幼き蹉跌その4
騎士鎧<パーシヴァル>から、フラムショットガンによる無数の青い火球が放たれる直前、その真正面に移動を済ませていた人影は2つ。マテウスとパメラだ。
2人はまるで示し合わせたかのように同時に<パーシヴァル>の胴体を、パメラは下から右足で蹴り上げて、マテウスは右肩を使って打ちかまして、フラムショットガンの軌道を上へと反らした。
会議室内を覆いつくす筈だった青い火球達は、全て上へと反れて天井を撃ち抜く。辺り一面がまるで落盤にあったかのように次々と大きな破片が降り注ぐ中、パメラとマテウスに少し遅れて駆け出していたエステルが、上体を上へと大きく崩されている<パーシヴァル>へと飛び掛かった。
「ハァァーッ!!」
大きく声を上げながら右手に装備した上位装具、殲滅の蒼盾を翳しながら突っ込み、<パーシヴァル>が発する理力の壁に接触した瞬間に、手加減を抜きにした全力の理力解放。その爆風は<パーシヴァル>は勿論の事、傍にいたマテウスとパメラ、本人をも巻き込んで周囲の全てを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたパメラは、咄嗟に前の壁面へと向けて死出の銀糸を飛ばして、その勢いを弱めて綺麗に着地し、マテウスは右手の片手剣を理力解放。強引に床へと突き立てて着地しながら、同時に吹き飛ばされていたエステルへと左手を伸ばすが、その手を掴み損ねてしまう。
自ら起こした爆風で、<パーシヴァル>が現れたのとは反対側の壁へと、翻筋斗打ちながら叩き付けられるエステルだったが、一瞬苦悶の表情を浮かべるものの、その直後には腰を低くして立ち上がり、<パーシヴァル>に与えた大きな手応えに白い歯を見せる笑みを浮かべながら、素早く空になった理力倉を交換し始める。
「エステル、よくやったっ。皆、無事かっ!?」
「オォッ!!」「ロザリアとヴィヴィアナ、無事ですっ」「フィオナ、生きとる……っ、生きてます~っ」「レ、レスリーは、ここですっ」「ケホッ、ケホッ! ナンシー、怪我ありません……ケホッ」
天井からの落石も止み、辺りを包んだ粉塵が晴れていく。マテウスは声を上げながら、周囲を確認。反応した面々は奇跡的に落石の被害はなかったようだが……1人、声を返さない者がいた。
「アイリッ。アイリは無事なのかっ?」
「ごめん……なさいっ。私、またっ……」
アイリーンの苦しそうな声。粉塵が晴れた先の光景に、マテウスは息を飲む。アイリーンの右足の膝から先が、大きな石塊に潰されていたのだ。装具を投げ捨てて直ぐに駆けつけるマテウス。石塊を持ち上げようとした時には、既に隣にパメラが立っていて、彼女と共同で石塊を退ける。
「動くなよ……今から診る」
「マテウス……私、また足を引っ張って……痛っ」「あぁ、あぁっ……違うんです、マテウスさん。王女殿下は私を庇って……」
「分かったから、少し静かにしてくれないか? 集中できない」
大きめの声でそう告げる事で、アイリーンとナンシーの2人を黙らせると、マテウスはアイリーンの足を手に取る。両手で口を覆いながら震えた声で発言するナンシーに、マテウスの隣に立つパメラが鋭い視線を向けて右手を僅かに動かそうとするその時、再び廊下の外から轟音が響き渡った。
それは中庭に叩き落とされた<パーシヴァル>が、挑発目的で撃ち込んできた攻撃であった。
診察する手を止めて、アイリーンを庇うように彼女に覆いかぶさって身を伏せるマテウスと、その2人を爆風から庇うようにして、立ちはだかるパメラ。やがて攻撃が止んで静寂を取り戻す室内で、第一声を放ったのはパメラであった。
「マテウス卿、質問があります」
「……なんだ?」
「アレは、騎士鎧ですか?」
「そうだ。第4世代騎士鎧<パーシヴァル>。というか、君はそれを知らずに蹴ったのか」
「蹴った感触が似通っていたので、もしやと思いましたが、そうですか……あの容貌で……あと1つ。アイリ様の治療はお任せしても?」
「あぁ。ここで出来る最善は尽くす」
「最善では足りません。万が一にもアイリ様に後遺症が残らないように、なさってください。その代わり、私はその時間を得る為に、アレを始末して参ります」
「そうだな。任せる」
「パ……パメラッ、ダメッ!」
最後にアイリが発した声はパメラには届かなかった。彼女は既に風のように姿を消してしまっていたからだ。身動ぎしながら追いかけようとするアイリーンに、マテウスは動くなと声を掛ける。
「マテウス、私はいいから……パメラを止めてっ。ァッ!?」
「これで痛むのか? いいから君は、大人しくしていてくれ。エステルッ、俺が出るまでパメラの援護を任せる」
「言われるまでもないっ」
「時間を稼ぐだけでいい。オイッ、あまり無茶をするなよっ」
マテウスが最後に投げ掛けた言葉はエステルに届いたのかどうか。その時にはエステルの姿は見えなくなっていて、返事も帰って来なかった。彼はその事が気にならないでもなかったが、今は目の前の治療に集中を割く。
細すぎず、太すぎず、柔らかで瑞々しい白い素肌の美しかったアイリーンの脚。しかし、今は見る面影もなく、痛々しい擦り傷だらけになっていて、力なく正常とは違った方向へと曲がっている。
(明らかに折れている。綺麗に折れていれば応急処置で間に合うが、もしそうでなかったなら……)
後遺症は当然として、王女の肌に傷を残す事の意味を考えるならば、早めに治癒系理力解放を行なって回復を図るべきだ。そう判断したマテウスは、すぐに顔を上げてロザリアへと向き直る。
「ロザリア。確か君がサンクチュアリを預かっていたよな?」
「はい、ここに。ヴィヴィ。これをマテウスさんに」
「分かった」
ロザリアに手のひらサイズの箱状の物体、サンクチュアリを手渡されたヴィヴィアナは、すぐに腰を上げてマテウスへと駆け寄る。マテウスは彼女からサンクチュアリを受け取ると素早くアイリーンの患部へと翳した。
「ヴィヴィアナ。アイリが動かないように止めておいてくれ。フィオナも手伝ってくれるか? アイリ、かなり痛むと思うが耐えろよ」
マテウスがそう告げてアイリーンの顔を見上げると、彼女は無言で深く首を縦に振って、歯を食いしばる。続けてマテウスは、ヴィヴィアナは右足の太腿、フィオナは後ろからアイリーンを羽交い絞めにして拘束したのを確認する。
額から脂汗を流すアイリーンには、擽ったがる余裕すらない。マテウスはそんな彼女に一言、いくぞと覚悟を決めさせる為に声を掛けて、治癒系理力付与道具を理力解放させた。
「アァァァッ!! 痛ッ、止めてっ! マテ、ウスッ! ヒゥッ、アァーーッ!!」
それを例えるのなら、足の内側から強引に造り替えられるような、神経を直接引き裂き、引っ張り回されているような、そんな激痛。気絶してしまえばいくらか楽であったろう。
だが、不幸にもアイリーンの意思は並みの者よりも強かった。その結果、フィオナとヴィヴィアナの拘束から逃れようと暴れ回り、悲鳴は治療が終わるまで、ずっと続く事になった。