新聞部の秘密(3)
ミツが慣れた様子で、どっからか皿と割り箸を出してきた。
「お腹すいちゃった。部長、もう食べられますよね」
「おお、食え食え。たっぷり食って太るがいい」
「太りませんよーだ」
俺も勧められるまま、鍋をつついた。
大根はわかる。
鮭の切り身もわかる。
しかし、よくわからない食材も多かった。
特にミツがかぶりついてる紫色のものは、植物性なのか動物性なのかすら不明だ。ほんのちょっとだけ食べてみたが、変わった食感の食べ物、という以外の情報は得られなかった。
そもそも門の外に出ることが禁止、というくらい厳しい校内で、鍋を作っていいんだろうか。火の始末とか大丈夫なのかな。いや、むしろ校内で自給自足できるようにしてるから、外に出る事が禁止できるのかな。
目の前で正体不明の具材を頬張っている二人は、どうみても不良には見えない。まあ、新聞部員にも見えないけど。
「新聞ってどういう記事を書くんですか?」
「お、興味ある?」
「ええと、はい。一応」
ホントは別に興味ないんだが、昼飯をご馳走になって、世間話もしないというのは非常識だろう。
「境君。説明してあげたまえ」
部長は、箸を置いて長い髪をゴムで止めているミツに言った。
「大した記事は書いてませんね」
「ケンカ売ってんのかお前は」
言葉と裏腹に、さも面白そうに部長が突っ込む。
「だって、今年度第一号は、新任教師の紹介でしょ?好きな色は何ですか?とか、座右の銘は何ですか?とかで分量を水増ししちゃっておしまいだったじゃないですか」
「新卒の女教師のスリーサイズ書いたら、ギャアギャア問題にしやがってな」
「それはそうです」
「つまんない時代になったよ」
(あんたはいくつなんだ)と思わず部長に言いそうになった。
要は、転校生に新聞部を紹介して、入部を勧誘しようというわけだろう。俺は断る理由をいくつか思い浮かべた。
「でも、新聞部は世を忍ぶ仮の姿なんです」
ミツが言った。
「はあ?」
「実吉君はネッシーとかツチノコとか好き?」
「はあ?」
全然、展開が分からなくなってきたぞ。
「君は動物学者の実吉辰巳博士の親戚じゃないだろうねえ」
使い捨ての器と割り箸をゴミ箱に捨てながら、部長が尋ねた。
「博士って…全く、聞いたこともありません」
「しかし、資格は十分にある」
「ですね」
ミツも満足そうにうなづく。
「単刀直入に言う。実吉君、新聞部に入部したまえ」
やっぱりそうか。常識的にそれなら話は分かる。
部長はいけしゃあしゃあと続けた。
「今日の鍋は、新入部員歓迎の為にわざわざ用意したものなんだ」
うそつけ!俺が来ることは知らなかったじゃないか!
「俺、部活は……それに、何ですか?資格って」
ミツは自分と俺の分の食器を片付けると、鍋を流しに移動させ、慣れた手つきで七輪の炭を水の入ったバケツにあけた。炭火が、ジュッっと音を立てた。
「実吉君」
ゴムを外して長い髪を解いた美少女が俺の前に立った。
「新聞部に入って一緒に楽しみましょ?私、実吉君が入ってくれたらすごく嬉しい」
部長はニコニコしながら頷いている。
始業開始五分前を告げるチャイムが鳴った。
俺は美少女に見つめられながらそれを聞いた。
俺は入学早々、南方高校新聞部の部員になった。