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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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エピローグその5

 ―――同時刻。王都アンバルシア北区郊外、集合墓地、ドリスの墓前


(来るの遅うなってごめんな? ドリスさん)


 刈り揃えられた芝生の上に、なんの飾り気もない十字架がポツンと立つだけの簡素な墓。今は、ロザリアが添えた花束と、先の来訪者が添えた一輪の百合の花が、鮮やかないろどりとなって、風に揺れている。


 十字架を前に跪いて花束に添えていた手を胸元まで運ぶと、ゆっくりと大きくクレシオン十字を切った後に、顔の下で両手を重ねるようにして1つの拳を作り、瞳を閉じるフィオナ。初めに心の内で零したのは小さな謝罪。本来ならもっと早くこの場に来るべきだったと、そう思いながらも言い訳を重ねてしまう。


(ドリスさんが死んだって聞いて、ウチ泣いてもうてなぁ……それからも色々あってん。ヴィヴィちゃんに励ましてもろうて~、エステルちゃんにも愚痴零して~、レスリーちゃんの美味しい夜食食べて~、そんで元気になって、ようやく来れたって感じなんよ。心の整理? 出来たって事かなぁ?)


 瞳を開けると、水を入れた手桶に浸けた襤褸ボロを手に取り、確りと絞ってからそれで十字架を拭き始めた。既に1度、一通りの清掃はロザリアと2人で終えているので、特に意味のある行為ではなかったが、そうするフィオナの顔には笑顔が零れている。


(いうて実はね……ドリスさんに相談乗ってもらった事、まだ全員には伝えてないんやけどね? でも、ヴィヴィちゃんにはちゃんと伝えて、協力してくれるって言うてくれてるし、さっきロザリアさんにもねえさんって呼んでいいって言うてもらえたし、エステルちゃんは、ウチの言葉が訛ってるって事、全く気付いてないみたいに振る舞ってくれるんよ……まぁ、もしかしたら、本当に気付いてないんかもしれへんけど。ほら、エステルちゃんやしね?)


 フィオナはクスクスと両肩を揺らて笑うと、十字架を拭くのに力が入らなくて、その間だけ少し手を止めた。


(それと、ほら……これ見せてあげたかってん。赤鳳騎士団の制服っ。どう? 可愛いやろっ? 白狼騎士団の制服よりも、女の子~って感じせーへん? そんで今度な、改めてこれで写真撮るんよ…………本当なら、ドリスちゃんとも一緒に制服着て、写真。撮ってもらいたかったなぁ~)


 そのまま空を見上げようとすると、瞳が湿りそうになったので、頭を振るって誤魔化すフィオナ。


(ごめんごめん。ちょっとしんみりしてもーたなっ。今日は、そんなつもりやなかってん。実はな、ウチな、あの時ドリスさんにも言わなかった事……相談してみようかなぁ~って思うとるんよ。その為の勇気、また貰えるかなぁって思ったのもあって、ドリスさんに会いに来てん)


「掃除をするなら、花を避けた方がいいんじゃないのか?」


「あら? あの方との話は、もう終わったんですか?」


 フィオナの後ろ。少し離れた位置で彼女を見守っていたロザリアの背後から、マテウスが声を掛ける。彼女が振り返ってマテウスの顔を確認すると、彼は特に感情も浮かべずに、まぁな……と首を縦に振った。


「掃除なら2人で済ませた後ですよ。だからきっとあれは……お話、してるんじゃないかしら?」


「……死人とか?」


「返事がなくったって、お話は出来るでしょう? それに、口を開けば皮肉しか零さない、誰かさんよりは会話は弾むんじゃないかしら?」


「それなら、死人よりつまらない男と会話をしてくださる君は、女神かなにかか?」


「あら、困ったわ。ずっと隠していた秘密だったのに、とうとう言い当てられてしまいました。どうしましょう?」


「ハッ……冗談キツイぜ。どう考えてもサキュバスよりだろ……」


「そちらがお望みでしたら、今夜にでもお望みの姿で、お伺いしましょうか?」


 気配を消して……まではいかなくとも、それと分からないくらいに自然にマテウスの傍まで歩み寄り、かすめ取るように右腕を奪いながら、抱き寄せ、彼に身体を預けるロザリア。遊ばれていると分かっているマテウスは、それに対して不愉快そうな表情を浮かべながら彼女の肩を軽く押してそれを拒否する。


「遠慮するよ。君の身体から毒が抜けきった時にでも、また誘ってくれ」


 マテウスが口にする毒という言葉の意味が分からない筈もなく、ロザリアはその日が来る事はなさそうだと、小さな笑みを零した。


「……話して来たよ」


「……死人とですか?」


「いや。レスリーとアイリにだ。君に言われた通り、俺の考えを伝えて来た」


 一瞬、なんの話か思い出せなかったロザリアだったが、すぐにマテウスの怪我を手当てした時の話の内容に思い至り、彼へと期待の眼差しを向けた。


「それで? どんな答えが返ってきましたか?」


「さぁ?」


「さぁって……私を揶揄からかっているんですか?」


「そうは言ってもな。アイリは寝たままだったし、レスリーはレスリーだからな……ありがとうございます、とは聞いたが、果たして正しく伝わったかどうか……」


「……はぁ~……マテウスさん。それは、話したうちに入りません」


 ロザリアの残念なものを見るようなジト目を浴びながら、表情を隠すように口元を手で覆うマテウス。


「まぁ、そうだよな。薄々気付いてはいたんだが。かといって、あれをもう1度というのは流石に……そもそも、あんな言葉では、彼女達に負担をいてしまうだろうし、本当に彼女達を想うなら騎士とは別の道を……」


「……本当にどうして普段の貴方は……闘っている時の凛々しさが、半分でもあればマシでしょうに」


 ロザリアの辛辣しんらつな独り言も、当然マテウスの耳には届いていたが、言い返す為の材料がないので甘んじて受け止める。もし、自身を傍から眺める事が出来たとしたら、マテウスとて同じ感想を抱くだろう。


「そうだな……この年になってまだ、伝えられる事よりも、出来ない事や、教えられる事の方が多い。どいつもこいつも、俺よりよっぽど立派だよ。全くもって情けない話ではあるんだが……感謝している」


 かくたる信念を持てなかった。だから流されるまま漠然と、漫然としか生きる事しか出来なかった。そうして振り回された挙句に、全てを奪われ、罪人に成り果てた。


 再び人と関われば、また振り回されるだけになる事なんて分かっていた。そんなのはもう御免だと、色々と言い訳を重ねながら、1人で生きて、1人死んでいく筈だったのだ。


 それがなんの偶然か、騎士として再び多くの人と関わりを持つようになって、口を開けば、その誰もが自身とは比べ物にならない程の強い信念や、眩しい程の志を宿していて……案の定、それらに振り回されるだけの目まぐるしい毎日を押し付けられながらも、それが悪くないと……1人の時よりも、余程生きているという実感を与えてくれるのだ。


 彼女達の傍にいる事で、まるで中身のない自身までもが、マトモな人間に少しだけ近づけたような気がするからという、申し訳なさにも似た感謝と共に。


「感謝、ですか? 私に?」


 その質問は分かっていて聞いたものだった。悪戯をしかける小悪魔のような笑みを浮かべるロザリアに、マテウスは吊られて口元を緩めながら答える。


「君にも、みなにもだ。もし許されるなら、時間を掛けてでも、少しずつ返していけるといいんだがな」


 普段通りの捻くれた皮肉が、マテウスから返って来ると思っていたロザリアは、意表を突かれて言葉を失った。いつだって斜に構えていて、臆病で、神経質に他人と壁を作って距離を置くような男が見せる無防備な笑顔に、一瞬だけ見惚れてしまっていたのだ。それと同時に思い起こすのは、彼に抱く感情を同族嫌悪だと決めつけ、目を反らすようにして考えない事にしていた、ただ1つの小さな不安材料。


 彼を本当に好きになってしまった時、私は私の願望を貫き通せるのだろうか? 


 彼女はそんな危険な思考を遮り、全てを悟られないようにサッとマテウスから視線を反らすと、無理矢理に話題を創り出して、胸元で小さく両手を合わせて音を鳴らす。


「そうだっ。私、まだマテウスさんに約束を守って貰ってません」


「約束?」


「ほら。女王陛下の話、マテウスさんが直接お話ししてくれるって、言ってたじゃありませんか」


「あぁ……あれか」


「感謝してくださっているのなら、約束ぐらいは守って下さいますよね? 場所は何処がいいかしら? 貴方のベッド? それとも腕の中かしら?」


「あれは君が一方的にした約束だろう? それに見ろ。その契約書はこの有り様だ。残念だったな」


 マテウスは失った右手の小指を見せ付けるようにロザリアの眼前に掲げて、今回は俺の勝ちだろう? と、笑顔まで浮かべるが、ロザリアは急に笑顔を崩して、痛ましいものを見るかのような表情を浮かべた。


 それに対して、最近、同じような憐憫れんびんにも似た眼差し向けられた事を思い出したマテウスは、僅かに動揺する。


「馬鹿っ。冗談の質は、選べるんじゃなかったんですか?」


「……そうだな。悪かった」


「それに……小指がなくったって……」


 ロザリアがマテウスの右手に、自らの右手を正面から重ね、指先を絡めていく。サイズが違いすぎる、不格好な恋人繋ぎ。


「こうすれば、何度でも誓い直す事……出来ますよね?」


「……こんな約束の仕方。俺は聞いた事ないんだが?」


「……あのーっ」


 右手を絡めるように繋ぎ、正面から見つめ合う2人。それを少し離れた場所から見ていた者が、空気の隔たりを越えながら、非常に申し訳なさそうに声を掛ける。2人はサッと手を離すと、声の主……フィオナへと向き直った。


「もしかして……2人って、ウチが知らんうちに付き合ってたりするん?」


「「ハッ……冗談キツイぜっ」」


 マテウスが自然と零してしまった口癖に、ロザリアの声がほぼ同時に重なる。思わず驚いてロザリアを見返すマテウスは、先程彼が浮かべたと同様、勝ち誇った笑みを浮かべる彼女を前にして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、小さな舌打ちを落とす羽目となった。

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