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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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逃走への経路その3

 駆け出しながら、首だけを後ろに巡らせるマテウス。彼の視線の先、短刀を握りしめたまま、うつ伏せになったツバキは、やはり倒れたままに微動だにしない。これは、背後からツバキに攻撃される事を用心しただけの行為で、当然ながらマテウスには彼女を助け起こす義理も、そのつもりもなかった。


 日食を起こしたかのように、周囲に影が差していくのに気付いたマテウスは、再び視線を上へと戻しながら駆け足を早めていく。その際、倒壊し掛けた時計塔から降り注ぐ瓦礫がれきを、横に跳ねるように回避して着地、今度は視線を前へと戻したところで、何者かが、真正面から駆け寄って来るのに気付いた。


 その出で立ちからして、暁の血盟団の一員で間違いないであろう相手は、鍛え抜かれた体躯や、武器を構えながら走っているにも関わらず、上体と武器を持つ右手が微動だにしない所。それに覆面の目元付近から零れた褐色の肌から、今まで相手にしてきた有象無象とは違う匂いを纏っていた。


 しかし、だからといってマテウスに引き返すような道はない。迎え撃つ覚悟を決めて、更に速度を増して真っ直ぐ突き進むマテウス。幸い相手の武装で目に止まるのは、片手剣型装具ズィーデンブレードだけ。マテウスは擦れ違いざまに相手を切り捨てるつもりで、片手剣を握る右手に少しだけ力を込める。


 その時、突然にマテウスの右目が視力を失う。頭部の出血から流れ落ちた血が、マテウスの右目に入ったのだ。それを拭い取る暇を手練れの男は与えない。駆け足の勢いに乗せて身体を沈ませながら左に旋回して、滑るようにマテウスの視覚の外へ移動して、同時に斬りつける。


 対してマテウスは、過剰に前進して相手の旋回行動が終わる前に、自らの身体を横から入れ込む事によって、それを潰した。その為に片手剣の柄で右腕を打ち付けられるが、軌道の予測しきれないズィーデンブレードの一刀を、受け止めるよりは遥かにマシだ。


 ズィーデンブレード……使い手を選ぶものの、高周波ブレードのような原理を再現するこの片手剣を、剣を使って正面から受け止めようとすると、剣ごと両断される危険性があるから、マテウスはそれを避けたのだ。


 しかし、マテウスが柄で身体を打ち付けられながらも、振り向きざまに確認した相手の刀身には、理力解放インゲージをした形跡がない。それが、相手もマテウスが正面から剣と剣で打ち合う愚考を犯さないと読んで、故意に理力解放をしなかったか、それとも瞬間的に理力解放が出来ない程度の実力なのか……この時点では判断しかねるマテウス。


 こうしている間にも、周囲に瓦礫が降り注ぎ、重力の成すがままに時計塔の本体がジワジワと倒れて来ている。一刻も早くこの場から離れたいマテウスであったが、まだ実力の底が知れない相手を前にして、背中を見せる行為も、死に等しい危険性を孕んでいる事に、変わりない。そんな状況が、マテウスに小さな焦りを植え付ける。


 続けざまに相手から繰り出される斬撃を、刀身の腹を打ち付けるようにして弾き飛ばして、相手が腕を返しながら繰り出してくる反撃に対して、マテウスは彼らしくない早急な勝負を仕掛けたのだ。反撃の軌道を確認し終える前に、此方のズィーデンブレードを理力解放。踏み込みと同時に相手の剣ごと腕を斬り飛ばす角度を予測で狙って、袈裟切りに振り抜いた。


 しかし、相手は自らの反撃を喰いとどめて、斬撃の軌道を変化させて、マテウスの攻撃をかし、逆袈裟に切り上げる。それはマテウスの剣筋を見てからの判断ではなく、元々フェイントを入れてマテウスが誘いに乗るのを待っていなければ出来ない芸当であった。


 一瞬一秒の遅れがあれば、自身も倒れ込んでくる時計塔に圧し潰される危機的状況であるにも関わらず、マテウスが見せたほんの僅かな心の隙を、冷静に付け込む事が出来る程の手練れ……その実力の証明として、理力解放したズィーデンブレード同士がぶつかり合ったにも関わらず、刀身の脆弱な部分を狙われたマテウスのズィーデンブレードだけが、中央から真っ二つにされる。


 絶好の好機を前にして、後方に重心を下げながら距離を取ろうとするマテウスに追い縋りながら、返す刃で彼の胸部を削ぐように、横薙ぎの斬撃を繰り出す手練れの男だったが、彼の視界の下……マテウスの左足が、相手にかかとを向けるようにして残されている事に、遅ればせながら気付く。


 彼がそれに気づいた瞬間、マテウスは上体を後ろに下げながらと、身体を旋回させて斬撃を回避。同時に繰り出されるマテウスの右後ろ回し蹴りが、手練れの男の下顎を打ち抜く角度で繰り出される。相手は踏み止まりながら顔を反らすが、彼の下顎をマテウスの右足踵がかすめて、それに引っかかった覆面が乱れた。


 互いに致命の一撃を紙一重で避けるものの、大きく姿勢を崩した2人は、同時に弾かれたように距離を取る。その直後に、2人の間を割くようにして時計塔の一部が、瓦礫がれきとして降り注いだ。


 2人の距離が離れたのを見るや否や、マテウスは手練れの男に背を向けて、武器を捨てながら再び全力で駆け出す。手練れの男の邪魔が入ったお陰で、時計塔は目前にまで迫っていた。今のマテウスに残された体力を考えれば、最早、一刻の猶予もない。


 駆け抜けながら、相手が追ってこないかどうかを確認する為、再び首だけを後ろに巡らせるマテウス。手練れの男は、どこの製品か確認出来ない靴型装具を使い、マテウスとは反対側……ツバキの下へと駆けだしていた。この2人の移動手段の差が、戦闘時の駆け引きに大きな影響を与えていたのだ。


 手練れの男が自身ではなく、仲間の救出に向かっていく姿に、内心で小さく安堵を覚えるマテウスだったが、彼がツバキを担ぎ上げる際に、剥がれ落ちた覆面の下の顔をの当たりして、顔色を驚愕に染めながら、それを声にして絞り出す。


「デニスッ!!」


 デニスと呼ばれた手練れの男は、マテウスを振り返り、皺の寄った顔立ちに更に皺を寄せ、マテウスの記憶と1つも変わらぬ特徴的に柔和な瞳を、薄く細めた笑顔を浮かべる。マテウスがもう1度声を張り上げようかとした瞬間、2人の間に時計塔が降り注いだ。


 普通の人間なら、座り込んでしまいそうな震動と共に、崩れ落ちた建物と建物がぶつかり合う衝撃音。同時に舞い上がった土煙が朦朦もうもうと周囲に立ち込め、マテウスの視界を奪う。更に時計塔が倒れ込んで来た衝撃で、崩れかけてた研究棟も連鎖するようにその限界に達して、急速な倒壊を始めた。そんな状況でありながら、マテウスは未だにデニスの姿に後ろ髪を惹かれていた。


 しかし、派手な音と瓦礫を撒き散らしながら、形を失っていく研究棟にかされて、再び脚を動かし始めたマテウス。まだ形を残した研究棟へと飛び込み、渡り廊下を駆け抜け、瓦礫の山を掻い潜りながら玄関口を目指している最中、頭にこびり付いて離れない男の顔。


(本当にお前なのか? 本当に生きていたのか? デニスッ)


 マテウスがまだ騎士にもなっていない頃から、傭兵として時に肩を並べ、時に知恵を借り、時に背中を預けた男。マテウスが英雄と称され、将軍として多くの騎士団を任されている頃も、彼の傍らで副将軍として支え続けた男。


 そしてマテウスが全てを失い、罪人の烙印を押される切っ掛けとなった戦い、ブラオヴァルトの戦い以来、行方不明になって死んだと思われていた男。


 にわかには信じられない……マテウスは、未だに白昼夢を見せつけられたような心持ちであったが、今日1日で浴びせられた傷達が足を動かす度に全身に痛みを走らせて、それを否定していた。

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