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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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悪因悪果を通せずその1

 ―――数十分前。バルアーノ領、ヴェネット、異端者隔離居住区ゲットー大衆酒場内


「あぁ~、そうだなぁ。今の異端者隔離居住区ゲットーは、混ぜれるもん全部適当に突っ込んだシチューみたいなもんでさ……」


 そんな語り口で始まったラウロの説明を、エステルが卓上の決闘という名のカードゲームに興じている間、それを眺める合間のBGM代わりに耳を傾けるレスリー。


 彼曰く、異端者隔離居住区は本来、もう少し静かな場所であったそうだ。隠れて異教を信仰していた者や、クレシオン教の教義に反する行為を犯した異端者達など……本来なら火刑を免れない者達に、労働を条件に恩赦を与える為の強制労働施設だった。


 彼等はその構成の多くがベルモスク人であり、運命を共にする同族のよしみか、境遇に対する共感か……大きな衝突もなく労働に従事していたのだが、ここに先の事件で職を失ったN&P(ノーランパーソンズ)社の者達が、加えられる事によって様子が変わっていく。


 N&P社の上層部が、次々と献金不正の罪で火刑に処されていく中、その片棒を知らぬ間に担がされていた研究者や技術者達は、職を失い路頭に迷っていた。特にこのバルアーノ領の地では、装具の生産工場を幾つか抱えていた為に、工場閉鎖の煽りを受けた労働者達の数が多く、彼等への仕事の斡旋あっせんや、納税等を管理していたマクミラン商会ベネット支部には、人が殺到する事となった。


 しかし当時のマクミラン商会は、以前に女王ゼノヴィアが口にした通り、その方針として教会の反応を伺うという、日和見ひよりみな態度を貫いていたので、労働者達の保証を求める訴えの全てが無視され続ける事になる。


 そのかんのマクミラン商会ベネット支部には、連日バルアーノ領中のN&P労働者達が長蛇の列を作り、まるで小さなデモを見るかのような様相であったという。


「ベネットが地元の奴等はいいけど、地方から職を求めて出て来た奴なんかは住むところもないだろ? おかげで気が立って物騒な浮浪者が、ベネットをウロウロするようになってなぁ」


 そんな状況に業を煮やしたのが、今回の理力付与技術交流会のホストたる、ゾフ伯爵家とゾフ商会である。そもそもベネットは観光地として栄えているとされた街であり、数歩進めば浮浪者が目に止まる状況や、労働者のデモが街中で行われるような状況など、あってはならなかった。


 その為、技術交流会の安全な運行を理由にし、技術交流会に深い関わり合いを持つクレシオン教会神興局の力を借りて、異端審問前の彼等や、この騒動とはなんの関係もなかったただの浮浪者達まで含めた美しい観光街ベネットを損なう邪魔者全てを、ゾフ商会自らの自警団を使って、異端者隔離居住区へ纏めて押し込めてしまったのである。


 当然、異端者隔離居住区ゲットーには、この急激な人口の増加に対する対応策など用意されていなかったので、寝床の数すらも不足するような事態に陥る事となる。


 そして、まだ異端審問も終わってない身で異端者扱いされる不満を、異端者隔離居住区に押し込まれてさえ、職も住居も得られない我が身の不幸を、異端者隔離居住区に押し込まれた人々は、先に住んでいた異端者達にぶつけ始めたのだ。


 勿論、先に住んでいた異端者達も、正式に恩赦を受けて真っ当に働いていただけなので、その理不尽な暴力を甘んじて受け入れる云われがない。結果、異端者隔離居住区内は酷い騒乱状態へ入っていく。


「本来は、ゾフ商会の自警団とか教会が介入してそういうのを止めるんだろうけど、教会は間近に近づいた技術交流会に掛かりっきりだし、そもそも原因の発端なゾフ商会からすれば、その程度は予想の範囲内だろうし……そんで、俺の出番って訳よ」


 発散先がないのであれば作ればいいと考えた彼は、手始めに前職の伝手を使って、まともな食事や酒が用意できる大型の酒場を用意した。酸味が強すぎて飲めた代物ではないワインや、腐りかけた食事を平然と出す既存の食事処は、娯楽足りえないと考えたからだ。


 勿論、それだけでは娯楽の奪い合いが行われるだけだったので、その奪い合い方にルールを定める事にする。そのルールというのがギャンブルであった。ラウロとて最初からこの方法だけでどうにかなると思っていた訳ではない。失敗すれば次の方法を考えるか……などと思っていたのだが、意外にもこの方法が異端者隔離居住区内に小さな流行を生み出す。


 カードやダイスさえあれば何処でも始められる手軽さや、身内同士では得られない、打ち負かしても全く心が痛まない相手の存在や、不平不満ばかりの日常にもたらされる、勝負事による刺激などなど……理由を言葉にして表せば、そんな所だろう。そもそも彼等の殆どは、荒事とは無縁の真っ当な生活をしてきた者達なのだから、彼等とて暴力には辟易へきえきとしていたのかもしれない。


「賭け金自体は小さいもんだよ。なんだったら、その日の席を奪い合う為に勝負ってのもあるしな。別に和解した訳じゃねーし、今でもいざこざやいがみ合いは起こるけども、この酒場内ではギャンブルの勝敗がルールって定まってるだけで、ある意味で安心感が生まれてんのかもね」


 だがそれも、この酒場の中だけの話だ。そんな馴れ合いにどうしても馴染む事が出来なかったり、この場所の空気そのものが受け付けない者は当然いた。彼等はまだ、燃え広がった地に残された炭火のように、内に鬱屈うっくつとした感情を抱えたまま、暗がりから様子を伺っているのである。


「だからさ、ヴィヴィアナさんの1人歩きはやっぱり危険だと思うだよね、俺。ここはさっさと切り上げて、迎えに行った方がいいと思うだけども……」


「待てっ! 貴殿はこのまま私に引き下がれというのかっ?」


 話をそう締めくくってエステルの肩を叩いたラウロだったが、その手はあえなく払い除けられた。振り返ったエステルの顔にはありありと悔しさが浮かんでおり、これまでの結果がそれだけで容易に想像出来る。


 彼女達が興じているのは、ブラックジャックである。簡単に説明すると、配られたカードの数字を21に近づけるだけのシンプルなギャンブルで、初心者であり、少し頭の回転が悪い部類であるエステルにも、ルールを把握する事は出来たのだが、そんな浅い理解が勝負の結果に結びつくかと問われれば、それは否定せざるを得ない。


 最初は調子良く勝利を積み重ねていたエステルだったが、今になってみれば、それもシナリオの一部だったのでは? といった具合の大敗で、彼女に残されたチップは既に、タークス大銅貨5枚程度にまで削られていた。彼女の初期資金からタークス大銅貨にして40枚程度の損失である。


「今更だけど、被害が少ない内に撤退して、次に備えるっつーのも戦略だぜ? エステルさん」


「ラウロの言う通りだ。ここに来りゃ、俺達はいつでも相手してやるよ」


「今日は日が悪いみたいだし、今回はそうしとけって。文無しじゃ、野宿になっちまうぜ? ここの払いは大丈夫か? なんなら出してやってもいいんだぞ?」


「その金額でも寝れる所なら、知ってるぜ。ちょっと狭いが、そんなに臭わないし寝るだけなら十分だ。俺が案内してやるよ」


 対戦相手である男達や、勝負を囲んで眺めていたギャラリーまでも、子供のように感情を露にしながら悔しがっているエステルの表情を見て、少しやり過ぎたと思っているようだ。あやすような告げ方になっているのは、別に挑発している訳ではなく、勝負の最中のエステルとのやり取りで、彼女の事を気に入り、親身になっているからだ。


 竹を割ったような性格と評せばいいのだろうか。相手が誰であれ、その言動に素直に驚き、怒り、敬い、笑う……そんなわだかまりを一切感じさせない態度が人を惹きつけ、子供のように幼く頼りない姿が、助けてやらねばと人に思わせるのである。


(……ゴードンの旦那もこんな感じだったなぁ)


 その光景に彼女の父親であるゴードンの姿を重ねてしまうラウロ。勿論、彼が出会った時のゴードンは既に、マテウス並みの屈強な男であったのだが、エステルと同様に危なっかしい言動の多い男で、自身が彼を支えねばと、思わせる男であった。


 そんな思い出にふけるラウロの前で、両肩を震わせながら、今にも悔し涙を零さんばかりの表情で鼻を小さく啜るエステル。彼女が強くチップを握りしめていた、右手の力を抜こうとしたその瞬間、彼女の右肩が強く掴まれる。


「レスリー……殿?」


 振り返ったエステルの視線の先。レスリーの顔には決意の色がにじんでいた。いつも浮かべている、周囲への怯えや気後れの一切がないのだ。そして、彼女にしてはハッキリと、周囲にも聞こえるような声と強い口調でこう告げた。


「エステル様。続行です」 

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