになっている自身に気付かされた。
(あぁ~……骨の髄までアマーリアだっつうのなら、まぁこうなるわな。いっそ懐かしいってなもんか)
ラウロが両肩を落としながら、諦めた様子で首を左右に振らされるのは何度目か……それでも、その顔に先程まで浮かんでいた悲壮感は消えていた。エステルが再び左手にソードブレーカーを携えて、その切っ先をフレダリオン達に向けながら宣言する。
「騎士であるならばっ、守るべき者を置いて逃げてはならぬっ。守るべき者を残して死してはならぬっ。活路は私が開こう。勝利、生還、どちらを望む者も、この背中に続けっ。さぁっ、行くぞっ!」
「はいはい……私が始めた戦いだもんね。良いわよ、最後まで付き合ってあげるっ!」
エステルが吠えるような口上を終えて、両眼に再び生気を宿したヴィヴィアナが立ち上がる。まるでそれが開戦の合図であったかのように、フレダリオンが一斉にエステルに向けて襲い掛かって来た。
それに対して彼女は真っ向から立ち向かう。殲滅の蒼盾を水の中に突き立てると、輝く障壁を展開。4匹の強襲を同時に受け止めてみせただけに飽き足らず、更に1歩踏み込んで、それを弾き飛ばして見せる。
弾き飛ばされたとはいえ、大したダメージを受けていないフレダリオン4匹は、それぞれが間合いを取るために散開して着地するが、エステルの動きは変わらない。散開したフレダリオン達が1番狙いとして定めやすい、彼等から袋叩きに合うような位置へと突き進んで、敢えてその身を晒す。それがアマーリアであると、示すかのように。
「ヴィヴィアナさんっ、レスリーちゃんっ! この隙に後ろを取るぜっ」
「分かってるわよっ、命令すんなっ!」「はっ……はいっ!」
そうして案の定、一斉にエステルへと飛び掛かかっていくフレダリオンの1匹へと、距離を詰めていく3人。図式として、2つの3対1が出来上がった。不利な状況下でどれだけ長く敵を引き付けておく事が出来るか、そしてどれだけ早く敵の1体目を沈める事が出来るか……今後の戦況を優位に進める為に、それぞれの力量が同時に試されているのである。
3人に間合いを詰められている事に気付いたフレダリオンも、この戦況を理解しているのか、エステルへの執着を捨てて、ラウロに頭上を取られる事を嫌うかのように、再び家屋の上へと後退する。
「おいおいっ、逃げてくれるなよっ」
焦ったのはラウロだ。持久戦に持ち込まれるのも面倒だが、追いかけっこの末に戦力を完全に分断されるのは最悪だ。どうやって相手をこの戦場に引きずりおろそうかと考えながら、エクスエアウォーカーを理力解放。
フレダリオンよりもはるか頭上に飛び上がって、強襲を掛けようとしたその時、彼がそうする前に、人の形をした白く光ったなにかが、先にフレダリオンへと襲い掛かった。遠く離れたラウロの瞳にすら、遠距離から放たれた光の矢が、フレダリオンを貫いたのかと見間違えた程の速度だ。当のフレダリオンからすれば、自身の身になにが起こったのかすら、理解出来なかっただろう。
フレダリオンは、いきなり横顔を張り倒されて、足場である屋根へと叩き付けられ、勢いのそのままに地上へと転がり落ちる。なにが起こったのか把握しようと顔を上げようとした次の瞬間……
フラムショットガン……理力解放
「ガァァァ……ッ!?」
彼の視界が無数の青い火球が覆われて、一斉に降り注ぐ。回避する間もなく全身でそれを浴びる事になったフレダリオンは、痛みに悲鳴を上げるが、それすらの権利も途中で奪われる事となる。頭を足蹴にされて水の中へと踏み潰されると同時に、喉の柔らかい部分を両手剣で無慈悲に貫かれたからだ。
「うげっ。ありゃあ……<ランスロット>だよな? つー事は……」
「オジさんッ」「マテウス様っ!」
両手剣をフレダリオンから引き抜きながら、騎士鎧<ランスロット>が顔を上げる。夜の雨の中にあって、まるでたった1つだけ残された街灯のように強く輝く白い光は、その場にいる者全ての注目を集めた。
「マテウス卿……なのかっ?」
3匹に囲まれたまま故に、彼の存在に気付くのが遅れたエステルが顔を上げる。エステルへいつでも仕掛けられる……その上で、彼女からの反撃にも対応できるように視界の端で捕らえながら、白銀の騎士鎧の登場に唸り声を上げて威嚇するフレダリオン達へと、彼は無言のまま向かいあった。




