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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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ツバキ繚乱その3

「はぁ?」


「なんでアンタがその剣を持ってんのよ?」


 ヴィヴィアナに剣を指差されながら再度質問される事によって、ようやく着物少女はヴィヴィアナがなにを言わんとしているかを理解する。当然、彼女には答える義理はないのだが、パメラにやられた痛みが残っているので、それの回復を待つまでの時間稼ぎには好都合だと考え、腰に下げた剣をこれ見よがしに掲げて見せた。


 その間も、分身同士3人で互いを守るように集まり、特にパメラに対しての警戒は怠らない。


「さぁ、なんでだと思う? 当ててみろよ」


「まさか、マテウス卿が貴様にやられたと言うのかっ!?」


 この場の誰もが考えた事をエステルが口にする事によって現実味が増す。ヴィヴィアナもフィオナも、あのマテウスがまさか……と、思いながらも、胸中に不安が渦巻くのを止められなかった。そしてこの声に最も動揺を示したのは、アイリーンであった。


「そんな……嘘だよっ! マテウスが貴女なんかに殺されたりする訳ないじゃないっ!」


 展開していた高潔な薔薇(ローゼンウォール)を解いて、声を荒げながら詰め寄るアイリーン。


「じゃあこの剣をどう説明する? 将軍がオレに投げてよこしたってか? あっ?」


 アイリーンが必死になればなる程、着物少女の嗜虐しぎゃく心がくすぐられるようで、アイリーンを挑発するような言動を繰り返す。アイリーンを含め、皆が着物少女の言動に振り回されている状況でありながら、ただ1人その内容がどうでもいいれ言である事を理解している者がいた。パメラである。


 彼女はただ1人、着物少女とマテウスとの実力差を正しく理解していたからだ。例えマテウスの装備が素手であろうとも、着物少女にはマテウスを仕留めきれないだろうと。


 パメラ自身ですら、守りに徹したマテウスを仕留めるのは不可能だというのに、目の前の相手にそれを実行する力があるようには、到底思えなかった。それよりも……


「アイリ様。装具を解いてはなりません。この付近は狙撃を受けています」


「でもパメラ。あの儀剣は、確かにマテウスので……だから私……」


「儀剣と御身では、御身の安全が勝ります。それに……儀剣であれば、私にお命じ下されば、奪い返してみせましょう。ですからアイリ様、どうかお下がりください」


 アイリの意識は、パメラにそう忠言されて尚、マテウスの身の安全と儀剣の存在に心奪われていたが、それでもパメラの足をこれ以上引っ張る訳にはと、歯噛みしながら着物少女を睨み据えて、ゆっくりと後退あとずさりしていく。


「パメラ、お願い。あの儀剣を奪い返して。そして、マテウスの事をアイツから聞き出すの」


「仰せのままに」


「はぁ? この剣を奪い返す?」「誰が? どうやって?」「あんっ?」


 廊下の端にいた筈の着物少女の3人は、パメラが目を離した隙に、エステルが半壊させた廊下のすぐ向こう側まで迫っていた。そして挑発的に顔を歪めながら、まるでいじめっ子がそうするように、儀剣を3人で投げ回している。


 その光景には、普段のんびりとしたフィオナまでも顔をムッとさせてなにか口にしようと一歩前に出たが、その前に案の定というか、エステルが飛び出していた。


「では、私が参ろうっ!!」


 エステルは4m幅以上は崩れ落ちて大穴になった廊下を、助走をつけて一気に飛び越えようと片足で飛び立つが、制服姿で身軽になったとはいえ、自らの身の丈と同程度の大盾を身に着けたエステルが飛び越えれる筈もなく、このままの軌道では階下への落下は必至であった。


 だが、それはエステルの想定内。跳躍の頂点で靴型装具エアウォーカーを理力解放インゲージ。軌道が変わった上に、速度までを乗せて、大盾を前に3人並び立つ着物少女へ向けて強襲する。これを着物少女達は驚きもせずに散開して回避した。


 更に崩れそうな程の衝撃と大きな音を鳴らしながら、大盾を使って着地したエステル。勢いのまま廊下を滑っていくと、タイミングを図って大盾を装備しない左手で床を叩き付けて、反動で身を半回転。両足を広げながら着地し直して、散開した着物少女の姿を目で追う。


 そんなエステルへ対峙したのは短刀を持たない着物少女1人であった。なぜなら、左手に短刀を持つ着物少女、右手に短刀を、そして儀剣を左手に持って2刀流となった着物少女は、エステルの後に空洞を飛び越えて強襲したパメラの相手に手一杯だったからだ。


 パメラの目的は儀剣の奪還だっかん。真っ直ぐと儀剣を持つ着物少女へと襲い掛かるが、それは着物少女にとっても周知の事実。だから、儀剣を持つ着物少女は守りに徹してパメラが繰り出す蹴りや銀糸による攻撃を回避し、その背後から左手に短刀を持つ着物少女がパメラを斬りつけた。


 パメラが攻撃に入る瞬間を狙って、彼女の身体を外側から丁寧に、少しずつ削り取るような……そんな背後からの攻撃に苦しめられる様子は、はたから見れば巻き返す事の出来ない程にパメラ側の劣勢にも見えたが、パメラ自身は落ち着いている様子だった。


 なぜなら、その全ての斬撃が致命傷に成り得てないからだ。着物少女の乱暴な言動とは裏腹の慎重な立ち回りは、パメラの反撃を恐れているからにほかならず、一瞬の機会さえ得られればどうとでもなるとパメラは考えていた。


 パメラの体力と、着物少女の精神力との根競べが続く。しかし、パメラが待ち続けていた一瞬の機会は、意外にも早く訪れる。パメラが正面で守りを固める2刀流の着物少女に対して、右手の銀糸を横薙ぎに振り抜こうとした時、牽制のつもりで身を屈めながら着物少女が振り抜いた儀剣の一刀が偶然にも嚙み合ったのだ。


 儀剣の模造刀のような切れ味。それに対して死出の銀糸(オディオスレッド)を、手に巻き付ける事によって防壁を得たパメラの右手。それらの要因が重なり合って、パメラに傷こそ与えられなかったものの、彼女はそれによって大きくよろめいた。その隙に、背後から攻撃を繰り返していた着物少女が喰いついたのだ。


 ここで、大きな傷を負わせておけば、後の戦いが有利に進められる。そんな欲望が着物少女の脳裏をよぎり、今までの慎重な立ち回りから一転。パメラへと大きく踏み込んで突きを繰り出そうとした瞬間に、着物少女は何者かに横っ面を叩き付けられる。


 着物少女の視界は暗転。意識を失わなかった自分を褒めてやりたい程の衝撃。叩き付けられた本人はなにが起こったかを理解していなかったが、パメラの正面で守りを固めていた2刀流の着物少女の方は、その現場を間近で見ていた。


 パメラの左手の先から伸びた銀の閃きが、人の顔程もある大きな石材の破片と繋がっていて、それを使って背後からの攻撃を狙っていた着物少女の視界の外……真横から叩き付けたのだと。


 つまりパメラは、着物少女が安易に振るった牽制を利用して、背後から自身を狙う、もう1人の着物少女の方の隙を誘ったのである。意識を失わずに、なんとかもう1度立て直そうと距離を取る為の動作に移る着物少女は大したものであるが、パメラを前にしてはそれは無意味な抵抗であった。


 身を反転して、目標を変えたパメラの右手から伸びた銀糸が着物少女に絡みつき、身動きを封じる。パメラはそのまま右手一本で着物少女を横壁へと投げつけると、一瞬で距離を詰めて勢いのままに左拳で着物少女の頭部を、トドメとばかりに壁へと再度叩き付けた。


 その上にパメラは左手一本で壁に着物少女を貼り付けにしたまま、その握力を使って頭を押し潰そうと力をめるが、その瞬間に着物少女はまるでかすみのように消えてしまう。着物少女が握っていた短刀が床へと落ちて、乾いた音が廊下に響いた。


 分身した場面を見ていないパメラにとっては、まるで幻覚でも見せられたような光景であったが、その無表情の鉄面皮を崩す事なく振り返ると、次なる獲物……儀剣を持つ着物少女を見据えた。


「誰が……どのようにと、問われていましたね?」


「……チッ」


 問いかけの意味に2刀流の着物少女は気付いていたが、ゆっくりと近づいてくるパメラに圧倒されて、言葉にして返せない。これはヤバい相手だ……彼女は自身の頭の中で、警鐘けいしょうが鳴り響くのを止められないでいた。


「その身をもって、答えになって頂きます」

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