タキタロウの秘密(4)
夜の学校が不気味だ、というのは、その学校の昼の姿に馴染んでいるから感じることであって、転校してきて間もない俺には、特段、夜だ から不気味とは思わなかった。
門は閉まっていたが、横の通用口は鍵が開いていた。
俺は何となく足音を忍ばせながら部室へと向かった。
文化部棟に近づくと、新聞部の部室の電気だけ煌々と点いていて、薄いカーテン越しに人影が見えた。
俺が一番乗りかと思ってたのに。
慌てて建物に入ると、部室の前の廊下に並んだ三人が見えた。
部長と大塚先輩、それにミツだった。
「何で、廊下に立たされてるんですか?」
おどけた仕草をしながら大塚先輩が答えた。
「誰が立たされるかよ!」
部長は寒がりなんだろう。厚手のジャケットの襟を立てて背中を丸めて言った。
「丘が着替えてる間、外に出されてるんだ」
そうか、さっき、カーテン越しに見えた人影は丘先輩だったのか。
「実吉君、覗いちゃだめだよ」
ミツが、俺の一瞬の妄想を見透かす様に言った。
Gパン姿のミツは、制服姿しか見慣れていない俺には新鮮だ。
「そうだぞ。実吉。怪我したくなかったら覗くな」
「部長の云うとおりだ。あいつはジャブでもストレート並みのパンチ力があるからな」
大塚先輩があごをさする。
「殴られた事あるんですか?」
俺の問いに大塚と部長は、ハハハと笑い声を上げた。
その時、部室のドアが開き、大塚先輩が顔面を強打した。
「お待たせ。あ、実吉、遅いぞ」
うずくまる大塚を無視して、黄色いウェットスーツ姿の丘先輩が腰に手を当てた。
「え、だって集合時間は……」
「口答えするな!」
相変わらず口の利き方は乱暴だが、改めて見るとかなりのスタイルの良さだ。
まじまじ見ると怒られることは容易に想像できたので、俺はとっさに視線をそらした。
「丘先輩は、早く潜水したくて、夕方からうずいてたんです」
「馬鹿!変な言い方するな!それを言うなら、ウズウズしてただろ!」
俺は女子部員二人の軽口を聞きながら、丘先輩のウェットスーツ姿を視野の隅にキープした。
「ほら、あんたも早くそこのスーツ着なさい。先に池に行ってるわよ」
「は、はい」
「大塚、ボンベの準備出来てるんじゃない?」
「そうだな」
大塚先輩と部長がコンプレッサーの方に向かった。
「境は実吉の背中のファスナー上げるの手伝ってやりな」
「え、は、はい」
「さあ、潜るぞお」
丘先輩は、フィンを肩に担ぎ、防水性のフラッシュライトを持った手をグルグル回しながら出て行った。
「丘先輩、ほんとに張り切ってるんだね」
色んな意味で俺を圧倒していた丘先輩が見えなくなると、ようやく落ち着いて口が利けた気がした。
「ごめんね、実吉君。急にこんなことになっちゃって」
「うん、まあね。でもちょっと面白そうではあるよ」
着替えるまで廊下にいるよ、とミツが言ったが、部屋の中は電気ストーブで暖かい。
「廊下は寒いから中にいなよ。向こう向いててくれればさっと着替えるから」
「わかった」
ミツはこちらに背を向けたまま、バスタオルとか毛布を畳んで手提げ袋に詰め始めた。
俺は、ちょっとドキドキしながら、服を脱いで海パンを履き、ウェットスーツに手足を通した。
「ごめん。背中のファスナーあげてくれる?」
「あ、はい」
ミツが俺の体に触れないように遠慮しながら、ファスナーを上まで引き上げた。
「境さんも潜ったりするの?」
「新歓合宿の時に、プールで特訓受けたわ」
「丘先輩にしごかれたの?」
「まあね。でも先輩は、女の子同士の時は結構、優しいよ。男の人がいると乱暴になるけど」
「へえ」
俺たちは、部室を出て、二人で荷物を抱えながら歩き出した。
「ねえ、実吉君」
「何?」
「これからユーマ君って呼んでもいい?」
「いいけど」
俺は嬉しさをあえて押し殺して、ぶっきらぼうに言った。
「ユーマ君」
「うん?」
「無事に帰ってきてね」
有頂天から一転、裏庭に近づくほど、不安で胸がいっぱいになってきた。