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姫騎士物語  作者: くるー
第五章 人たらしめる為の魔障
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プロローグその4

「所でさ。なにか私に言いたい事があって、声を掛けたんでしょう?」


「いや。さっきは騒がしくして悪かったなと、謝りたかっただけだ」


「あぁ。ふふっ、そんな事か。本気で怒ってたワケじゃないから、別に気にしなくてもよかったのに。それに、私が怒ったのはもっと別の理由だから……ね」


「だが、あの時は確か、うるさくて集中できないと言っていた気がするんだが?」


「そうね。だからいいのよっ。マテウスには言っても分からないだろうし、教えてあげないわっ」


 快活な笑顔を浮かべながら、楽し気に肩を揺らして笑うアイリーンの姿には、彼女の言葉通り、暗い感情の一切が見受けられなかった。だが、言葉の内容に引っ掛かりを覚えたマテウスは、先程までの話を蒸し返すように問い質す。


「……少しは自分で考えろという事か?」


「うーん、そうじゃなくて……今回は、私がマテウスに知られたくないって、感じてる方が近い……と、思う」


(だってこんな……マテウスとヴィヴィが仲良くしている姿が羨ましかったなんて……)


 マテウスとヴィヴィアナの2人に、仲良くして欲しいと思いながらも、自身を差し置いて仲良くしている姿を見ると、妬ましいという感情が抑えられない。そんな想いを正しくマテウスに伝える事が出来たとしても、それは彼を困らせるだけだろうし、なによりも知って欲しいという気持ちよりも、それを知られる事による、気恥ずかしさの方がアイリーンの心の大半を占めていた。


「だから、この話題はもうお終いっ。もし少しでも悪いと思っているのなら、私の予習を手伝ってほしいなっ」


 マテウスがアイリーンから押し付けるように手渡されたのは、分厚い羊皮紙媒体の名簿だった。彼は見た目通りの重量感があるそれを受け取り、パラパラとページをめくって、内容を確認しながら頷きを返す。


「あぁ、それぐらいならお安い御用だが……今回は、何人の名簿を覚える必要があるんだ?」


「今回は、500人くらいね。ロザリアさんにコツを教えてもらってから調子がいいし、騎士団査定ぜんかいの時と被っている人も多いから、少なくなってホッとしてる」


「随分、余裕じゃないか……なら手始めに、シスモンド・ゾフからでどうだ?」


「シスモンド・ゾフ伯爵。年齢50歳。既婚者で妻の名前がダリア39歳。二男一女で、長男アントニオ23歳、次男ガスパロ21歳、長女にフィオナ15歳。現バルアーノ領主で元ゾフ商会会長。現在はアントニオさんとガスパロさんの2人でゾフ商会の運営をしていて……って、マテウス。ゾフ伯爵は今回の理力付与技術交流会の主催を任された、赤鳳騎士団への出資者で、フィオナのお父様よ? 間違えて覚える理由ワケないわよっ」


「確かに、少し簡単すぎたな。次はそうだな……ヨーゼフ・クラウゼンでどうだ?」


「ええっと……ヨーゼフ・クラウゼン枢機卿猊下すうききょうげいか。年齢29歳、未婚。お父様がルーカス3世教皇猊下でクレシオン教会の歴史上、最年少で枢機卿に登り詰めた、エリート。元は異端審問官として100を越える異教徒団体を裁いたといわれる実績のあるお方で、現在は神興局しんこうきょく副局長を務めていらっしゃるわ」


「……正解だ。随分な、大物が参加するんだな」


「他にも国内では、リンデルマン侯爵やオーウェン公爵。国内だけじゃないわ。ジアート王国からはギールズ外交官にミハイロフ大臣補佐官。マルドレナ王国からはマイゼール将軍。遠くシノノメ皇国からも、サクラフジワラ皇女殿下が出席予定で……とにかく、クレシオン教圏外からも注目を浴びる一大イベントなんだからっ」


 まるでそれ等が自らの功績であるかのように、目を輝かせながら誇らしげに語るアイリーンに、マテウスはそうか……と、気のない相槌を打った。マテウスが耳にした事のある名前、ない名前……アイリーンは、技術交流会に出席が決まった後からの短期間で、これら出席者全ての名前を含めた、経歴の全てを頭に叩き込むという作業をしていた。


 アイリーンのような立場になれば、彼女自身が望まずとも、あらゆる場面で声を掛けられ、挨拶を交わし、交流を強要される事になる。この地道な事前作業は、そんな時にホスト国の王族代表として、ゲストに失礼がないようにする為の配慮であり……それ以上に、相手の全てを把握し、見通しているという、底知れぬカリスマを演出する為のものであった。


 実際、2ヵ月近く前の騎士団査定の時に、各騎士団への訪問や、数度の晩餐会を経て、初めて社交界へと足を踏み入れたアイリーンは、神秘的ですらある美しさと、堂々たる立ち振る舞いで、その評判は謎めいた箱入り娘から、王族の器として認められつつあった。


 今回の理力付与技術交流会に、女王ゼノヴィアとアイリーンのそれぞれに対して招待状が届いたのも、その表れといえるだろう。騎士団査定の時のような女王の代理ではなく、エウレシア王家を背負う王女として、認識されたのである。


「でも、そのお陰でシノノメ語も話せるようにならないといけないのだけれど……これが少し難しくて。それに旧カザンキ語も、日常会話がやっとってレベルなの。ぁぅ~、こんな事ならもう少し前から勉強しとけば良かったよ~」


 まるで試験直前の受験生のように頭を両手で抱えるアイリーンの姿に、苦笑を漏らしてしまうマテウス。赤鳳騎士団寮に通うようになった日から、アイリーンは1日たりとも習い事をサボってはいない。王女として皆に応えられるように励むという、自身が立てた誓いを守り続けている。


 宮殿という箱の中で、無為に押し付けられていた日々とは違い、成果を見せる場所があるという事と、応えたい人達がいるという事が、彼女の大きなモチベーションにもなり、同時に失敗して期待を裏切りたくないという不安にも繋がっているのだ。


 アイリーンならば、おそらく放って置いても乗り越えてくれるだろう……そんな感情を抱きつつも、マテウス自身の欲求から、なんらかの励ましを与えたくて言葉を選んでいると、恐る恐る遠慮がちな足音が、背後から近づいてくるのに気付く。


 彼が振り返った先には、居心地悪そうに視線を彷徨わせて立っている、制服姿のレスリーの姿があった。


「あ……あのっ、その……マテウス様……そのっ、ちょっと相談がありまして……お食事の事、とか……」


「分かった。後で行くから、先に……」


「……いいよ。行ってあげてっ」


 突然、割って入るように声を上げたアイリーンに驚いて、マテウスは押し黙る。


「私はもう大丈夫だからさ。レスリーの話、聞いてあげてよ」


「……もういいのか?」


「ふふっ、変なマテウス。そうね……マテウスがシノノメ語を教えてくれるっていうのなら、もっと相談に乗ってもらおうかな?」


「そいつは無理な相談だな。分かったよ。もし俺に手伝える事があるなら、遠慮なく声を掛けてくれ」


「うんっ。ありがとっ」


 感情を包み隠すかのような笑顔を浮かべながら、小さく手を振るアイリーン。マテウスは少しいぶかし気にしてはいたが、あっさりと背を向けて歩き去っていく。


 その背後に立つレスリーは、アイリーンと視線を合わさぬように深々と一礼すると、再びマテウスの一歩後ろに駆け寄って、彼の影のように付き従っていった。


(口に出してないのに、気付いてくれだなんて、本当に勝手だよね……でも……)


 強烈な突風に煽られ、名簿がバタバタと激しい音を立てるのに気付いて、慌ててそれを閉じるアイリーン。そのまま、名簿を両手に抱えて顔を俯かせていると、先程まで涼しくて心地よかった筈の川の水が、凍り付くように冷たく感じられた。


(口に出せないけど、貴方にだけは分かって欲しい事……沢山あるよ)


 長く水に晒してた足を上げて、裸足のまま地面を歩き始めるアイリーン。馬車に戻って予習の続きをしようと、視線を落としたままトボトボと歩いていると、彼女の前に赤鳳騎士団の制服を着た女性が立ちはだかる。


「どうかされましたか?」


 聞き慣れた、感情を写さない冷たい声音。アイリーンは、その声の主が誰であるかに気付いて、顔を上げる。


「パメラ……その格好……」


 女使用人メイドの装いから、赤鳳騎士団の制服姿に着替えを終えたパメラは、普段通りの無表情で佇んでいたが、アイリーンが声を失ったまま呆然としているのに耐えられなくなったのか、先に背を向けて歩き出そうとする。


「…………やはり、着替えて参ります」


 歩き去っていく背中を見詰めながら、アイリーンは胸に込み上げてくる感情と向き合っていた。また軽はずみな発言で、不躾な押し付けをしてしまった。自身の我が儘に付き合わせてしまった、と。それでも……


『そうかしら? 私はパメラの服を借りた時。お揃いの服を着る事が出来て、嬉しかったけどなぁ』


 彼女がなにを思って、自身の前に現れたのかぐらい、胸の内に伝わって来る。


 アイリーンは自身の豊かな胸を苦しそうにギュッと片手で抑え付けた後、裸足のままで弾かれたように駆け出して、その勢いのままパメラへ背後から飛び掛かると、両腕を体に回して力一杯抱きしめた。


「パメラ、ありがとうっ。私、今、とっても嬉しいのっ! それにすごく似合ってる。可愛いわっ」


「私の事は結構ですので、先に履物はきものを履いてください」


 パメラは、回避する事も出来た激しい抱擁ほうようをあえて受け止めて、されるがままに身体をユラユラ揺らされながら、無表情のままそう告げた。

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