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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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響き渡る鐘の音その2

 ―――数十分後。バルアーノ領、ヴェネット、異端者隔離居住区ゲットー東門前


『異端者隔離居住区、見に行ってみようか?』


 そう最初に告げたのはヴィヴィアナであった。別に彼女は冷やかしや、物見遊山的なノリでそう口にしたのではなくて、あの日、レスリーにその存在を伝えた時より、彼女に1度こういう場所があるという事を知っていて欲しかったから、というのが理由だ。


『その、あの……れ、レスリーには分かりません』


 普段通り、歯切れの悪い返答をするレスリー。ここまではヴィヴィアナも予想通りであったが、その中に少しの興味が隠れているような気がした事が、彼女の背中を後押しする。ただ1つ、大きな懸念材料があるとすれば……


『ふむ……ベルモスク人が、レスリー殿のような猛者もののふ揃いなのかどうか、見極める良い機会であるなっ』


 当然のように付いてくる、この問題児トラブルメーカーの存在である。少し不安な思いを抱きながらも、目を離さなければ大丈夫かな? と、その場の流れで決断すると、3人は真っすぐと目的の場所へと歩き始めていた。


「ほぉぉぉ~~! まるで要塞ではないかっ!! 凄いなっ」


 馬車が2台は行き交う事が出来そうな程、大きな跳ね橋の上を歩きながら、これから向かう先を見上げて声を上げるエステル。ヴィヴィアナもそれの真似をして見上げるが、雨が合羽の中に入ってきてそれどころではなかったので、すぐに止めた。


 街を縦断するテルム川から引いた支流。その中央に、見上げる程に高いへいに囲まれて、まるで水上要塞のように大きく陣取っている小規模な居住区……それこそが、彼女達が目指す場所、異端者隔離居住区であった。


「あんま走ると滑るよっ、エステルッ」


 上を見上げたまま走り出したエステルの後ろから、ヴィヴィアナが声を掛ける。エステルは彼女が懸念した通り、雨に濡れた跳ね橋に足を滑らせるが、こけずに踏ん張って、そのまま異端者隔離居住区の中へと駆け抜けていく。


「もうっ……このままハグれたりしないでしょうね? レスリー、少し急ごうか?」


 そうして振り返ったヴィヴィアナの視線の先で、レスリーは跳ね橋の下に流れる川に瞳を奪われていた。自身の声に反応も示さずに、ジッと流れていく様子を見詰める彼女を不審に思ったヴィヴィアナは、隣まで歩み寄って、一緒になって覗き込んでみる。


 連日の雨の影響だろう。ヴィヴィアナの想像以上に増水した川の流れに、少しだけ怯む。そして、突然川が跳ね上がって、跳ね橋の上まで舞い上がるのを見ると、レスリーの手を掴んで、彼女を庇うように動きながら後ろへと下がった。


「手摺りもなにもないのに、近づくのは危ないって。行こう、レスリー。エステルが迷子になっちゃいそうだし」


「えっと……その、ヴィヴィ様……」


「なに?」


 なにか言いたい事があるのか? と、手を繋いだまま振り返るヴィヴィアナ。しかし、真っ直ぐ見詰められる事に慣れていないレスリーは、オロオロと視線を泳がせているばかりで、続きを口にしようとはしない。


 余裕がある時ならば、彼女が話し出すまで待つ事も出来るのだが、今は急いでエステルを追いかけねばならないと、ヴィヴィアナの中に焦りが生じていた。その為、話を中断して、レスリーと繋いだ手に力を込める。


「話は後で。ここは危ないし、とりあえず中に入ろうよ」


「いえっ、その……はっ、はい」


 中に入った所で、3人はアッサリと合流出来た。エステルは壁の中からの景色を見たかったようで、異端者隔離居住区に入ってすぐの通りに立ち止まり、壁の上の方を見上げていたのである。


 その事にホッとするよりもまず、ヴィヴィアナは周囲に漂う独特の臭気が気になって、顔を歪める。レスリーと繋いでいた手を離し、その手で鼻を抑えたくなる程の、排泄物のそれに近い臭気。そして今まで歩きて来た場所と、同じ街とは思えない程に荒廃した建物達。


 それ等に寄生するように並んだ、ボロボロのテントや、吊るされたほろで、雨露あめつゆをしのぐ為だけのスペースに、褐色の浮浪者が座り込んでいる姿を見つけて、興味本位だけで近寄っていい場所ではない事を知る。


(雰囲気は貧民街に似てるけど……臭いはそれ以上ね)


 高い塀に囲われたこの場所では風通しが悪く、いつまでも臭気が区画全体を漂っているのだろう。疫病が蔓延まんえんするような事態になれば、一瞬でこの区画全てを覆う被害が出るに違いない。


「砲座が1つも見当たらないし、防設備もない。塀は頑丈そうではあるのだが、これではな……」


 瞳をキラキラと輝かせて走っていた時とは別人のような、シュンと落胆の色に染まった横顔を見せるエステル。強固な要塞の裏側を見てみれば、その実体はただの張りぼて仕様だったのだから、無理もない


 しかし、エステルの感想は最初から的外れなのだ。ここは外敵から身を守る為の区画ではなく、臭い物に蓋をするかの如く、街の美観を損なう者達を隔離しておく為だけの場所なのだから。


 むしろ、中の者達が、結託して不穏な動きを見せないように、砦としては脆弱ぜいじゃくに造って然るべきなのである。


 通路の真ん中付近で、頭上を見上げている3人に視線が集まって来る。最初にそれを感じたのはレスリーで、彼女のその反応に気付いてヴィヴィアナも注目されてる事に気付いた。とりあえず、行くのなら奥へ行こう……そう提案しようとした矢先に、門の上部の両端に備えられた監視台から、大きな鐘の音が鳴り響く。


 ―――カァァーン、カァァーン、カァァーン……カァァーン、カァァーン、カァァーン……


 立て続けに3度。それをゆっくりと、余韻が消えぬ内に機械的に繰り返す。その音量は街中に届くのではないかという程で、真下にいる3人にとっては過剰でしかなく、思わず3人が3人共、両耳に手を当てながら、顔をしかめた。


「……っ……っ! ……っ!」


 ヴィヴィアナは、自身にエステルが何事かを話し掛けている事には気付いたのだが、鐘の音が頭に響くばかりで、その内容の一切が伝わってこない。


 最初はどうにか聞き取ろうとしたヴィヴィアナであったが……それを不毛な時間だと切り捨てて、時間を掛けてわざわざ歩いて来たというのに、このまま帰るのであればここに来た意味がないと、思考を切り替える。


「うるさくて、なにも聞こえないっ! とにかくっ、ここから離れようよっ!!」


 大声を張り上げなら、奥に向かうようにと、ジェスチャー付きでヴィヴィアナが叫ぶと、ある程度の意思は他の者達にも伝わったらしい。大きく何度か頷いたエステルが先に歩き始めて、それに付き従うようにレスリーも歩き始める。


 真っ直ぐ足早に進んでいくエステルとは対照的に、何度も不安そうに背後の様子を伺い、周囲を観察しながら歩いていくレスリー。彼女の挙動に少し疑問を抱きつつも、それは、珍しい土地で少し過敏になっているだけだろうと、深くは気にせず進んでいくヴィヴィアナ。


 そんな3人の姿をジッと眺めていた浮浪者達は、自らの領土テリトリーへの侵入に対して、なにかリアクションを起こすでもなく呆然としていた。しかし、彼女達の背中を見送ると、それが引き金であったかのように、何人かが鋭く瞳を輝かせながら、足早に動き出すのであった。

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