生還への道筋その1
―――同時刻、理力付与技術研究所アンバルシア支部、2階踊り場
響き渡る爆発音。被害を心配する程近くではないが、無視出来る程遠くではない。そんな距離での爆発に、エステルとマテウスは足を止める。
「カルディナ卿が交戦しているのか?」
「そうかもしれないな……」
だが、それにしては派手な音だ……マテウスはそう疑問を抱く。カルディナが向かった先が、彼の想像通り警備室だとしたら、そこにいる筈の人質までも今の爆発で巻き込まれているだろう。マテウスには、彼女がそんな結果になるような選択をするようには、思えなかった。
「なんにせよ、後回しだ。まだ敵に遭遇するかもしれないから、今は集中を切らすなよ」
「オウッ」
止めていた足を再び動かし始めるマテウス。エステルもそれに続く。踊り場から2階のフロアへと上がった所で階段は途絶えているので、1度廊下の様子を壁の影から覗いて確認した後、廊下を再びひた走る。その時、ふと時間が気になって中庭中央に聳える時計台の時計を確認しようとした時、それは起こった。
思わず瞼を閉じてしまうような閃光の直後、時計が吹き飛んだのだ。空気を震わす轟音と共に、時計は勿論、周囲の壁面ごと巻き込んでの大爆発。破裂して、粉々になった破片を辺りに撒き散らし、朦朦と黒煙を上げ始める。
「おいおい、一体なにが起こってるんだ?」
そこに戦闘の気配があったのならまだしも、突然なんの前触れもなく、誰もいない場所で起こった出来事に、マテウスは動揺を隠せず声を上げて、駆ける速度を緩める。
「むぅっ。あれが装具なら、殲滅の蒼盾と威力が変わらんぞっ」
いつの間にか横に並んでいたエステルが、唇を突き出しながら、気に入らない物を前にしたような渋い表情で時計を見上げた。彼女が口にしたように、上位装具の威力に匹敵する装具を敵が用意してきた場合、今の状況では騎士鎧を相手するのと大差ない苦戦を強いられるだろう。
そうでない事を願うばかりだ。エステルにそう告げようと、彼女に視線を向けた時。彼女の背後に映る部屋の窓から、目を覆いたくなるような強い閃光が漏れる。マテウスは、反射的にエステルの燕尾服状の制服の後ろ襟を右手で掴んで、その場から飛び退いた。
爆発。窓や扉を吹き飛ばし、それでも収まらずに周囲を巻き込む暴風に、マテウスとエステルは吹き飛ばされて、廊下を転がる。打ち付けられた体に鞭を打ちながら先に起き上がったのはマテウスだ。酷い耳鳴りと共に、鈍器でガンガンと頭を叩き付けられているかのような頭痛に逆らいながら、額に手を添えて頭を振るい、周囲の状況を確認する。
「エステル、立て……るか?」
「あぁ、すまない。助かった……が、一体なにで攻撃されたんだ?」
「攻撃というよりは、爆発に巻き込まれただけだ。あの強い光は、ショックプロシオンかエクスマイト。どちらにせよ時限式、もしくは遠隔式の爆弾だ」
目の前で爆発に巻き込まれる事によって、マテウスはようやくロザリアの情報でもたらされた、襲撃者達が人手を割いてまで進めていたという別の作業内容について理解する。
(研究所を吹っ飛ばすか……その為の準備をさせられている事を知っていたのか? 彼等は)
その部分は、ロザリアが特別自信なさげに、曖昧な記憶を手さぐりしながら話していた部分だったので、マテウスが飲み込む事が出来ず、ゼノヴィアにも伝えなかった事柄だ。何故なら、暁の血盟団の構成の大半は、この研究所の元職員で、彼等の闘争の理由は解放された仲間と共に、この場所での地位を回復する為のモノだった筈だ。
そうであるにも関わらず、研究所を爆発する為の準備をしていただのと聞かされれば、マテウスでなくても正気を疑いたくなる。その上、いくら爆弾を仕掛ける為とはいえ、それだけの為に戦力に回せない程の多くの人手を割く必要があるとも思えなかったのである。
(まぁ、こんな行為をしている時点で正気とは思えないしな……待て待て。考え込むのは後回しだ)
「マテウス卿、急ごう。皆にこの事を知らせなければ、爆発に巻き込まれてしまうぞ」
「そうしたいのは山々だが、今のは運が良かっただけで、次に巻き込まれれば俺達の命だって危ういんだぞ?」
マテウスが、もし自分で爆弾を仕掛けるなら、各部屋の見つかりにくい場所に仕掛ける。発見が遅れればそれだけ解体に時間が掛かるし、威力や方向を調整すれば、通用路の封鎖までもコントロール出来るからだ。
だが、それも相手が正気を保っている場合だ。相手がここでの無理心中を考えているような連中なら、この入り組んだ建造物の要である階段に、真っ先に爆弾を仕掛けて進入路ごと退路までも断ってしまうだろう。
つまり、現状揃った情報で、爆弾をありかの全てを想定するのは、不可能という事である。で、あるならば……
「だがそうだな、エステル。君のいう通り、強行突破でここから脱出する方が良さそうだ」
爆弾の存在に怯え、比較的安全そうな場所(ずっと交戦が行われていた4階会議室付近や、建造物に影響を与えない中庭)を求めて移動した所で、研究所の全てが倒壊する程の大量の爆弾が仕掛けられていれば、ジワジワと嬲り殺されているようなものだ。現状の危険回避も大切ではあるが、それ以上に肝要なのは、危険の解決であり、それにどのタイミングで向き合うかという事である。
故にマテウスは、ここは危険を承知で、通用路が無事な内に、一刻も早く本当に安全な場所である研究所の外を目指した方が、生き残る可能性が高いと判断した。
「おぉっ、分かり易くていいなっ。では、早く皆を助けるぞっ」
「この状況でなんで少し嬉しそうなんだ、君は。おいっ、待て。そっちの前に、ここを確認だ」
「ぐぇっ! そのっ、緊急は仕方がないが、いきなり首根っこを掴むのはやめてくれないかっ」
「君の突っ走る性格が治るなら、考えてもいいんだがな。それより、手を貸してくれるか?」
マテウスがエステルを引き止めてまで向かった先は、先程マテウス達を吹き飛ばした爆弾が爆発した部屋だった。その入り口を塞ぐ、崩れ落ちた瓦礫の1つを持ち上げて振り返るマテウス。その背後からエステルも近寄ってその作業を手伝う。
「一体っ、どうするつもりだ?」
「これを見ろ。爆弾をどこにどう仕掛けたかは知らないがっ、これは爆発で天井が崩れたんだ。だが、この程度の崩壊なら、入り組んだ廊下や階段を移動するよりっ、直接この部屋から3階に登った方がっ、危険は低いだろう? 爆弾に巻き込まれる事にっ、怯えながら走り回るのと、どっちがマシかという話だよっ」
そうして作業を進めて人が潜り込めそうな空洞を作ると、まずは自ら先頭に立って入っていくマテウス。大きな体を縮こませながら這いずり、ようやく部屋の中へと転げ落ちると、すぐに周囲を見渡す。
そこは埃っぽくて、日差しが直接入らない為に薄暗く、いつ2次倒壊が起きてもおかしくないような状況ではあったが、マテウスの読み通り、少し無理をすれば3階へと手が届きそうだった。
「どうやらいけそうだ。エステル、ここが崩れる前にいくぞ。急げ」
「ちょっと待ってくれっ。盾が、なかなかっ……」
殲滅の蒼盾を先に空洞に押し込んでいるエステルだが、横幅がギリギリで上手く入らないらしい。マテウス側からも手を伸ばしてそれを掴んで引きずり出すと、後は小さなエステルがスルスルと、十分に広がった空洞を這いずり、部屋の中へと降り立った。
「待たせたなっ。行こう、マテウス卿」
埃と度重なる戦闘で汚れた顔をプルプルと振るい、その顔を上げたエステルが立ち上がりながらそう告げる。マテウスは無言で頷いて、3階を睨むようにもう1度、上を見上げた。