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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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響き渡る鐘の音その3

「ふぅ、酷い目にあった。まだ耳鳴りが残ってるような気がするし」


 未だ背後で定期的に鳴り響いている鐘を見上げながら、一息吐くヴィヴィアナ。レスリーと繋いでいた手を離すと、自らの耳の調子を伺うように何度か平手で軽く叩く。


 そうしながら周囲の様子を見渡すと、なにやら慌ただしい雰囲気で行商人や職人が異端者隔離居住区ゲットーの外……跳ね橋の向こう側にある、入退場管理所へ殺到していたり、自分達と同じように雨合羽を羽織った人々がせわしなく行き交っている姿を見て、ヴィヴィアナはレスリーと共に通りの端へと移動した。


 当然の事だが、まだ鐘が鳴りだす前に、3人とも異端者隔離居住区へ入場するにあたって受付はすでに済ませているのだが、その目的をただの観光だと伝えたら、まるで珍獣でも見るかのような眼差しを向けられた。


 その後に、根掘り葉掘りの質問責めや、入念なボディーチェックがなかったのは、エステルが背負っていた殲滅の蒼盾(グラナシルト)のお陰だろう。


 落ちぶれたとはいえ、元は名門貴族。ある程度の教養がある者に対しては、その大盾に描かれた紋章が名刺代わりになってくれるからだ。勿論エステルが、普段からそんな事を考えて行動している訳ではないのだが、それが理由になって入場審査が……良くも悪くも……甘くなったのは事実だった。


「もう少し静かな場所を想像していたんだけど……普段からこんな感じなのかな?」


 ヴィヴィアナの、誰かの回答を期待してのものではない小さな独り言。彼女の中では、異端者隔離居住区といえば牢獄の延長のような存在を想像していたので、この場所に入った時に、目に広がった光景こそが想像した姿だった。


 だが、一歩足を踏み込んだだけで、こんな場所でも行商人や職人の姿が目に留まる程には、小さな町として日々を営む為の経済が回っているのだと知る事になり、彼女は意外に思ったのだ。


 そんな想いの中でのヴィヴィアナの独り言を、耳に止めたレスリーは、ヴィヴィアナと同様に初めての土地でその答えが分かろう筈もなく、曖昧な表情を浮かべながら、視線を泳がせる。


「ごめん、困らせるつもりはなかったんだけどね。それより、エステルはどっちに向かったか、見てた?」


「そ、それでしたら、その……エステル様は、あっ、あちらにっ」


 レスリーの指差す先にエステルの姿を見つけて、ヴィヴィアナはホッとする。彼女は本当にエステルを見失ったワケではなくて、会話の切っ掛けとして、人々が行き交う通路を挟んで彼女達とは反対側を移動するエステルの話題を出しただけだ。


 そして、レスリーに指差された事に気付いたエステルが、小さな身体で大きな身振り手振りを重ねて、曲がり角の先になにかを見つけた事を伝えると、先々と歩き始めてしまう。


「また勝手に……いっそ首輪とか付けた方が良いような気がしてきたんだけど」


「そ、それは……その、あのっ……」


「冗談よ。半分はね? ふふっ、行こう?」


 忙しく行き交う人々を避けながら、エステルと合流する為に通路を横断し始めるヴィヴィアナ。彼女の後ろに付き従うように歩いていたレスリーだったが、曲がり角の先へとヴィヴィアナの姿が消えたのを見ると、再び不安気な眼差しでもって、既に見えなくなった跳ね橋の方向を首だけで振り返る。


 その前方不注意が祟って、通路の陰から伸びていたホース状の物体につまづいて体勢を崩し、曲がり角の先から急に飛び出して来た人影に弾き飛ばされてしまう。


 その衝撃にレスリーと男が互いに尻餅しりもちを着くが、先に立ち上がった男の方が、苛立ちをぶつけるように、レスリー目掛けて泥を蹴り上げた。


「気を付けろっ! どこを見て歩いているっ、糞がっ!」


「すっ、すいませんっ、すいませんっ」


 男は、立ち上がったレスリーが頭を下げるのを見ると、今度はその顔目掛けて足を蹴り上げた。大きな声に気付いて振り返ったヴィヴィアナが目にしたのは、その瞬間であった。


「貴様のような薄汚いベルモスク如きが、俺に触るなっ! 反吐が出るんだよっ!」


 そうして、蹴り上げられる事によって、再び中腰に崩れ落ちていたレスリーの頭に向かって唾を吐きかける男の姿を見て、一瞬で頭に血が上ったヴィヴィアナが駆け出しながら声を荒げた。


「アンタッ、レスリーになにしてんのよっ!」


 男に背後から迫ったヴィヴィアナは、その勢いと体重を乗せた前蹴りを放つが、その迫力に気圧されて、再び尻餅を着く男と彼女の間に、別の男が割って入って来る。彼女の前蹴りは、その男によって防がれた。


 蹴り足をそのまま掴まれないように、素早く引き直すと同時に、相手の姿を確認する為に距離を取り直すヴィヴィアナ。身長だけならマテウスにも匹敵するような、自身よりも遥かに長身の男を見上げて、本気でやり合う為に、姿勢を伸ばしながら少し腰を落とし、引かぬ構えを見せるヴィヴィアナ。


「もういいっ! もっと早く助けに来い、この役立たずめっ! 急ぐぞっ!」


 そう叫んだのは、最初にレスリーを蹴り上げた男だ。転んだ拍子に彼の雨合羽のフードが剥がれて、不毛化の進んだ大きな額と、頭のてっぺんに申し訳程度に生えた髪が雨に濡れる。疲れか、それとも老いか……痩せこけた頬と、それとは対照的に赤く血走り、ギラギラと野心に燃える両目が印象的な男だった。


 彼は、ヴィヴィアナの前に立ちはだかった長身の男とは別の男に助け起こされて、足早に異端者隔離居住区ゲットーの外の方角へ向かっていく。


 それに追従するように、長身の男もヴィヴィアナから視線を外さないまま、ゆっくりと後退しようとするが、それをヴィヴィアナが黙って許す筈もない。


「ちょっとっ、ふざけんなっ! レスリーに謝っていきなさいよっ!!」


 彼女は、レスリーを蹴った男へ掴み掛からん勢いで近づこうとするが、それを再び護衛の男に遮られる。それに苛立った彼女は、相手の腹部を抉るように左拳を繰り出すが、それも前蹴り同様に片手で打ち払われる。


 打ち払われた左拳を引き直し、もう一度前屈みになりながら、相手との距離を詰めるヴィヴィアナ。今度は、先程と同じモーションで拳を繰り出すフェイントを交えると、それを予備動作にした右ハイキックで、相手の注意の真逆から下顎を狙いすまして蹴り上げる。


 それに反応した長身の男は左手で打ち払おうとするが、フェイントに気を取られた数瞬の遅れ分、ヴィヴィアナの足の方が早い。男は、咄嗟に顎を引いて致命傷を回避するが、自ら頭を激しく振った為にフードがめくれ上がる。


 相手の顔を確認して、ヴィヴィアナは少しだけ驚きを覚え、目を見開いた。まだ青年と呼ばれるような年齢の、精悍せいかんや爽やかといった表現が似合いそうな顔つきをした男は、その隙にステップを使ってヴィヴィアナと距離を置き、ヴィヴィアナの足先が掠めた顎が痛むのか、気にするように赤く腫れた部分を撫でる。


「なにをモタモタしているっ、仕事をしないかっ!」


 既にヴィヴィアナが追いかけるには遠すぎる距離まで離れた原因の男から、長身の男へ向けて罵倒が飛ばされる。彼は、大人1人は収まるサイズの大きな頭陀ずだ袋を抱えた男達と別れて、馬車へと乗り込もうとする最中であった。


 それに対して長身の男はチッと小さく舌打ちした後、崩れ落ち、地べたに這いつくばったまま、不思議そうに自分が躓いたホース状の物に触れながら、頭陀袋を抱える男達の行き先をもチラチラと確認していたレスリーの手を掴んで立ち上がらせると……


「悪かったな」


 2人に向けてそう告げてフードを被り直し、小走りにその場を後にした。


「レスリー、怪我はない?」


「あっ、その……はい、レスリーはだ、大丈夫です……のでっ」


 レスリーが口にした言葉が信じ切れずに、彼女のフードを脱がして、顔に手を当てながら傷がないかを念入りに調べるヴィヴィアナ。その後に、身体の何処かに痛みはないかどうかを質問しようと、視線を下へと運んだ時、跳ねた泥の痕や、蹴られた痕が、レスリーの右腕の袖付近にだけ残っている事に気付く。


(一方的にやられてるように見えたけど、ちゃんと防いでたのね……)


 長身の男はともかく、最初にレスリーにぶつかった男は、どう見てもただの素人だ。普段、訓練しているマテウスの動きと比べれば、止まっているのと大差ない。ただ、ああいうやからを前にすると、10年近くに渡り、擦り込まれた恐怖心の為、身体がすくんで逆らう事が出来ないのである。


 ほんの少しでいいから、自身の闘争心を分けてあげたい……ヴィヴィアナがそんな想いを抱きながら黙りこくっていると、居心地悪そうにレスリーが離れようと身体を身動みじろぎさせるので、小さく、ごめんね? と、謝りながら解放してやる。


「……それにしても、アイツ。顔は覚えたから、次会った時は絶対に仕返ししてやる」


「そっ……その、ヴィヴィ様はあの人をし、知らないの……ですか?」


「……えっ? 会った事がないかって事? 勿論、あんな奴知らないわよ……なに? レスリーは知ってるの?」


「いえ……すいません……そのっ、ヴィヴィ様が……き、記憶にないのであれば、れ、レスリーの勘違いですっ。す、すいません」


 レスリーは激しく首を左右に振った。記憶力が良く、極端に交友関係の偏ったレスリーが気にする男と、それに軽視されながらも付き従う、ベルモスク人の青年。


 まさかあんな男の護衛を、ベルモスク人がしているとは思わず、驚き、追撃を躊躇ためらってしまったが、次はない……ヴィヴィアナはそう心に誓って、2人が姿を消した先を鋭い瞳をより吊り上げながら、静かに睨んでいた。

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