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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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逃走への経路その2

 マテウスの背後では、既にみな1階の中庭へと移動を済ませていた。だから彼は、すぐにでも戦いを切り上げて、逃げ出しても良かったのだが、それでも彼はこの場に足を止める事を選んだ。それは、念の為にもう少し時間を稼いでおきたいという、マテウスらしい慎重さがそうさせていた。


 幸い、3対1であった戦況は、2対2へと移り変わっている。時間を稼ぐだけが目的なら、比較的容易だとマテウスは考えていたが、事態はそう簡単には傾かなかった。


 真っ先にマテウスの虚像へと襲い掛かったツバキ達。2人に纏わりつかれるような距離まで詰め寄られて、彼女達の拳打と斬撃の応酬にマテウスの虚像は対応しようとするが、その動きは普段のマテウスよりもはるかに鈍重どんじゅうだった。


 イマノツルギの能力を活用すれば、マテウスの本体の意思を組んで、それこそツバキのように虚像を迅速に、精密に、操る事が出来るのだが、当然それも相応の練度があっての事だ。


 今日、初めてイマノツルギを手にしたマテウスでは、虚像には彼の5割程度の動きを再現させる程度が限界で、その代償に本体のマテウスが両足を止めてまで集中せねばならぬという始末であった。


 マテウスの虚像に対するツバキの猛攻も、イマノツルギの使い手として、事前にこの結果が予測出来ていたからだろう。果敢に間合いを詰めていく立ち回りに、マテウス本体と対峙する時に垣間見えていた、警戒や躊躇ちゅうちょが一切見られない。


 マテウスの虚像がツバキ達に一方的に腹をなぶられ、手首を削がれる様子を見て、マテウスは止むなしと判断し、自身から彼女達の動きを喰い止めようと駆け寄るが、そうする事によって彼の意識から遠ざかり、動きの鈍くなったマテウスの虚像は、その一瞬にツバキの貫き手で喉笛を、短刀で鳩尾を同時に貫かれる。


 ツバキ達に近づく直前、マテウスは右手に握る片手剣型装具ズィーデンブレードを理力解放させようとして、それが今の状態では不可能な事に気付き、それと同時に意識内を不快な感覚に襲われた。


 頭の芯を強烈な痛みが突き抜けていくような感覚。それを拒絶するようにかぶりを振るいながら、自らが見せた隙を潰す為に、後方へ飛び退く。


 再び視界を開いたマテウスの眼前に迫るのは石塊いしくれ2つ。彼はそれを片手剣で1つ受け流すが、もう1つを回避し損ねて左肩で受けてしまう。それ以上の追撃が来なかったのは、ツバキが内に宿した警戒心ゆえの事だろう。


 ツバキはマテウスの様子を伺いながら、上位装具イマノツルギを回収する。それを見守るしか出来ないマテウスは、制服の内で腫れているであろう左肩の具合を確認するように少し動かして見せながら、崩れていた姿勢を正す。


 慣れない装具はやはり使うものではないな……と、胸の内で独りごちるマテウス。イマノツルギを操るのに意識を奪われ過ぎた事で、本体は足を止めたまま、連携も出来ないままに各個で潰された。


 その上、イマノツルギを理力解放中に、ズィーデンブレードを理力解放しようとする痛恨のミス。そこから左肩へ石塊の被弾。普段の彼なら絶対に有り得ない失態を犯してしまう程に、イマノツルギに囚われてしまっていたのだ。


 まだ若いであろうツバキが、マテウスですら手を焼くイマノツルギを使いこなすのは、彼女が長い時間の研鑽を重ね、練度を上げ、調整を繰り返して来た結果だろう。実際に手にして、その扱い難さを体験したマテウスは、その点に関しては素直に感服した。


 しかし、それを理由にこれより先の戦いに、影響を及ぼすような事はない。形勢は再び元に戻ったが、それでもこれ以上に偶発的ななにかが起こらない限りは、自身が有利であると考えていたマテウスは、だからこそ慎重に、自身の間合いへと距離を詰めていく。


 対して、今の攻防で自身にこそ優勢に傾いたと判断したツバキ達は、この機を逃すまじと、2人同時に強引に襲い掛かる。あえて3人に姿を増やさずに、2人のまま、短刀の持ち替えを繰り返し、凄まじい速度でマテウスの周囲を飛び交い、本体の存在を隠匿すると同時に、上下から同時に斬りかかる。


 マテウスが体を捻りながら、それを捌き切ろうと指先に力を込めて手首を切り返した瞬間、彼が恐れていた偶発的ななにかが、その場の全てに対して、無慈悲に襲い掛かった。彼の視界が、強烈な閃光に全て奪われた瞬間……


(冗談キツイぜ)


 鼓膜を破りかねない大音響と共に、周囲を薙ぎ払う爆風が、マテウスとツバキ達を纏めて吹き飛ばす。彼等はそのまま窓を突き破り、重力に従って放物線を描きながら、2階から1階の中庭へと叩き付けられた。


「あぁっ、クソっ。あの糞ガキ、正気じゃねぇっ……ドミニク共々っ、イカれて……やがるっ」


 先に体を起こしたのはマテウスだった。それは彼とツバキの間にある純粋な体力差と、閃光に視界を奪われていたにも関わらず、地面に叩き付けられる瞬間、彼だけが直感的に受け身を取った事が理由だ。しかし、そうだとしても彼の状態は最悪といって差し支えがなかった。


 大音響に晒された鼓膜は一時機能停止を起こしているし、爆発時の破片に巻き込まれ、ガラスを突き破ったお陰で、身体中は擦り傷だらけ。更には吹き飛ばされた際に頭を石壁に打ち付けたので、意識は朦朧としている上に、頭部から出血もしているという有り様で、まさしくの満身創痍まんしんそういであった。


 それもこれも、爆弾を仕掛けた側のツバキが、一切爆弾を意識して戦っている素振りを見せなかったのが大きい。マテウスとて、少しでもツバキが爆弾を気にする素振りを見せていれば、そこに警戒を割いた立ち回りをしただろうが、彼女は最後までそんな素振りを一切見せる事なく、結果、一緒になって爆発に巻き込まれるという、暴挙を犯す。


 リスクリターンの壊れた狂人と呼ばれる輩がいる事は、マテウスとて理解していた。だから、目の前の少女がそうである事を見抜けなかった、彼自身の失態を誤魔化すような悪態を吐く。朦朧としていた意識と視界が戻って来る中で、マテウスは振り返って狂人ツバキの様子を伺った。


 うつ伏せに倒れたツバキはピクリとも動かない。しかし、両手には短刀が握られたままな所を見るに、命だけは取り留めているのだろう。死んでおけよ……しぶといな、と、マテウスは自分の事を棚に上げて、悪態を重ねた。


 そんなマテウスの小さな視界の隅で、今日何度目かの閃光が放たれて、構える暇もなく爆発が起こる。今度は彼等とは少しだけ離れた場所。時計塔の2階に設置された爆弾が、爆発したようだった。その爆発は1回では終わらず、2、3回とその付近で続けざまに起こった所で、ようやく落ち着きを見せた。


 続けざまに巻き起こる爆風を、手をかざしながらやり過ごしたマテウス。その後に目の前で広がる光景に、背筋を凍り付かせる。


 ギギッ……ゴゴゴッ、バキッ……ゴゴゴゴゴッ……


 耳鳴りが治まったばかりの耳朶を打つ、不協和音。釣られるようにしてマテウスは顔を、更に上へと向ける。その先で彼は、4階建ての研究棟を見下ろす高さの時計塔が、まるで大きく身震いするような幻視を見た。


 そして時計塔の2階付近……爆発のあった場所で、なにかが崩れる音が響き渡り、彼の幻視は現実のものとなった。まるで人がベットへ倒れ込むように、マテウス達を目掛けて真っ直ぐと、時計塔が倒れ掛かって来たのである。


「ハッ……クソッたれっ。今日は人生最悪の日の更新だっ」


 度重なる窮地と、頭部を激しく打ち付けた所為せいだろうか……こんな状況にも関わらず、マテウスは半ば笑みを浮かべながら、迫りくる脅威から逃れる為に、身体が許す限りの全力で駆けだした。

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