タキタロウの秘密(1)
転校二日目、登校した俺は、昇降口で、昨日買ったばかりの上履きに履き替えようとしたところで、体育教官で一組の任の貞岡先生に声を掛けられた。
「実吉、お前、今日から二組へ行け」
「え?」
「今日の職員会議で連絡があって、クラスが変わった」
そんな事ってあるのか?
もしかして昨日、新聞部の部室で鍋料理を食べたから問題になったのか?
訳が分からないまま、一年二組の学活で俺は昨日の最悪の自己紹介を再現するハメになった。
「改めて紹介する。実吉勇馬君だ。じゃあ、一言」
「よ、よろしく」
爆笑と拍手で迎えられた。
もしかしたら、この状況を作って笑うことだけを目的に、俺のクラス変更になったんじゃないだろうか。
この学校の謎の文化の中では、それもありえる様な気がした。
昨日、教室を間違えて勝手に自己紹介したときは、みんなびっくりした顔をしていたが、今日はみんな笑っている。
死ぬほど恥ずかしいとは思ったが、まあ、クラスに悪い奴はあんまりいなさそうな気もした。
「よろしくね。実吉君」
一番前の席に境ミツが座っていた。
新しいクラスで唯一の顔見知りがこの美少女というのは、悪くない状況だ。
昨日一日は記憶から消してしまおう。
学活が終わると、一番後ろの席に座る俺のところに、ミツがさっと駆け寄ってきた。
「驚いたでしょ?朝から急にバタバタして。でも、同じクラスにいた方が何かといいと思って」
「え?どういうこと?」
「昨日、担任の竹内先生に、実吉君を二組に編入することを提案したの」
「へ?境さんが?え?そんなこと出来るの?」
もしかしてこのクラスメートは学校の理事長の娘とかで、校内の影の権力者、裏番長だったりするのか?こんなかわいい顔して?
「担任の竹内先生、新聞部の顧問なの。実は新聞部というのはこの学校の中でも伝統がある部でね、ちょっとだけ特別扱いされてるところがあるの」
俺は、昨日の昼休み、何となく流されて、新聞部に入部したのだった。
「今朝、生徒会から、非公式に知らせがあって、それについて緊急のミーティングを開くから、昼休みに部室に集合が掛かったの。実吉君もお願いね」
「あの、その前に一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「昨日言ってた、新聞部員になる資格って、一体なんの事?」
ああ、その事、と言ってミツは窓際に寄りかかった。
「動物学者の実吉辰巳という人がいるの」
「昨日、部長さんも言ってたよね。俺、親戚でも何でもないよ」
「その学者は日本におけるクリプトゾーロジーの権威なの」
「クリプト、なんだって?」
「日本語に訳すと、未知動物学。そして対象となる生物の呼び名を、未確認生物《UMA》と名付けた人でもあるの」
「ユーマ?」
「そ。私、昨日、実吉君の名前をはじめて聞いたとき、我が新聞部にとって、運命の転校生だと感じたわ」
窓からの風に長い髪をなびかせている美少女の映像と、その口から発せられる、とんでもなくバカバカしい話に、俺はめまいがした。
俺の実吉勇馬という名前が、たまたま自分たちの趣味に合っていたというだけのことか?
UMAなんて駄洒落みたいなもんじゃないか!
ミツは俺に近付くと、小声でささやいた。
「新聞部は仮の姿。実態は、未確認生物の調査や様々な秘密を調査する《南方高校探偵部》なの」