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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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白狼との逢着その3

―――更に約2時間後。同酒場内。


「えぇ~? じゃあドリスちゃんはウチに入るのん?」


「まだ正式じゃないよ。そっちの回答を待っている段階かな。本当はエリカが入りたかったらしいんだけどね……ほら、あの子、マテウス卿のファンだから」


「まさかそれでエリカちゃんは荒れとったん?」


「そういう事。今日はその愚痴を聞いていた所に、ちょうどエステル卿が目に入ったから……」


「エステルちゃん、えらい騒がしいから目立つしなぁ。でも、なんでドリスちゃんが選ばれたのん? やっぱドリスちゃんが白狼はくろう騎士団で1番優秀やから?」


「オーウェン公からの口添えがあってのものだよ。私より優秀な……って、そのドリスちゃんっていうのを止めない? 少し恥ずかしいよ」


「そーかなぁ? そっちんが可愛いと思うけど」


「私からすれば、貴女のなまりの方が可愛いわよ?」


「そんな訳ないやんっ! ウチ、本当は都会の人と色々喋りたいのにこんなんで、めっちゃ困ってんのにっ!」


「ふふっ……そういう事よ。私もこの身長の事で結構からかわれたりしてたの。だから可愛いってのはちょっとね」


 自らもコンプレックスを抱えている者として、フィオナにはその言葉が大変に共感出来た。多くのコンプレックスは他人から見れば些細な事だ。しかし、本人にとっては胸の内から外す事の出来ない重いかせとなってくる。フィオナはそれをよく理解していたので、触れてしまった事に対してすぐに謝罪をした。


「あぁ、その……ウチ、そういう事気づかんで……その、ホンマごめんな?」


「別にいいよ。それに今はいう程気にならないの。時間は掛かったけどね。この身長のお陰で白狼騎士団にも入れたし、騎士団内だと羨ましがられる事の方が多いし、実際に両手剣コレを振り回せる力も付いた。本当、五体満足生んでくれた両親に感謝ね」


 ポンポンと腰に下げた両手剣を叩くドリスの姿にフィオナは思わず見惚れた。彼女が簡単に口にしたその言葉に至るまでの経緯けいいは、きっと簡単ではなかったのだろうとフィオナは予想出来る。そして、自分がそこまでに至る経緯を想像しながら手元に持つミルクの入ったカップを覗き込んで、大きな吐息を零した。


「はぁ~。凄いなぁ~……ウチにもそんなん思える日が来るんやろうか」


「私の場合、騎士団の仲間がいたからね。1人だけだったら、まだ悩んでいたままだったかも……だからさ、貴女も身内ぐらいには打ち明けてみれば?」


「でも、そんな上手うもういくとは思えんやよ。ドリスちゃ……ドリスさんのと違って、ウチのは羨ましがられるもんでもないし、騎士として役に立つ訳でもないし」


「それこそ、各地から人が集まる大所帯の騎士団なら訛りってそんな珍しい事でもないのよ? 実際、私達の騎士団にも何人かいるからね。バルアーノ訛りって。貴女のそれは王都や貴族を意識しすぎだと思うのだけれど……とにかく、少しずつでいいからさ。時間が掛かる事だってのは、貴女だって分かってるんでしょう?」


 フィオナは返す言葉もなく小さく頷いてそれを返事とした。カップを揺らすたびにユラユラとミルクの水面が揺れるのを眺めながら彼女は、マテウスの言葉を思い出していた。


『なら、話すしかないんじゃないのか? 直すにしても、直さないにしても……笑わないでくれって自分でそいつに伝えてやればいい』


 結局2人の言葉通り、時間を掛けてそれを繰り返す事でしか自分は前に進む事が出来ないんだろうなと薄々ではあるが、フィオナは気付いていた。しかし、そうする最初の相手に騎士団の仲間を選ぶのには、少なからずの勇気を必要とした。


 何故なら、これから先もずっと彼女達とやっていく事になるかもしれないのだから……フィオナはそう考えながらエステルの方へとチラッと視線を運ぶ。


 エステルはなんの悩みも無さそうに、楽しそうな笑顔でマテウス談議に華を咲かせている。フィオナから見るとそんな能天気そのもののエステルが、自らの訛りを嘲笑あざわらうような場面をなんとか思い浮かべようとするが、その欠片も想像できずにいた。


(自分の事ばっか考えすぎなんかなぁ……赤鳳せきほう騎士団の皆の事ちゃんと考えていれば、ウチを笑った人達と全然(ちゃ)うって事ぐらい、分かる筈やんね)


 自分を隠したいばかりの一身で、周りが見えていなかったのかもしれない。いきなりすべてを見通せというのは難しいが、同じ騎士団の仲間ぐらいはしっかり見てみよう……と、フィオナがそうして決意を新たにした時に、空いていた隣の席へとロザリアが戻ってくる。


「ふぅ……ようやく解放されました。ごめんなさい、途中で席を外すような事をしてしまって」


「ウチ……っ私は、全然えーですよ。大変でしたね?」


「それよりも、体は大丈夫なんですか? かなりの量を飲んでいたご様子ですが」


 そう言ったドリスが首を巡らせて先程までロザリアが座っていた席を見る。その周りには両手で数えきれないぐらいの男達が、死体のように転がっていた。これでここの支払いはあの男達の割り勘だと、ロザリアはあざとい笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私、お酒を飲んでから1度も酔った事ってないんです」


「はぇ~……ええ女になるんは、お酒にも強うならんとあかんのんかなぁ」


「やめときなさい。関係ないから、絶対」


「そうですね。それに普段は弱いフリをしてあげることの方が多いんです。その方が男の人は喜びますからね。今日は喜ばせる必要がなかっただけで」


「……怖いですね」


「ふふっ……それよりも、私がいない間に皆さん仲良くなってしまって残念です。私も皆さんと沢山お話ししたかったんですけれど」


「ロザリアねえ……ロザリアさんも、今から一緒にどーですか? ええっと……ドリスさん、凄いいい人で、話も面白いから、私ももっとお話したいし」


「そうしたいのは山々なんですが、もう日が落ちかけています。最近は物騒な事件も多いですし、本来なら日が暮れる前には帰りたかったのですが」


「物騒な事件?」


「連続殺人事件って言えばいいのか……両手足を縛られた上に、体中が無数の刺し傷でズタズタになった裸の死体が、連続で発見されてるのよ」


「うぇ~。食事中に聞く話やないなぁ」


「今のところ被害者が貧民街の移民に限られているから、余り大事にはなっていないんだけどね」


「こういう事は警戒してしすぎるという事はありませんから。それに……余り言いたくはないのですが、エステルさんがそういう事に遭遇してしまった場合、とてもややこしい事になってしまいそうで」


「「あ~」」


「それと、フィオナさんは私に相談があるんでしたよね? そういう事なんで、相談は帰ってからでも大丈夫ですか?」


「あれは……その……今日はもうええっ、でなくて、いいかな。ドリスさんに聞いてもらって、楽になったし……その、少しウチのっ、自分の中でも整理したいし」


「フィオナさんがそうおっしゃるならいいのですが。次は貴女の先生らしく、私にも力にならせてくださいね?」


 フィオナがありがとうと返そうとする瞬間、バタンとないかが床に叩き付けられたような激しい音が響く。3人が同時に音のなる方へと首を巡らせると、そこではエステルが床へ仰向けになって倒れていた。


「アハハハッ! ハハッ、エステル酒に弱すぎるっす! だってまだ一口しか、ハハッ、飲んでないのにっ、アハハハハハッ!!」


 右手にジョッキを握ったまま、顔を真っ赤に染めて寝息を掻いているエステルを見れば大方の予想は出来ていたが、腹を抱えながら倒れた彼女を指さして大笑いしているエリカが、その全てを教えてくれた。3人は2人の姿を見つめながら、同じタイミングで大きなため息を吐く事となった。

今日から少しの間だけ更新ペースが隔日になります。

冬休み期間限定的な?

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