それぞれの前線その1
―――同時刻。同場所、中庭時計塔内部
「オイオイ、スパイクよぉ。スパイクさんよぉ? 今日は警備が手薄だからとか言ったやつ誰だよ?」
「あぁ~……そりゃあ、お前……あぁ~? いや、やっぱ知らねぇわ。ほら、見た感じ警備員でも教会の奴等でもないし、実質間違ってないみたいな?」
「はぁ? それでよく平然としていられるねぇ? 近づかないでくれます? 意識の低さが感染るんで」
「常に最底辺這いずってんだろうが、お前の意識だってよぉ。意味不明な対抗意識燃やしてんじゃねぇよ」
「あれ? 俺のやる気スイッチ見たいや~つ? 丁度ぶっ放したい所だったんだよねぇ。この距離なら外さねぇよ? ん?」
時計塔内部の小部屋。普段はここで作業する者達が休憩室として使う場所であったが、今はお互いを挑発するような会話を続ける2人の男達の姿しかない。腹の出た巨漢と、そそり立つモヒカンヘヤ―が目立つベルモスク人、マックス。鮫のように鋭い瞳と、鳥の巣を思わせる天然パーマが目立つベルモスク人、スパイクの2人だ。
あの夜にドリスを連れ去った2人であり、今はうつ伏せになって横に並び、壁の低い位置にある小窓から外の様子を眺めていた。スパイクは双眼鏡を使って、マックスは両手に構える銃身の長いライフル型装具のスコープを使って、監視するのが彼等の役目であった。
「この距離ならライフルである必要もねぇよ。つか、それよりまずは連絡だろ。クソッ、なんでこの通信石繋がらないんだ? アイツらこのままだと全滅しそうだしよっ」
「それはそれで面白かったりするけどな。ほら、4階見てみろよ」
マックスに促されて、スパイクは4階に双眼鏡を向け直す。そこでは廊下中央に陣取った大盾を手にした少女を先頭に、弓を構える少女と小剣を構える少女が陣を組むように固まり、襲撃者達を次々と打ち倒していく様子が見えた。
「あ~あ~……あんなガキにいいようにやられちゃってまぁ~……それにしても、あのガキ達どっかでみたような?」
「そういう古典的なナンパは俺のいない所でやってくれや。それよりもよぉ、あの大盾は間違いなく上位装具だよなぁ? ほらっ、使うぞ」
大盾が強い光を帯びて、爆発を起こす。激しい轟音は勿論、その振動が双眼鏡を使う程に離れた距離でも伝わってくる上に、頑丈な石壁や窓を消し飛ばした威力は、視覚的にも十分な衝撃を与えてくれた。
「「かっけぇ~」」
「あれ、欲しいよな? なっ?」
「めっちゃ楽しそうだよなぁ~……でも、そいつで殺せるか?」
「やってもいいけどよぉ~」
スパイクの視線がマイクの両手に握られたライフル型装具、N&P社製、カームスナイプに移る。理力によって空気を弾丸に変えて発射するそのライフルは、有効射程500mを誇り、高い命中精度と、発砲の際の隠密性(高い消音性能と、発砲の際にマズルフラッシュのような発火がない為)を兼ね備えた優秀な装具ではあるが、対人殺傷能力を持ち合わせている程度で、ドラゴンイェーガーのように、理力の壁を越えてダメージを与える程の威力は有していない。
不意を突いて急所を捉えれば、大盾を扱うあの少女を殺す事は出来るだろうが、失敗すればそうそう次のチャンスは訪れないだろうし、そもそも殺したところでその大盾の回収をどうするのか? という問題も残る。このように問題が山積みの現状で実行する程、彼等は向こう見ずではなかった。
「どうする? アレ出して取りに行かね?」
「いや、アレは外から治安局や神威執行官辺りが来た時にって親父が言ってただろ? 流石になぁ」
「そんな事言ってる場合かねぇ。ホレ、スパイク。アレ見てみ?」
マックスが言いながら指差す先を、スパイクは双眼鏡を使って眺める。大盾の少女達がいた場所と別棟の3階。彼女達と同じ制服を身に着けた白銀の髪をした女が、襲撃者達を相手にしている所だった。
だが、襲撃者達は白銀の女に近づく事すら出来ずに肉片に変えられていた。さながら腕を振るうたびに死を振りまく死神のようだ。無表情に、無慈悲に……なんの躊躇いもないその様子は、同じく殺人に抵抗がないスパイクでさえも、背筋に寒気を覚える光景だった。
「なーんだ、ありゃ。つか、何処の制服なんだ? あれ」
「さぁ~? 女子会にしちゃ、随分オイタが過ぎるよなぁ?」
「いやぁ~……これ、ヤバいんじゃねぇの? ほら、隣見てみ?」
そうして、彼等2人の視線は再び大盾の少女がいた棟の3階に戻る。その場所では、巨漢の男が対峙した襲撃者達を一気に吹き飛ばしている所だった。全速力で駆け寄って、片手剣を振る度に、豪風でも起きているかのような迫力がある。
その上、彼はなにか考えがあるのか、切りつける際に片手剣の横腹や柄を使って、相手の命を気遣う余裕すら見せていた。ただ、次々と壁に叩き付ける様子を見る限り、1つ1つの攻撃が、そのまま死人になってもおかしくはない威力ではあるのだが。
スパイクはその姿を食い入るように見つめていた。彼の業に見惚れていたとか、そういう事ではなく、巨漢の男の容姿や戦いぶりに、ある男の名前を連想したからである。
「なぁ……アイツ。聞いてた特徴と一致すんだけどよぉ。将軍じゃねぇか?」
「ショーグン? あぁ~あれね、ショウグンね? 知ってる、知ってる。で? なんの話してんだっけ?」
「姐さんを半殺しにした奴だよ。お前の記憶力マジ奇跡的だな」
「なに? スパイク君の分際で俺の記憶力疑ってるの? なんなら君に聞かせようか? 俺がかーちゃんの腹の中にいた頃から今までの歴史をよぉ」
「今、どうでも良すぎて片腹に激痛走ったから、後で慰謝料な。はぁ~、しっかしこれだけ反撃されてんの知ってんのかぁ? 親父は。連絡したいけどっ、いつまでもっ、これっ……あぁ! イラつくっ! 繋がんねぇ~」
立方体状に削り出された石の塊に向けて、呼びかけを繰り返すスパイクであったが、本来なら同じ装具を持つ相手と声だけでやりとり出来る筈の装具は、その機能をいつまでも発揮しようとはしなかった。片手に握ったまま上下左右へと乱暴に振ったり、床に叩き付けたりするが、当然反応はない。
実のところ、この場所に来るまでの間に、彼等が粗末に扱った為に理力付与機能に不具合が起こって、理力解放出来なくなってしまっているのだが、彼等はそれを直すどころか、原因に気付く事も出来ずに、不毛な時間を費やすだけであった。
「もう、連絡とか諦めようぜ。親父も良いって言ってくれるだろ、故障なら……な?」
「全然良かねーけど、まぁこれ以上やっても無駄だしな。適当に援護に回ってやるかぁ」
「へっへぇ~……最初は俺からだかんな? オラッ、誰をやる? 誰を殺って欲しいんだ? ん?」
「その顔、本気で殴りたくなるからやめろや。一種の才能だな。まぁそれは置いといて、誰から殺るかの話だが……待て待て? 将軍がいるって事は、あの中に姫さんがいるって事だよな?」
「んぁ? そりゃあいるかもだけど……姫さんなら姫さんらしい格好してるだろうし、すぐ分かる仕様になってんだろ」
「ペラッペラな推理、ありがとう迷探偵マックス君。将軍も、姫さんも今殺すのはマズいって分かってる?」
「将軍の方は俺達で殺ってもいいだろ。姐さんの仇を取ってこそ漢の名が上がるってもんよっ」
「ほうほう。それで? 本音は?」
「もう動くモノ全部にぶっ放して、ぶっ殺してぇ~」
「分かり易くて助かるね……まぁ連絡が出来ないんだからしかたないよなぁ? って事で、好きにやらしてもらうか」
2人はそうやって開き直ると、スパイクは観測手として、マックスは狙撃手として……ゆっくりと獲物への狙いを見定めていくのだった。