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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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不吉な幕開けその2

 アレッサンドロ劇場内の開演を待ってざわついていた観客席が、暗幕の向こう側の動きに気付いて、次第に静けさを取り戻していく。そんな、もう間もなくの時間帯に、マテウスは落ち着かない様子で上を見上げた。


 マテウスに用意された席は、特別招待者席といって、アイリーンが案内された、2階貴賓席の丁度真下に位置していた。その為、彼の座る場所ではどんな角度で上を仰ぎ見ようとも、アイリーンの姿は確認出来ないのである。


 首を動かさずとも舞台を見渡す事の出来る絶妙の距離感に加えて、貴賓席に向かって伸びている花道の先に俳優が立てば、見上げるように観賞する事も出来るので、演劇を楽しむだけが目的ならば、あるいは貴賓席よりも楽しい時間の提供が約束出来る場所なのだが、そんな理由で心を弾ませる程、マテウスは演劇に対しての興味を持ち合わせていない。


(パメラが傍から離れないように控えている筈だが……)


「ケホッ、ケホッ……」


 マテウスは、1つ後ろの席から聞こえる咳払いに気付いて首だけで背後を振り返る。そこには、マテウスを責めるように冷たい目をした妙齢めょうれいの貴婦人がいた。彼がアイリーンの姿を探す為に、身体を動かしていた時、舞台が見えなかった事が気に障ったようだ。


「申し訳ない」


 まだ始まる前なのだからいいではないか……という思いも少しはあったが、自身の都合で、純粋に演劇を楽しもうとしている人の邪魔をするのも忍びないので、素直に謝罪して、大きな体躯をなるだけ小さくするようにしながら腰掛け直す。


「……ここですね。すいません、前を失礼します」


「あぁ、どうぞ……って、君は確か……」


「えっ? もしかしてその声、マテウスさんですか? ど、どうしたんですか? その格好? 仮装……ですか?」


 そんな折、マテウスへ1人の女性が声を掛けて来る。右手に縁が青色の白いベレー帽とチケットを手にし、劇場の中だというのに、ベレー帽と同配色のポンチョを着崩す事もなく羽織った女は、急にマテウスへと振り返った為にずれた眼鏡の位置を戻しながら、想定外の邂逅かいこうに動揺しているようだった。


「これは……まぁ、俺なりの正装だ。君のとこのような歴史はないが、ウチにも制服が出来たんだよ。そんな事より、エウレシア領で活動している筈の君が、どうしてこんな所まで足を運んでいるんだ? シンディー」


 彼女の名前は、クレシオン教会異端審問局、第2級異端審問官、シンディー・ロウ。アイリーンの誘拐未遂事件の時、故あって真犯人を追ってマテウスと協力する事になった女性だ。


 素朴でそばかすの目立つ顔に、サイズのあってない眼鏡が特徴の大人しそうな風貌ではあるが、世間一般にはクレシオンの猟犬として恐れられる程の権限を持つ、異端審問官である。


「確かに異端審問官は、領毎りょうごとに別れて担当する事の方が多いですが、異端者の情報があれば、それを追って地の果てまで追い詰めるなんて事はザラです。それよりマテウスさんこそ、どうしてこんな場所に……って、フフッ。マテウスさんっ。暗くてよく分からなかったけど……貴方のその格好っ……クフフッ、アハハッ! なんですか? 卑怯でしょ、それっ! オヤジの鬼畜や俺様攻めのイメージが、ねちっこい攻めとかしそうな変態攻めに転向とかっ……アハハッ、ヒーッ! どんな受けに出会ったらそんな事になるんですかっ!?」


「ゴホッ、ゴホゴホッ! んぅ~……ヴンッ!!」


 マテウスの異様な制服姿に気付いたシンディーは、込みあがって来た笑いを堪え切れず、周囲の状況を忘れてマテウスを指差しながら大笑いを始める。それと同時に2人の背後の貴婦人が先程よりも遥かに大きな咳払いをし始め、周囲の非難の視線が2人に集まった。


「ここでは邪魔になりそうだ。1度、外に出よう。シンディー」


「アハハッ……ちょっと待って、待ってくださいっ。今、笑い過ぎでっ……アハハハハッ! こっち向かないでくださいっ、捕まえますよっ!? フヒーッ」


「少しはこらえようとしてくれ」


「はぁ、はぁ……アハハハハッ、もうやめてっ! お腹痛いからーっ。この、ままっ……弄ぶ気なんでしょっ!? ねっとり1時間ぐらいの前戯で、トロットロにするんでしょぉ~っ!? 変態っ、アハハハハッ」


「……マジで黙らせてぇな、コイツ」


 マテウスはシンディーの腹に腕を回して、まるで荷物のように小脇に抱えると、足早に舞台から離れていく。そうして向かった先、人気のなくなったホールまで辿り着くと、彼にに抱えられたまま未だに笑い続けているシンディーをそこへ放り捨てる。


「イタッ! なにをするんですかっ?」


「なにをするんですか? じゃねぇだろ、オイ。いつまでもおさまらないんなら、強制的に笑えないようにしてやってもいいんだぞ?」


 マテウスは、膝を曲げてシンディーの眼前で睨み付けながら、頭に大きな掌を乗せて鷲掴み、相手を脅し上げる時に使う低い声でそう告げる。


「アッハイ……結構です」


 そこまでされて、自身が少々やり過ぎた事に気付いたシンディーは、真顔になって小さく首を左右に振った。まったく……と、疲れた溜め息を零すマテウスが、改めてシンディーに手を伸ばすと、彼女はそれを掴んで立ち上がり、膝やポンチョの埃をはたいた後、マテウスを見上げる。


「ご迷惑お掛けしました。見慣れてしまうと、ただ似合ってないだけですね」


「酷い言い草だが、まぁ実際そうだしな。それで? どうして君はこんな場所にいるんだ?」


「…………」


 マテウスにそう改めて問われると、シンディーは押し黙ってしまった。そんなしばらくの静寂が続いたせいか、遠くで鐘の音が鳴り響くのが、やけにハッキリとマテウスの耳に残った。それを皮切りに……という訳でもないのだが、いつまでも口を開こうとしないシンディーに対して、マテウスの方から気を使って声を掛ける。


「機密事項なら別にいい。聞いて悪かったな」


「いえ……そうなんですが……その、マテウスさんにも少し関係がある話なので、迷っているんです」


「……俺に?」


 シンディーが再び黙してしまったので、マテウスも今までで得られた情報を整理する。そうして、エウレシア領を活動の拠点とする異端審問官である彼女が、バルアーノ領にわざわざ足を運んだ理由と、自身にも関係がある内容である事を照らし合わせた結果、1つの可能性に辿り着いて、小さな胸騒ぎを覚えた。


「もしかして君は……」


「チッ……招待者席にいないから探しに来てみれば、まさか、こんな所で貴方にお会いするとはね」


 マテウスが胸騒ぎの答えを求めようと声を発した瞬間、それを遮るようにシンディーの後ろから近づいて来た男が声を掛けて来る。


 男は元より鋭く細い瞳を更に細めて、相手を侮蔑ぶべつし、見下すような視線を送りながら、マテウスとシンディーの間に割って入るようにして、遥かに背の高いマテウスを堂々とした態度で睨み上げる。


 少し面長だが、俳優と呼んでも差し支えのない美形な顔を歪めて、小さな冷笑を浮かべる。


「お久しぶりですね、マテウス卿。相も変わらず、信仰心を欠片も感じさせない酷い顔だ。最後にお会いしたのは、ノリッジ病院以来ですか? あの傷をもう完治させたとは……そのしぶとさだけは、神も評価されているでしょう」


 変わり果てたマテウスの制服姿を見ても、小さく鼻を鳴らして笑うだけ。そんな事よりも、荘厳な金の刺繍の入った制服のボタンの位置が定まらない方が気になるのか、神経質に自身の胸元に触れるこの男の名は、シドニー。クレシオン教会異端審問局、第1級神威執行官、シドニーとの再会であった。

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