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姫騎士物語  作者: くるー
第四章 崩してまた積み重ねて
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ツバキ繚乱その2

(あのオジサンとの訓練が、本当に役に立つなんてね)


 着物少女との間合いを一定の距離で保ちつつ、自らの回復を図るヴィヴィアナ。先程、着物少女に繰り出された技は、抜け方を誤って無暗むやみに暴れようものならば、そのまま骨まで砕かれていたであろう危険な関節技だ。


 それを抜けられたのは、一重に訓練中にマテウスから事前に教育されていたからである。弓兵である自分が体術なんて……と、半信半疑でしていた訓練だったが、近衛兵としての環境を考えた上で必要であるというマテウスの判断は正しかったようだ。ヴィヴィアナは全く同じ関節技の使い手がいる事に少し驚きつつも、少しだけマテウスに感謝の念を抱く。


(この子だけは短刀を持っていない。3人の中では、戦力的には1番劣る筈。だから、私が1番にこの子を倒して他を援護しないといけないのに……)


 斬りつけられた背中と、筋を痛めた左腕にジワジワとした痛みが広がっていく。その所為で削がれ、霧散してしまいそうになる集中を取り戻そうと、頭を振るうヴィヴィアナの瞳に、とあるモノが映った。


「アンタ……それってまさか……」


「皆、大丈夫っ!?」


 ヴィヴィアナがそれより先を口にしようとした瞬間、襲撃者達が消えた先とは反対側の方角から、アイリーンが姿を現して声を上げた。勿論、彼女の後ろにはパメラの姿もある。


「危ないからアンタは会議室に下がっていてアイリッ」


「私だって少しは役に立つわ、ヴィヴィアナ。パメラ、お願い。加勢して上げて」


「仰せのままに」


「ちゃうねん、アイリちゃん。この階、どっかから狙撃されてるみたいやねんっ! だからっ……ちょっ、このっ!」


 アイリにその危険性を伝えようと口を開いたフィオナの隙を突くように、再び着物少女は纏わりついて執拗しつように近距離戦を維持していく。間合いを広げようとすると先程のように他の仲間の足を引っ張る事になるので、上手く動きが取れないフィオナには、それ以上アイリに気を使う余裕が残されていなかった。


「おのれ、ちょこまかとっ。大人しく私の盾を受けよっ!」


 そして、この2人とは違って戦闘を有利に進めているのはエステルである。ソードブレイカーを使った剣術は着物少女の攻撃を寄せ付けず、殲滅の蒼盾(グラナシルト)を使った戦闘術で的確に打撃を与えていた。


 ただ、至近距離に仲間がいる上に、これ以上の建造物の破壊行為で床が崩れる危険性がある為、理力解放インゲージが行えずに決め手を欠いているのだ。


「パメラ、私なら大丈夫だから皆をお願いっ」


 フィオナの助言を受けてアイリーンは自身の上位装具オリジナルワン高潔な薔薇(ローゼンウォール)を展開して、自らの身を守る。フィオナの助言で踏み止まっていたパメラが、アイリの言葉に再び足を踏み出した。


 目にも止まらぬ俊敏さで近づいたパメラが最初に喰らいついた相手は、ヴィヴィアナと対峙していた素手の着物少女である。近づいた勢いのままにパメラが放った、腰の入った掌底が着物少女を捉えた。


 横から戦闘の邪魔をされた形になった着物少女であったが、当然パメラの存在には気付いていた。掌底を普段の要領で左腕を使って受け流そうとするが、想定以上の鋭さと重さを兼ね備えた打撃に、体ごと吹っ飛ばされる。


「なっ……んだっ! てめぇっ!?」


 痛みに顔を歪めながらも、なんとか両手両足を使って着地して踏み止まった着物少女に更なる追撃がせられる。死出の銀糸(オディオスレッド)の理力解放。背筋が凍る程の本物の殺気を浴びせられて、咄嗟にその場を飛び退いた着物少女。その直後に彼女がいた空間を、銀糸が削り取った。


 続けざまにパメラは、フィオナと対峙していた左手に短刀を構えていた着物少女に襲い掛かった。舞うように伸びきった銀糸を戻しながら、着物少女を狙って左拳を放つ。


 その拳の威力に受け止めきれないと判断した着物少女は、身を引く事でそれを回避するが、回避したと同時にまるで瞬間移動したかと見間違うほどの速度でパメラに目の前まで詰め寄られて、唖然とした。


 パメラの右手が着物少女を掴もうと伸びるが、着物少女は大袈裟に身をすくめる事によってそれを回避する。しかし、パメラにとってそれはただの布石。当然のように着物少女の回避を想定しており、その追撃を用意していた。顔を下げた着物少女の顔面に向けて、下から右足で蹴り上げたのである。


 動く先に置かれていたかのような脚撃しゅうげきに、着物少女は受け流すような余裕はない。かろうじて両腕を使って正面で受け止めながら、自ら後ろに飛び退く事によってダメージを緩和かんわしようとするが、その代償に廊下の端まで吹っ飛ばされて、床を転がり、壁へと強く背中をぶつけた。トドメを刺そうと着物少女へと向けて右腕で銀糸を振るおうとするが……


「すまんっ、パメラ殿っ! そちらへ行ったっ!」


 自らの分身の危機を察知して焦ったのは、エステルと対峙していた右手に短刀を構える着物少女だ。強引にエステルを飛び越えて移動した彼女は、そのままパメラの頭上から斬りかかろうとしたが、それに気づいたパメラは攻撃を中断。振るおうとした右腕を腰の位置に戻し、左腕を着物少女へ伸ばしながら斬撃に対して呼吸を合わせて、更に踏み込んだ。


 着物少女の短刀が鋭く振り下ろされるが、焦りを帯びた彼女の斬撃は単調で、振り下ろした右腕をパメラの左手に掴まれるという最悪の結果を起こす。着物少女は、慌ててパメラを振り払おうと、左拳で牽制を入れ乍ら、苦し紛れに右足で足払いを狙うが、パメラはその隙を見逃さない。


 片足状態で重心が不安定になった着物少女を、左腕一本で引っ張り上げる。そのまま着物少女を振り回し、横壁に背中から叩き付けると、着物少女の顔は痛みに大きく顔を歪めてくぐもった声を漏らした。


 パメラは続けて、握った着物少女の右腕を壁へ押し潰しながら、今度こそトドメを刺そうと右腕を振りかぶるが、再び邪魔が入った。


 パメラ程の力量でなければ感じ取れないであろう、遠くからの殺気。背後の風切り音に、振りかぶった右腕が反射的に対応して、それを打ち払う。銀糸の防護がなければ右手が吹き飛んでいたであろうその威力は、何処からかの狙撃だった。自然と目でその位置を探そうとしたパメラの隙を突いて、着物少女は反撃に移った。


 貼り付けにされている右手に握っていた短刀を手放して、落ちた短刀を左手で握り直すと、パメラの左手首を刈ろうと振るう。しかし、それを察知したパメラは咄嗟とっさに腕を引いた。それによって着物少女の右手は解放されて、身動きが取れるようになった彼女は迷わずパメラから距離を取るという判断を選択する。


 当然パメラはそれを追おうとするが、再びの狙撃が割って入った。パメラは銀糸によってそれを弾き飛ばして事なきを得るが、着物少女への追撃は断念せざるを得なくなる。


 最初の狙撃を弾いて痺れた右手を払いながら、なんの感情も移さない瞳で同じ顔をした3人で固まった着物少女を見据えるパメラに対し、着物少女はそれぞれ負わされた痛みに、忌々しさを隠そうともせずにパメラを睨み据えている。


「ペッ……マックスとスパイクに助けられるなんてよ。情けねぇ。キレそうだぜ」


 そうしている間に、パメラの横に着物少女達と対峙するようにエステルとフィオナ、ヴィヴィアナが並ぶ。


「すまん、パメラ殿。私が抑えていれば倒せたものの」


「パメラちゃん、ありがとーね。ウチはちょっとキツかったし」


「パメラ、ありがと。私も助かったよ」


「お気になさらず。この程度を相手に、アイリ様のお心を煩わせる訳には参りませんので」


 ひるがえせば、この程度の相手に苦戦している3人への皮肉ともとれる発言に、3人共が押し黙ってしまう。(因みにエステルは皮肉を理解してなかったりする)だが言い返そうにも、パメラの働きを前にしては負け犬の遠吠えに過ぎない。


 だからだろうか、ヴィヴィアナは口許くちもとまで出掛かった反論を押し止めた。そして、アイリが現れる前に聞きそびれた質問を思い出して、着物少女達へと顔を向ける。


「ねぇ……アンタ。その剣って、アンタのじゃないよね? 持ち主って中年のオジサンじゃない?」


 ヴィヴィアナの視線は、武器を持たぬ着物少女の腰に括りつけてある、マテウスが持っていた筈の騎士鎧ナイトオブハート用の儀剣ぎけんへと向けられていた。

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