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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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不吉な幕開けその1

 ―――同時刻。バルアーノ領、ヴェネット、上級市民街、アレッサンドロ劇場


「エウレシア王国は王都アンバルシアより参りました。偉大なるアーネスト王の血を継ぐ者。名をアイリーン・オブ・エウレシアと申します。この度は、お招きに預かり、ありがとうございます」


 アイリーンは、ドレスの両端をそれぞれの指先で摘まみ、右足を後ろに下げながら膝を畳んで、瞳を閉じながら会釈えしゃくするかのように、僅かに頭を下げた。うやうやしい態度でありながら、遥か上の別次元から見下ろされているかのような……その一瞬が彼女の為だけにあるように、見る者の時間を奪い去っていく。


「……こっ、こちらこそ、ご足労頂き光栄に御座います、王女殿下。女王陛下より伯爵位を拝命せし者。バルアーノ領が領主、名をシスモンド・ゾフと申します」


 そんなアイリーンの雰囲気に見惚れてしまっていたのだろう。幾度となく繰り返して来た筈の挨拶を少しつっかえながら、右腕を前に、左腕を後ろに回して、深々と頭を下げるシスモンド伯。その動きで少し動いた自身のカツラの位置を慌てて直し、それを誤魔化すように苦笑いを浮かべながら、額の汗を拭った。


 フィオナの父、シスモンド・ゾフ伯爵。アイリーンが彼に抱いた第一印象は、丸いの一言に尽きる。パンパンに腫れ上がったように肉の着いた丸い顔は勿論、突き出た腹が目立つ全身も丸く、歩くよりも転がった方が早く前進出来そうだなと、失礼な感想を彼女に抱かせた。


 ただ、丸い顔の中央に寄った目鼻立ちが優し気で、その雰囲気がフィオナのそれとよく似ており、そこに血縁であるという事が如実に映し出されていた。


「はっはっはっ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。今夜は、長旅の疲れを癒して貰う為の余興。王女殿下の為にエイブラム劇場よりマーティン・コールズも呼び立てております」


「マーティン様……」


「おや? 確か王女殿下のお気に入りで、手紙のやり取りもされた事があるとお伺いしたのですが……違いましたかな?」


 マーティン・コールズ……アイリーンが誘拐された場所、エイブラム劇場の人気俳優。シスモンド伯の発言に偽りはなく、以前のアイリーンは毎月のように劇場に通い、まばたきする間を惜しんでマーティンの演技を余すところなく見詰め、ウットリと陶酔とうすいする事を娯楽としてきたのだが……


「いえ、今夜は久しぶりに彼が拝見出来ると聞いて、楽しみにしておりました。流石は技術交流会のホストをお勤めになるシスモンド伯。計らい1つに至るまでの行き届いた配慮。感謝の言葉もありません」


 アイリーンの反応が鈍かった事を疑問に思ったシスモンド伯の問いに、彼女は花が咲いたような可憐な笑顔を浮かべて、感謝の意を表す。それに気を良くしたシスモンド伯が、VIP席へ案内するまでの道のりで、この日の為にどんな準備をしてきたかを熱く語っている間中、アイリーンの胸中は他の疑問が溢れていた。


(あんなにも楽しみにしていたのに、もう飽きてしまったのかしら?)


 久しぶりで楽しみだという言葉に偽りはない。赤鳳騎士団寮に通うようになってから、そこを中心にスケジュールを組むようになった為、王宮に引きこもっていた頃は、毎月唯一の楽しみにしていた劇場観覧から、すっかり足が遠のいていたからだ。


 マーティン・コールズを見る事が出来なかった翌日に、習い事をサボって抗議活動したのが数か月前の事……そんな苦い過去を思い出し、今ではそれ程の熱意を失ってしまっている事に気付かされ、アイリーンは戸惑いを覚えていた。


 そんな想いを抱きながら、シスモンド伯の言葉を聞き流していたアイリーンであったが、話題が自身のドレスに移り変わるのを聞くと、彼女達の背後を静かに歩いていたフィオナへと振り返る。


「ドレスであれば、是非御息女であるフィオナのドレスにも触れてあげてださい。彼女は自らコーディネートもするんですよ? 私は着せられているばかりで……彼女のように可憐な友人を持てて、私はとても幸せですわ」


「おぉ、お心遣い感謝いたします王女殿下。少しでも貴女様のお役に立てればと、娘を送り出した甲斐かいがあったというものです。フィオナ、本当に王女殿下に失礼を働いてないんだろうね?」


「……はい、お父様。王女殿下は大切な友人であり、理想のあるじ……誠心誠意、騎士として……お仕えさせて頂いております」


 バルアーノ訛りを感じさせない、綺麗な言葉使い。ロザリアとの特訓の甲斐あってか、定例的なやり取りに限れば、つっかえずに返事を返せる程度には成長したらしい……少し考える時間が必要だったりするのだが、それは追々慣れていく事である。


 その返答にシスモンドは少し感慨深げに一拍だけ間を置いて深く頷いた後、再びアイリーンに向き直って歩き出す。アイリーンとしては、久々の親子の再開なのだから、もう少し2人で再会を喜びあって欲しくて気を使ったつもりだったのだが、余計な心遣いであったようだ。余りにも淡泊な2人のやり取りに、アイリーンの方が寂しさを感じてしまう。


 これは王族であり、ゲストでもあるアイリーンを前にして、親子だけで会話に華を咲かせるような真似が失礼に値する為、自重しているだけの姿なのだが……親子の微笑ましい会話を見たかったアイリーンにとってみれば、なんとも皮肉な話である。


 そんな事があって少し気落ちしていたアイリーンではあったが、いざ貴賓席に案内されてしまえば、そんな些細な寂しさなど吹き飛んでしまったかのような、興奮に飲まれる。


 エイブラム劇場とほぼ同程度の歴史を持つ、格調高い劇場内を一望出来る個室から、観客席が1つ1つ埋まっていき、これから行われる演劇の内容について、談笑や考察が行われる観客の様子を眺めていると、その熱気に当てられて、毎月通い詰めていた頃のたかぶりを、取り戻したかのようだった。


 フィオナとシスモンド伯が少しだけ席を外すと個室を後にしたのを確認すると、アイリーンは身を乗り出して観客席を見渡す。そして、暗幕の向こう側で行われる物語を想って、二ヤついた笑顔を浮かべた。


「まだ技術交流会が始まってもいない内にボロを出されると、挽回ばんかいが大変ですよ」


 今まで影のように黙して、アイリーンの背後に付き従っていたパメラが、急に声を掛けて来たので、彼女は驚き、慌てて振り返る。赤鳳騎士団の制服に身を包む彼女は、もう着慣れてしまったのか、女使用人メイド服の時と同様の無表情であった。


「……少し……少しだけ楽しみになって来ただけよ。もう子供ではないのだから、そんな真似しないわっ」


 図星を的確に突かれて恥ずかしくなり、赤くなった顔を見せない為に再び観客席へと向き直るアイリーン。それと同時に観客席の中にマテウスの姿を探し始める。


 彼は事情あってアイリーンの傍での身辺警護は出来ないが、同じ会場内にいて、なにかあれば必ず駆けつけてくれる、という約束であった。


(マテウスってどんな演劇が好きなのかしら? そもそも、興味を示さなかったりしそうだけど。うーん……でも、マーティン様の事は知っていたし、ファンだって言ってたから……本当の所は好きだったりして)


 マテウスの姿を探す間中、彼に聞いてみたい事が次から次へと溢れ出してくる。彼の隣で観劇出来るのであれば、どんなに楽しかっただろうか……例えるならば、美味しい物と美味しい物を掛け合わせて食べるような……それは過去、何十回も1人で通い詰めていた頃のどの記憶よりも、魅力的な計画プランに思えた。


 勿論この計画には、他の大切な人達も含まれている。アイリーンの席の前ではエステルとフィオナが笑い合っていて、後ろの席にはヴィヴィアナとロザリア……そして全体を見渡すように、その後ろへパメラが立つのだろう。


 きっとお母様はマテウスの左隣へ陣取ろうとするから、私は彼の右隣り。そして私の右隣りには……


(座ってくれるかな? レスリー。今のままじゃ無理……だよね)


 困り果てて、沈んでしまいそうになる心を誤魔化す為に、小さく声に出して笑う。


 今日の観劇が終わったら、同じ時間を共有したマテウスからじっくり感想を聞きたい。そして次こそは、幕間の度に、演技の1つ1つに至るまで皆と語り合いたいな……と、そんな子供のような妄想にふけるのであった。

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