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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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黒蜘蛛草紙その1

 ―――数分前、理力付与技術エンチャントテクノロジー研究所アンバルシア支部、中庭


「や~っと出て来たぜぇっ」


「俺達を無視するのは、いただけねぇよなぁ!?」


 <パーシヴァル>の中から聞こえる、頭の中身をどこかに置き忘れたような軽薄な挑発は、彼等の攻撃で崩壊一歩手前まで破壊された4階に姿を現した人影……パメラへと向けられたものだ。しかしパメラは、それに言葉で返すのではなく、片足を大きな石片に乗せたまま、半身はんしんを乗り出して、感情を映さない怜悧れいりな視線だけで応じた。


(やはり到底、騎士鎧ナイトオブハートには見えませんが……)


 全身に黄色の斑点模様はんてんもようを宿した、黒い大蜘蛛おおぐも。そんな形容がお似合いの物体が騎士鎧と告げられても、やはりパメラにはピンと来なかった。


 なんにせよ、パメラの主であるアイリーンが安全にこの場所から避難する為には、誰かがこの蜘蛛のような騎士鎧を排除する必要がある。だがそれとは別に、騎士鎧という単語を聞いて、彼女が思い起こすのは、リネカーとして名を授かって以来、初めて不覚を取った夜の事だ。


 護衛としての責務と、僅かな私情。そんな2つの理由が、アイリーンの傍から離れる事になったとしても、彼女をこの戦いへとおもむかせるに至った。


「ぼーっと突っ立ってるだけじゃ、カカシと変わらねぇぞ? オラッ」


「下からおパンツ覗いちゃうぞ~っ?」


 パメラが動こうとしない事に、シビレを切らした<パーシヴァル>が先に動き出した。横長の胴体から左右に伸びた8本足を滑らかに動かして、建物の壁へと突き立てると、それを足掛かりに更に一歩一歩と足を進めて、猛然と壁を駆け登ってくる。


 見る者によっては背筋に震えが走る程おぞましい光景だったが、パメラはそれが見えてないかのように無視して、中庭に向けて頭を下にして、4階から飛び降りた。


「マックスッ!」「分かってるっつーの!」


 落下するパメラを刈り取ろうとと、<パーシヴァル>の足が大鎌のように鋭く振り抜かれるが、パメラは体のバネを使って中空で姿勢制御する事によって回避。同時に<パーシヴァル>の足と人間部分の胴体に死出の銀糸(オディオスレッド)の銀糸を絡ませる事に成功する。


 そのまま重力に従って落下していたパメラは、更に転身を繰り返しながら、理力解放インゲージ。両足を広げて着地するのと同時に、両腕に力を込めて一気に振り下ろす。それに応じて、建物に足を深く突き刺して固定されていた筈の<パーシヴァル>は、銀糸の動きに従うままに中空に身を投げ出して、高速で地面へと叩き付けられた。


 あの夜を経験したパメラは、今度はその手応えを確認せずに、<パーシヴァル>の落下地点へと一気に間合いを詰めていく。舞い上がった土煙の中央で、やはり<パーシヴァル>は無傷で存在していた。大きく凹んだ地面から、慣れない動きで体を起こそうとしている所に、パメラは強襲。まずは見た目にもろそうな、上半身の首の部分に狙いを定めて飛び蹴りを放つ。


 派手に<パーシヴァル>が吹き飛ぶが、パメラは続けざまに銀糸を相手の足に絡ませるように右手から飛ばして、それ以上の動きを止める。その銀糸を使って再び<パーシヴァル>を手繰り寄せると同時に、自らも一足飛びに肉薄。交差するように互いが接近した勢いを利用して、人間の形をした上半身の腹部に蹴りを放って、地面に叩き付けた。


 再び地面に下半身を埋められた<パーシヴァル>に対して、パメラの一方的な攻撃はまだ続く。<パーシヴァル>の蜘蛛状の下半身を蹴りつけて飛び上がり、人間状の首に対して背後から肩車するかのように両足を絡ませると、首を圧し折らん勢いで身体を捻りながら、相手の両手を銀糸で繋いで後ろ手にして拘束する。


「コォッ!? がはっ!」


 ボキッという確かに骨が圧し折れる音と、演技とは思えない苦悶の声が<パーシヴァル>から零れる。打撃、斬撃、砲撃、その全てを喰い止める理力の装甲も、こういった関節技のような直接人体へダメージを与えてくる攻撃の前には無力だ。ただそれは……


 グリージョサイクロン……理力解放


 突然<パーシヴァル>を中心に巻き起こった、刃のような鋭さを秘めた突風がパメラを襲う。新調したパメラの制服が幾重にも切り刻まれ、その肌に同じ数の深い切り傷が残った所で、彼女はたまらず飛び退いて距離を取る。もし、彼女の判断が少しでも遅れていれば、その身体は肉片へと変わっていただろう。


 騎士鎧に近づくという行為がどれだけのリスクを孕んでいるか……どんなに致死的なダメージを受けて劣勢に回ろうとも、理力解放を行なう事で周囲を一掃できる火力を秘めている。それが騎士鎧だ。迂闊うかつに近寄る事が出来ない。この火力こそが、騎士鎧の防壁をより堅牢けんろうなモノにしているのである。


「おいおい、スパイク。やっぱ俺が上の方が良かったんじゃねぇのか? 今からでも代わりますが?」


「うるせぇ……少し黙ってろ。頭可笑しいだろ、この女。騎士鎧相手に、なに考えてんだ。糞っ……あぁ~、痛ぇーっ。身体中がいてぇ~」


 <パーシヴァル>の中で行われる2人のやりとり。パメラとてそこから、搭乗者が2人いるという事は理解していたが、人型をした上半身の他に、何処にもう1人が本体が潜んでいるのか……<パーシヴァル>の構造を理解していない彼女には分かり得なかった。


 さりとて、パメラはその情報に大した興味を示していなかった。拘束した筈の両腕の銀糸を力任せに引きちぎり、両手を開いては閉じてと動かしながら自身パメラへと視線を向ける人型の上半身。アレの内部へと、理力の装甲が張れなくなるまで痛めつければいいだけの話。そう考えていたからだ。


 <パーシヴァル>の動きを確認しながら、制服の下、腰横に隠した死出の銀糸(オディオスレッド)理力倉カートリッジ残量の確認を済ませる。まだ少し余裕はあったが、この隙にと交換を終えて、両手を前にして先程の攻防で乱れた呼吸を深い吐息ブレスで整えた。そうする事によって、傷だらけの全身からなるヒリヒリとした痛みが失せて、集中力が逆に研ぎ澄まされていく。


「ふぅ~、ようやく、少しはマシになったぜ。マックス、この女には2度と近づかせるなよっ! 本当なら、力任せにすり潰してやりてー所だけどよぉ」


「はぁ? お前がとっとと理力解放しまくってりゃ、あの女に纏わりつかれる事もなかったんですがぁ? 俺の所為みたいに言わないでくれます?」


 マックスとスパイク。2人の賑やかな言い争いが始まるが、勿論パメラにそれを待ってやる義理などない。彼女がもう1度近づこうと1歩踏み出した瞬間、言い争いをしながらも隠れてこの瞬間を待っていたスパイクの迎撃が放たれた。


 レイグレネード/ヴェノムフレイム……並列理力解放インゲージトゥー


 パメラの視界全体をおおうように紅蓮の炎が襲い掛かり、同時に上から光弾が降り注ぐ。出鼻をくじかれる形になったパメラは踏み止まり、後ろに下がりながら回避の時間を稼ごうとしようとしたその時、小さな人影がパメラとヴェノムフレイムの炎との間に舞い降りた。


 殲滅の蒼盾(グラナシルト)、理力解放。パメラをも守る程に広く、傾斜をつけて展開された理力の障壁が、ヴェノムフレイムの炎を上方へと受け流し、レイグレネードの光弾を受け止めきる。


「パメラ殿、加勢するぞっ!」


 理力の障壁を閉じて、大盾を構え直しながら振り返った人影、エステルが幼い少女のような声を張って、高らかに宣言した。

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