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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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悪因悪果を通せずその3

 大きな1ゲームを終えて、歓喜の笑顔を浮かべるエステルと、悲痛な渋面を浮かべるディーラー役の男ソーンがチップのやり取りをする間、ラウロは先程の残りカードを頭に思い浮かべる。


(伏せられていたカードが、9が1枚、8が2枚、7が2枚、6が1枚か……)


 その上で、エステルの手札が13で、ソーンの手札の片方がA……もし、この全ての情報が、レスリーだけには可視化されていたとすれば、彼女が選んだダブルダウンという選択は、勝利に近づくものだった。


(7を引けた時点で負けはなくなったから、ホッとしたんだろうな)


 ファーストベットの時点で大きくチップを積んだのは当然エステルの独断だ。実はレスリーもその光景には肝を冷やしたのだが、ディーラー役の男がベットの確認していた時点では、既にレスリーにはほとんどのカードが見えていて、勝敗が自身の有利に傾いていると分かっていた。だから、彼女は黙ってゲームの成り行きを見守っていたのである。


 このゲームを乗り切れば、ディーラー役が自身に回ってくる。ディーラー役は収入も多いが、手札の巡り合わせが悪かった時の支出も多い。(ブラックジャックはディーラーと残りのプレイヤーとの間だけでベットのやり取りが行われるから。因みに現在の卓上はプレイヤー3人、ディーラー1人の構成)


 それに備えた資金を稼ぐ為の好機チャンスに、危険リスクに見合った大きな投資を選択出来るのは、レスリーがこれから先のゲームプランまでも見越している証拠でもあった。


(……って、次はエステルがディーラーだから、カードは俺が配ってやらなくちゃならねーんだった。ボーっとしてる場合じゃねぇ)


 そうして正気を取り戻したラウロがテーブル上に視線を落とした時には、既にカードはレスリーの手によって纏められていた。彼女はそのままカードを慣れた手付きで2つのパイル(デックを複数に取り分けたカードの束の総称)に分けて、パイルの角同士を近づけると、指先を使ってパイルをしならせてから弾き、2つのパイルを再び1つのデッキへと重ね合わせていく。


「レ、レスリーちゃん、それ……やっぱり経験者だったのっ?」


「……けっ……経験っ? な、なにの、でしょうか?」


「それっ、それっ! そういうシャッフルの仕方、何処で覚えたの?」


「そ、それはその……ら、ラウロ様が、先程していたのを見て、それでその……その、すいませんっ。レスリーのような端た女(はしため)がカードに触っては、め、迷惑でしたでしょうかっ?」


 ラウロが驚きの余りに声を上げてしまった事を、怒っているのだと勘違いしたレスリーは、慌ててカードをテーブルの上に置きなおして、ひたすらに頭を下げ続ける。


「いや、自分達でシャッフル出来るんなら、そりゃ自分達でやった方がいいさ。なっ? そうだろ? 皆」


「そりゃあまぁ……ちゃんとシャッフル出来てんだったら問題ないぜ」「ラウロはゲームに関係してる訳じゃねぇしなぁ?」「そんな事よりさっさと配ってくれよ。俺はさっきの奴を取り返さねぇと、気が済まねぇんだ」


「ほらっ、皆こう言ってるし、もう謝る必要ないからさ。俺も突然大きな声出しちゃって、ごめんな? びっくりしたよな?」


「いえ、その……レスリーは、だ、大丈夫ですので。マ……いえ、エステル様のお役に、た、立ちたかったので……」


 そしてもう1度、リフルシャッフルと呼ばれる一般的なシャッフル方法でデッキを作るレスリーであったが、レスリーの発言の中に不安を覚えたラウロは、注意深く彼女の手付きを後ろから観察する。そして、彼の不安は的中する事となった。


(やっぱりただのリフルシャッフルじゃねぇ……フォールスシャッフルだ、これ)


 カードを混ぜ合わせているように見せかけて、全く混ぜ合わせていないシャッフル……フォールスシャッフル。このゲームに至る前に、ラウロは1度この手法を使って、余りにも早く負けそうになったエステルの手助けをしてやった事があったのだが、レスリーはそれを後ろから1度観察しただけで、出来るようになってしまったらしい。


「おぉ……流石、レスリー殿。素晴らしい手付きであるな。本来なら私がするべきなのであろうが……こうは出来んっ」


「確かに、大したもんだ」「ガハハッ、ラウロにやらせるよりは絵になるなっ」「俺にはいいカード、配ってくれよぉ~?」


 その余りにも自然な手付きの為に、テーブルで勝負している本人達は、なに1つ事態の深刻さに気付いていない。ラウロが同じ事をした時も、全く気付く様子がなかった面子なのだから、仕方がないといえばそうなのだが。


 ただ、ここの酒場でのハウスルールでも、当然ながらイカサマは禁止行為だ。発覚すれば、身包み剥がされた上での出入り禁止と決まっている。ラウロには、レスリーの腕を掴んで、彼女にその現実を教育してやる事も出来たが……そうすると今度は、自分が前のゲームでイカサマをしていたとレスリーに証言されてしまうかもしれないし、なによりもレスリーが身包み剥がされるような姿など、彼は見たくはなかった。


(まさか、この……そこまで考えて、俺の前でこんなに堂々とイカサマしてるんじゃないだろうな?)


 もしそうなのだとしたら、彼女は見た目によらず豪胆ごうたんしたたかな悪女である事は疑いようもなく、そんな女には関わり合いにならないに越した事はないのだが、それを分かった上でラウロは、カードを配っていくレスリーの姿から、目を離せずにいた。


 ここから先のゲームの進行は、語るまでもなかった。全てレスリーの掌の上で行われているゲームを重ねていく度に、エステルのチップも積み重なっていく。


(セカンドディールまで使うとか、えげつねぇ……まーじ、何者なにもんなんだよ)


 デックのトップのカードを配っているように見せて、上から2番目のカードを配る技、セカンドディール。ラウロが使ったイカサマ技の全て吸収し、駆使して、卓上の勝ち額と負け額をコントロールする様子は、熟練のディーラーそのものであった。


「おぉっ? また勝ったぞっ! まるでレスリー殿は私に勝利を呼び寄せる、女神であるなっ!」


「いえっ……その、そんな事は……えっと、ないので……その、次っ……配ります」


 ただ、話しかけられたり、視線を感じたりすると、相変わらずのオドオドとした態度で顔を伏せるので、ある意味これが、卓上の男達の視線を逸らす役目を果たしているのかもしれなかった。


 そうして、レスリーがディーラー役を終える頃には、エステルが吐き出した資金は大幅に取り返していて、最初の資産とほぼ同額にまで達していた。それを確認して、再び小さくホッとした吐息を零すレスリーと、なにも気付かないまま、レスリーがどんなに凄い人間であるかを楽しそうに語るエステル。


 結果的に、皆が少しの負けと僅かな勝ちを譲り合うような平たい収支になった所で、これ以上、賭け事を続けるような雰囲気でもなくなっただろうと、ラウロがゲームの終わりを切り出そうとした。しかし……


「イカサマだっ。こんなのイカサマに決まってるだろっ!」


 声を上げたのは、ソーンだ。ディーラーを迎えた時までは、自身が1番の勝ち頭だったのに、Aを引き入れておきながら、レスリーの口添えを得たエステルとの大勝負に負けて、それを取り返そうとディーラー役のレスリーに挑んで、勝ち額の全てを失った……つまり、レスリーがゲームに関わってからというもの、一方的に負け続けているので、その原因をイカサマに求めたのである。


 レスリーを庇ってやりたいラウロだったが、実際に彼女がイカサマをする姿を見てしまっているので、どうフォローしようかと迷いが生じた。その間に、エステルが両手でテーブルを叩き、反射的に立ち上がり、歯を剥き出しにしながら声を荒げる。


「なにをいうっ! レスリー殿を侮辱するなら、私が許さんぞっ!」


 大きな怒鳴り声の応酬に、再び酒場全体の視線が集まりかけていたが、それ以上に慌ただしく入り口から飛び込むようにして入店してきた少年が、雨の雫を振り払いながら顔を上げて、店中に響き渡る声で叫んだ。


「テルム川が溢れたっ。川の水が街に入って来てるよっ!」

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