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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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願望の纏い手その2

「そこなご婦人っ! 待たれよっ!!」


「えっ、私? はい……って、その声はエステルちゃんじゃない」


「騎士をちゃん付けで呼ぶなと言ってるのにーっ! ……ゴホンッ、まぁよい。騎士は寛大かんだいだからなっ。それよりその背に負っている大きな荷物、重そうであるな。手助けが必要か?」


「あぁ、このかごの事かい? 追加納品の依頼でね。すぐそこだから大丈夫だよ」


「そうは言ってもご婦人が困っているのに手を貸さないのは……」


 ロザリアとフィオナが声のする方に歩いていくと、今日1日で何度目かの光景を見る事となった。エステルから少し目を離すと、彼女はなにかしらのトラブルや大変そうな作業をしている者を見かけると、すぐにフラフラと近寄ってはこうして積極的に声を掛けるのである。


 今も大きな籠に野菜を一杯まで入れてヨロヨロと歩いていた太めのご婦人に近寄り、数度の問答の末、結局その小さな背中よりも大きな籠を半ば無理矢理奪って歩き始めた。


「あら? 連れの方がいたのかい? なんだか悪いねぇ」


「なに、問題ない。騎士としてお困りのご婦人に手を差し伸べるのは当然であるからなっ」


 ロザリアとフィオナの2人が合流すると、太めのご婦人は申し訳なさそうに頭を少し下げる。その額には多くの汗がにじみ、両肩にクッキリと肩掛けの痕を残す姿を見ると、やはりかなり無理をして担いでいたのは明らかだ。ロザリアは微笑みを作って会釈えしゃくを太めのご婦人に返しながら、まずはエステルへと歩み寄る。


「エステルさん。困ってる方に声を掛けるのは結構ですが、ちゃんと一言私に声を掛けてくださいとさっきから言ってるでしょう?」


「むっ、そうであったか? いやぁ、ついつい身体が勝手に……いひゃい、いひゃいおっ、ロアリアろのーッ」


 1つも反省してない様子のエステルの顔に膝を落として顔を寄せながら、両頬を両手でそれぞれ抓るロザリア。マテウスがよくしている光景を見るので真似てみたのだが、なかなかどうして赤ちゃんのようにスベスベプニプニとした手触りは癖になりそうな感触だ。


「あぁなんだか邪魔をしてしまったかい? 別に無理してまで……」


「いえ、大丈夫です。これからの予定もありますが、元々市場を見て回るつもりだったので時間に余裕はあるんです。すぐそこという事なら一緒に参りましょう。フィオナさんも良いですよね?」


「ええよ……じゃなくてっ、いい、ですよ」


 慌てて言い直したフィオナをエステルの後ろにして、お昼時の人通りの多い市場を4人で縦に並んで歩く。エステルとフィオナの2人は2人でなにか会話をしているようだが、ロザリアは先行する太めのご婦人の背に向けて、雑踏の雑音に掻き消されないように少し声を大きめに尋ねた。


「貴女もエステルさんのお知り合いなんですか?」


「んー? まぁ挨拶を交わす程度だけどさぁ。貴女もってのは?」


「実は貴女に出会う前にも、今日だけでもう2度同じような事を繰り返していまして……」


「ハハハッ、エステルちゃんらしいねぇ~」


 それから道すがらに太めのご婦人の説明を聞く所のよると、エステルはこの市場では既に結構な有名人らしい。早朝の人通りの少ない市場を、大盾を背負いながら鎧姿でランニングして、大きな声で挨拶を交わしては、なにかトラブルがある度に首を突っ込んでくる、全く物怖じしなくて人懐っこい幼女のような見た目と声の女騎士……こうして彼女の特徴を並べてみると、目立たない理由がない。


「とまぁ、この市場の大体の人はエステルちゃんの事を……おっと、ここだよ。着いた」


「おぅ、お前戻ったのか。どうした? その人達は? 客か?」


「おぉ、奇遇であるな。果物の店主の奥様であったか」


「んんっ? その声はエステルか。ウチは八百屋だと何度言えば……おぅ、それはウチの野菜。そうかお前が運んでくれたのかっ、ガハハッ」


 鉢巻きをしてタンクトップでガタイの良い如何にもな男店主は、エステルに近づいてワシャワシャと頭を撫でる。その扱いに彼女は子供扱いするなっ、と抗議するが、そのやり取りを含めて恒例な顔なじみらしい。


「俺にどうしても用事があって店から動けなくてなぁ。かーちゃん助けてくれてありがとうな。ほら、いつものだ。とっとけ」


「別にお礼をしてもらいたくてやったのではない。騎士として当然の事をしたまでだっ」


 そうして男店主がエステルに手渡したのは林檎を3つ。ロザリアとフィオナの分もあるらしい。しかし、エステルは受け取ったはいいが、それを差し替えそうと首を左右に振った。


「いいから、いいから。肉屋の串焼きは食べた癖に、ウチの林檎は食べないのか? ウィンタム領でも更に北の地方、この時期には中々珍しい林檎なんだぞ? ほれ、一口いきな」


 男店主はエステルから林檎を奪うと目の前で一口だけかじってみせる。店の商品として使わないのであれば、これはもうエステルが貰うよりはないという理由付けだろう。それでは……と、エステルも大きく口を開いて一口。その顔に満面の笑みが広がる。


「うーんっ、美味しいぞっ! やはり、店主の果物は最高であるなっ」


「どうだ? 肉屋の串焼きよりも美味いだろう?」


「分からんっ! 分からんが、今はこの林檎を腹一杯食べたい気分だっ!!」


「ガハハッ。かーちゃんっ? この顔はもうウチの勝ちでいいよなっ? いいよなっ!? 次会った時に自慢してやらにゃーなぁ」


「もう……店の商品でエステルちゃんを餌付けするのは程々にしといてくれよ」


 両頬を赤く染め、精一杯に頬を膨らませて、キラキラと輝いた瞳の笑顔を浮かべた上で、見えない尻尾をブンブンと振り回しながら美味しそうに林檎を食べるエステルの姿は……まぁ確かに餌付けしたくなるのも分からないでもない。


 しかし、ロザリアとフィオナは彼女の身内として恥ずかしいやら申し訳ないやらで、少し頭を抱えたくなっていた。


 とりあえず、エステルが林檎1つを丸々食べきった所で店を後にした3人は、目的の場所へと再び歩き始める。ロザリアはエステルが勝手にフラフラしないようにと、その片手を握りながら移動していたが、その姿はもう完全に保護者とその子供であった。


「ロザリア殿、この林檎美味しいぞ? 食べないのか?」


「エステルさん。淑女しゅくじょが歩きながら食事をするのは、はしたないですよ? それにこれからご飯を食べに行くのにお腹一杯になってしまうでしょう?」


「むぅ……こんなに美味しいのだから、大丈夫だと思うのだが。フィオナ殿は如何いかがか?」


「ウチっ……私は、ええ……大丈夫かな。その私も淑女だし」


「なにを言う。フィオナ殿は私と同じ騎士なのだから大丈夫であろう?」


「時々エステルちゃんの言う騎士が良く分からんってなるのは、私だけなんかな?」


 フィオナの呟きに私もよくなりますよと、ロザリアは口にせずに同意した。その後、エステルが抱えていた2つの林檎は、これもまた彼女がランニングの帰りに寄るダードリー公園で良く会うという、路地前で喧嘩していた子供達の仲裁ちゅうさいに使われた。


 これで寄り道は今日4つ目。随分余裕を見て外出したつもりが、いつの間にか太陽が中天を過ぎようとしていて、予定はギリギリ。ロザリアはエステルと出掛ける次の機会があれば、その時はもう少し早くに外出しようと心に誓った。

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