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姫騎士物語  作者: くるー
序章 不出来な騎士像
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エピローグその1

 ―――2日後。王都アンバルシア中央区、王宮内神殿


「主と理力の御名みなにおいて、我、汝を騎士とす。信念を持ち、勇ましく、誠実であり、優しく、忠誠であれ」


御身おんみの言葉に恥じぬよう、誓います」


 アイリーンが昨日まで練習していた叙任の言葉に少し脚色が入った事にマテウスは気付いていたが、あえて無視して誓いの言葉を返した。


 彼女は刀身でトン、トン、トンと軽くマテウスの左肩を3回叩いて、そのまま剣を止める。しばらくすると剣が光を帯びて、マテウスの肩に紋章を刻み始めた。その間中、ジリジリと、肌が焼かれるような痛みがあるが、声を上げるまでではない。


 熟練者なら痛みを覚える前に一瞬で刻印を肌へと焼き写すのだが、初めてではそうもいくまい。ゼノヴィアも最初は、随分時間をかけて刻んだんだったな、とマテウスは思い返す。すると、今は罪人の焼印で上書きされた、右肩がうずいたような気がした。


 祭壇上で額に汗を光らせながら、マテウスに刻印を打つのはアイリーンだった。マテウスが彼女を選んだ時、ゼノヴィアはそれは感情豊かに腹を立てたので、彼はそれをなだめるのに大変な苦労を要した。


 だがマテウスが、王女専属の親衛隊である以上、忠誠を尽くす先はアイリーンであると道理を説いたら、一応はゼノヴィアも納得してくれた。アイリーンはといえば、マテウスが去った後も、ゼノヴィアから余罪の小言を与えられていたようだが、そこまでのフォローは彼の役目ではない。


 神殿内に人影は少なかった。ゼノヴィアも公務(とは言っているが、本心では悔しかっただけのようだ)に駆り出されている為、儀式の参加者はマテウスとアイリーン。そして、マテウスの後ろで両手を前にして直立不動のパメラという名の女の3人しかいなかった。


 彼女とマテウスとの出会いは、前日にさかのぼる。今この場でパメラは、マテウスと同じく、装飾のほどこされたチェインメイルと、儀式用のマントを羽織った騎士の装いであったが、前日に出会った時、彼女は女使用人メイドの姿をしていた。



 ―――前日。王都アンバルシア中央区、王宮内アイリーン私室



「もう少し、肩の力を抜け。俺の身体を焼き切るつもりかよ」


 その日のアイリーンは、叙任じょにんの儀式の為の、その練習をしていた。彼女の私室のテーブルに、マテウスが練習用にと持ってきた数枚の木片を並べて、そこに叙任式用の剣を触れさせて、理力解放インゲージするのだ。


 そうする事によって、木片に対して紋章を刻む練習をしているのだが、思うような成果があがらない。マテウスは失敗した木片の山の中から、何枚か手に取って確認する。そのどれもが、紋章の形こそ描けているものの、力を入れすぎているようで、刻印のあとが黒く焦げていた。


「君は理力に恵まれているようだな。コントロールはまだ苦手なようだが」


「細々した作業って苦手なの。どうしても力が入り過ぎちゃう」


 アイリーンはそう言って額の汗を掌で拭い、もう1度試そうと剣を木片へと添える。彼女は午前中に練習を始めてから、幾度もマテウスに愚痴こそこぼしていたが、休憩をはさもうとはしなかった。


 既に太陽はいただきまで昇りきって、下り始める時間帯だ。そんな状況でも、目標に対する努力を怠ろうとしないアイリーンの姿に、マテウスは手を差し伸べる事にした。


「ひゃうっ!? どうしたの? マテウス」


「いいから、肩の力を抜いて両手に集中しろ。剣は手の延長だと思うといい」


 マテウスがアイリーンの後ろから腕を回して、彼女の両手の上から両手を添える。アイリーンを腕の中に収めて、彼女の両手越しにマテウスが剣を掴んでいる体勢だ。アイリーンの右肩に顎を乗せて、真剣な声で囁くマテウス。


 しかし、当のアイリーンは集中どころではなかった。重ねられた両手、触れ合う腕、背中に響く心音、耳朶じだを撫でる吐息、それら全てが敏感な彼女を刺激して、顔を上気させる。


「ひゃ、ひゃいっ……次は、んっ、どうするの?」


 それでもアイリーンはそれを我慢してマテウスの先をうながす。彼女の中にある、学びたいという気持ちが、羞恥を勝ったのだ。マテウスは彼女のそんな内心を知らず、言葉を続ける。


「今から適量の理力を通す。言葉では難しいから、感覚で覚えろ」


「わ、わかったわ」


 次第にアイリーンは自身の両手が熱くなるのを感じた。マテウスの理力が、アイリーンの内にある理力を刺激する。そう刺激される事によって、アイリーンの理力が適量で発し、剣の理力倉カートリッジへと伝わる。そして理力倉内の理力を増幅させて、剣に刻まれた理力付与エンチャントが解放する。


 その一連の流れが理力解放。クレシオン教が布教する神の御業みわざであり、理力の光による奇跡の顕現けんげんだ。


 アイリーンは、他人の理力を内に入って来るのを感じるのは初めてだった。理力は指紋のようなもので、個々によって違うので決して交わる事はないと教えられていたのだが、言葉で教えられるのと実際に体験するのとでは、訳が違っていた。


(凄い……マテウスの理力を感じる)


 アイリーンは次第に、マテウスに触れられている事も忘れて、両手の感覚に集中する。マテウスの理力は、アイリーンの身体を通すという余分な工程を踏んでいるにも関わらず、剣を使って正確に木片へ紋章を刻んでいった。


(それに、なんでだろ? 触られてるのにくすぐったくない。むしろ、凄く落ち着いてる)


 アイリーンは、手先が集中して感覚が鋭くなる程に、頭の中ではマテウスの事ばかりを考えるようになっていた。マテウスと1つになるような感覚をもっと深くで共有したくなり、身体をマテウスへと預けて、顔を傾けて、彼の横顔に顔を触れさせる。


 そうする事によって、深く深く意識が沈んでいく。内にありながらにして、決して交わる事のないマテウスの理力全てを、感じ取れる気がした。そうしてアイリーンが、瞳を閉じて更に無防備にマテウスへと身体を解放し始めた瞬間、マテウスは突然に彼女を床へと引き倒した。


「ゃんっ!? どーしたの、マテウス」


 アイリーンが両手で掴んでいた剣が放られて、大理石の床に激しい音を立てて打ち付けられる。その音に驚いて現実に引き戻されたアイリーンだったが、まだ寝惚けたような声音でマテウスへと問い掛けた。


 マテウスはアイリーンを庇うように片腕で抱いたまま、背後を振り返っていた。彼の視線の先を追うと、そこには眠たそうな半眼で2人を睨む、棒のように細いシルエットの女使用人が立っていた。


 大人びた冷たい美貌とはアンバランスな、灰色の背中まで届くツインテール。それを両サイドから触角のように伸ばした女は、170cm以上はありそうな長身(女性にしては)で、マテウスを見下ろしている。


「今のは、君の蹴りか? 首が飛ぶかと思ったぜ」


「はい、そのつもりでしたので」


 マテウスが練習を中断して急にアイリーンを引き倒すようなマネをしたのは、背後から忍び寄った彼女がマテウスの首へ横薙ぎの蹴りを放ったからだ。


 本物の殺気のこもった鋭い1撃は、マテウスに自身の首がし折られるイメージまでも連想させたが、彼が振り返って確認してみれば、そこに立っているのはスレンダーな体躯をした女使用人が1人。


 マテウスは自身の目を疑って、思わず蹴りを放った本人に確認するという間抜けな問い掛けをしたが、それに女は悪びれもなく返答したのだ。お前の命を狙ったぞ、と。


 女使用人とは思えない不遜ふそんな態度と、睥睨へいげいするような視線に、マテウスは彼女をアイリーンの命を狙う刺客と判断した。腰を上げて、女とアイリーンの間に入って立ち塞がる。


 一触即発。そんな剣呑な雰囲気を壊すような、のんびりとした声が彼等の間を割って入った。


「ちょっと2人とも、どうしたの? パメラ、貴女がなにかしたの?」


「……なんだ。彼女は君の知り合いか?」


「前に言った私の友人よ。あの時はパメラが食事も服も用意してくれたの」


「あぁー、例の。その説は世話に……って、じゃあなんでいきなり蹴られたんだ? 俺は」


「それは貴方がアイリ様に汚らわしい行為を働いていたからです」


 坦々と答えるパメラには、冗談を吐いている様子がない。というよりもマテウスでは、およそ表情というものがない、能面のような顔で喋るパメラから、嘘や真実、喜怒哀楽の感情さえも読み取る事が出来なかった。


 マテウスはパメラが誤解しているものだと判断して、弁解しようと口を開きかけるが、それよりも先に口を開いたのは、アイリーンだった。


「け、汚らわしいだなんて。その、これは、ま、真面目な叙任じょにん式の練習だから。全然、全く、変な事は考えてなかったし! ねぇ、マテウス?」


「……いや、そうなんだが、逆に疑わしくなってないか? それでは」


「ほう。私からは不必要に寄り添って、過剰に身体を重ね合わせて、異常に顔を擦り着けてい……」


「わぁー! わぁぁあぁーー!! ちょっと、落ち着こう! パメラ。ダメ! ダメだってばぁーっ」


「駄目じゃない。君以外は皆、落ち着いている」


 アイリーンはパメラに先程までの自分を客観的に描写されることで、自身の心の奥まで見透かされたような恥ずかしさを感じて、顔を真っ赤にして、目に見えて取り乱しながらパメラへと抱きついて口を塞ごうとする。しかし、そんな反応にさえも、パメラはやはり素知らぬ無表情であった。


「アイリ様、こんなに動揺なさって。申し訳ない。あの日のフランクフルトに毒の方を選べなかった私の不始末ですね」


「フランク……この野郎、やはり、ワザとだったんだな?」


 マテウスはパメラの言葉に、軟禁中に貰ったアイリーンの差し入れを思い出す。受け取ったフランクフルトのマスタードが、過剰に塗りたくられていた事だ。すっかり油断していたので、それを大口で1口目から頬張って、大変な思いをしたのだ。


「今は反省してます。アイリ様を涙させた者にマスタードだけとは、やはり手緩かった」


「そっち方面に反省すんなよ」


 本当は言い足りないこともあったが、彼女の差し入れに命を救われたのは事実なので、マテウスはこれ以上の愚痴は控える事にした。あの夜に、アイリーンに涙を浮かばせた事への、小さな報いだとも思っておく。


「あれは少し感情的になっただけで、泣いてないって言ったのに……」


「そういう事にしておきましょう。とりあえず紅茶を淹れましたので、1度休憩を挟まれてはどうでしょうか?」


 パメラの言葉に2人が振り返ると、テーブルの上にティーセットが並べられていた。彼女が用意したのだろうが、カップの数は2つしかない。その話しぶりからマテウスは、自身のカップが用意されていないのだと、疑惑の眼差しを彼女へと送るが、やはりその眠たげな半眼からは、なにも感情を読みとれなかった。


「私はもう少しやってからにしたい。さっきの感覚を忘れない内に、もう少しだけね。マテウスは先に休んでいていいわよ」


 そういうと、落とした剣を拾い上げて、それを木片へと添えて再び練習に戻るアイリーン。その様子にパメラは小さく嘆息を吐いて、止めようとはしなかった。アイリーンが1度言い出したら、聞かない事をよく分かっていたからである。


「では、こちらへどうぞ」


 パメラに促されて、椅子へと腰掛けるマテウス。パメラは先程までの確執かくしつなど無かったような自然な振る舞いだったが、マテウスは彼女への警戒を解く事が出来ずに、少しぎこちなかった。


 練習中のアイリーンではなく、パメラの挙動を目で追うマテウス。慣れた手付きで楚々として紅茶を淹れる姿は、平凡な女使用人メイドと変わりない。


「お砂糖とミルクはどうされますか?」


「必要ない」


 マテウスは短い返答を1つ。しばらくして、紅茶の香りが鼻腔びこうに広がった。目の前に差し出された紅茶に手を伸ばそうとした瞬間、自然な動作でパメラの腕が伸びて、謎の液体が1滴、紅茶へと垂らされた。


「おい、なにを入れた」


「お砂糖でもミルクでもないので、ご安心ください」


「いや、安心の要素がないだろ」


 マテウスの前に腕を伸ばして、マドラーを使って紅茶を掻き混ぜる。その姿を見た所で、マテウスには紅茶を飲み込む勇気を与えてくれなかったが。


「ちょっとした冗談です。先程の不意を付いた1撃で実力は計らせて頂きました。教官になる方を殺すような真似はしません」


「そうすると君がゼノヴィアの言っていた……」


「申し遅れました。現在、アイリ様の傍仕えをさせて頂いている、パメラ・リネカーと申します。親衛隊結成後には、入隊予定です」


 先日ゼノヴィアは親衛隊結成に向けて、正式に募集要項をまとめた布告を出すと言っていた。そして即戦力に成り得る、実力のある女性騎士候補を、何人か用意するとも。


 マテウスには女性の騎士志望の伝手つてなど無かったので、当然ありがたくお願いしたのだが、まさかこんな早くに顔を合わせる事になるとは思っていなかった。


 驚きを覚えたのはゼノヴィアの仕事の速さだけではなく、彼女が名乗った、リネカーという家名にもである。それは、エウレシア王家を代々(かげ)から支え、護り続けてきた、エウレシア王国最高の武力の家系である証。


 マテウスはゼノヴィアの私室で、彼女の後ろに佇んでいたオースティン・リネカーの顔を思い出す。パメラと彼とは兄弟に当たる筈なのだが、戦士としての雰囲気こそ似ているものの、容姿は全く似ていない。


 だが、考えてみればリネカーの家系は血統ではなく、そのわざで続いてると聞く。過酷な修練に耐えれる才能のみが、業と名を伝えていくのだと。仮定の話ではあるが、彼等も血の繋がった兄妹ではないのかもしれない。

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