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タキタロウの秘密(6)

 暗闇でフラッシュライトの明かりだけが頼みで進んできた俺の目には、その月の光はまぶしすぎるくらいだった。

 光の筋に向かって泳ぐ丘先輩のシルエットは神々しいくらいに美しく見えた。

 水面から顔を出すと、そこは浅い洞窟の中だった。入り口からは、煌々と光る満月が見えている。

 丘先輩はさっさと上がり口を見つけると岸に上がり、ボンベをおろして足のフィンを外しはじめた。

 俺も上がろうとしたが、水面から出た途端、ボンベの重さが肩にのしかかる上、思いのほか疲れていて、なかなか岸に這い上がれない。

「情けないわねえ」

 丘先輩が肩のベルトをつかんで引き上げてくれた。まるで首根っこを掴まれている子猫のような状態だ。

 俺はあえぎながら岸に這いつくばった。

「池が裏山の沼地に繋がってたとはね」

「誰かが掘ったトンネルだったんですかね?」

「まさか。これは自然の溶岩洞窟よ」

「溶岩って火山の?」

「でしょうね。この洞窟の岩肌も溶岩だし」

 見回すと、確かに真っ黒な岩の表面は、以前、行ったことがある富士山の麓の観光洞窟に似ている気がした。あれも溶岩洞窟だったはずだ。

 洞窟の床の半分は水に覆われ、その水面は洞窟の外、目の前の森まで続いている。水面下に洞窟があることを知らなければ、森の中にある、何の変哲もない池だ。

 ただし、今は何故か霧が立ち込めていて、何だか不気味な雰囲気だ。

「この森は学校の裏山なんですか」

 洞窟に響く自分のかすれ声さえ不気味に響く。

「そ。通称、怨念の森」

 わざとかどうか分からないが、先輩の手に持ったライトの光が顔を下から照らしている。

「な、な、何でそんな呼び名なんですか?」

「決まってるじゃない。出るから」

「な、な、な、何が?」

「聞かないほうがいいんじゃない?」

 丘先輩はニヤリと笑いながら言った。

「そ、そうですね。別に興味ないし!」

 冗談じゃない。ただでさえ土地勘がないのに、訳のわからない事でおどされてたまるか。

 先輩は周囲を見渡して言った。

「何か感じない?」

「やめましょうよ!そういう悪ふざけは!」

「バカ!ふざけてない!何ビビッてるのよ!」

 丘先輩が言っているのは、洞窟に人が住んでいる生活感がある、という事だった。

 確かに良く見ると、洗濯物を干すような紐が張ってあったりする。洞窟の暗闇に目を凝らすと、木箱などが並んでいる。俺は近付いて中を物色した。本だった。しかも半分は洋書だった。その中の一冊を手に取った。

 Robinson Crusoeという金の文字が読み取れた。

「ロビンソン・クルーソー」丘先輩が声に出して読んだ。

 ここは冒険ごっこをしてる子供たちの秘密基地なのかも知れない。いや、でも今時の子供が遊びでこんなところに来るか?それに洋書のロビンソン・クルーソーって・・・

「ここで何してる!」

 突然大声で怒鳴られ、俺は悲鳴を上げることも出来ず、丘先輩の腰にしがみつき、次の瞬間投げ飛ばされた。何も投げなくてもいいだろうに。でも、そのおかげで我に返った。

 打ちつけた尻をさすりながら体を起こすと、洞窟の入り口に、「ザ・ホームレス」という格好の男が立っていた。串に刺した焼き魚を頬張っている。香ばしい香りが漂う。

「何してるかと聞いておる!」

「お、驚いてます」

 思わず答えた俺の言葉に、ザ・ホームレスは、わっはっはと大声で笑った。

「貴様ら沼を泳いできたのか?」

「私たちは南方高校新聞部。学校の池に潜ったらこの沼に出たんです」

 丘先輩が静かに言った。

「ほう、南方さんとこの」

 何故か、俺たちの素性を知って、ザ・ホームレスは友好的な態度になった気がした。

「それで、あなたは何を食べてるんですか」

「先輩、お腹すいたの?」

「バカ!」

 ザ・ホームレスは黙って手招きして洞窟に消えた。

 俺達二人は恐る恐る後を追った。

 洞窟は小山のように盛り上がった岩山に開いていて、その岩山の周囲は水に囲まれている。つまり、森の中にある沼の中心に島のように浮かんでいるわけだ。岩山の上には石を組んで作ったかまどがあり、串焼きにされた魚があぶられていた。

 ザ・ホームレスは串を一本ずつ俺達に渡した。

「今日三匹釣れたのは、お前らに振る舞う為だったのかも知れねえな」

 釣竿のつもりらしい木の枝に、タコ糸と針金で作った釣り針で作った仕掛けがくくりつけられている。

 こんな、縄文時代の道具みたいなもんで釣られる魚って、どんだけ無頓着な生き方をしてるんだろうか。

 塩も何も振らずにただ火であぶっただけの串焼きだが、すこぶる旨そうな香りを発している。

「この魚はよく釣れるんですか?」

「今はな。沼から一匹もいなくなることもある。そうか、南方さんの池に繋がってたのか。ここにいない時はそっちに行ってたんだな」

 ザ・ホームレスはさも納得したように頷きながらかぶりついた。

「え?じゃあこれってタキタロウ!えー幻のUMA食べちゃったの?」

 驚いて先輩を振り返ると、串にかぶりついていたので、二重に驚いた。


 食べて分かったのは、タキタロウが明らかにマスの仲間だということだった。

 さらに、ザ・ホームレスからの情報で、この沼はタキタロウの産卵場所となっていることがわかった。春先に生まれた卵から孵った稚魚は、すごいスピードで成長するらしい。

 月の光を頼りに浅瀬に目を凝らすと、煮干しくらいの魚の群れがのんびり泳いでいた。


 ザ・ホームレスに串焼きの礼を言い、俺達は帰路についた。洞窟から離れるには沼を横切るしかなかったが、幸い、ウェットスーツを着ているくらいだから泳いで渡った。

 ちなみにザ・ホームレスは捨てられていたというユニットバスに乗り、器用に手作りのオールを操って沼を渡るらしい。


 森の中の道をウェットスーツ姿の俺達は学校へ向かって歩いた。月明かりに浮かんだ俺達をみた人がいたら、宇宙人にでも見えるかも知れない。

 案外、UMAと言われる存在も、違う場所で見たら、良く知られた動物なのかもしれないなあ、と思った。

 そう言うと、丘先輩は、

「何割かはそうかもね」と答えた。


 学校に到着した俺達は、まず、幽霊扱いされた。

 潜水したまま戻らないので、最悪の事態を想像していたらしい。

 散々泣いていたらしいミツは俺達の姿を見て、さらに泣きわめき、部長たち先輩部員は連絡を怠った丘先輩を叱責したが、そもそも無事を知らせるには歩いて帰ってくるしかなかった訳で、まあ、無事で良かった、ということになった。


 翌日、水中で撮影した映像を部室で見ながら、調査の報告会が開かれた。

 書記としてノートに報告のメモをとっていたミツは、パソコンの映像を見ながら冷ややかに

「丘先輩のお尻ばっかり写ってません?」

 というと、俺は先輩たちにどつかれたが、水のなかで俺がいっぱいいっぱいだった事を知ってる丘先輩は何も言わなかった。


 次の日の朝、昇降口の正面にある掲示板に新聞部が発行する紙面が貼り出された。

 水中洞窟を泳ぐ丘先輩のウェットスーツ姿は、結構話題になった。紙面は明らかにある種のスポーツ新聞そっくりに構成されていて、その出来を見て、俺は、部長の才能にちょっと感心してしまった。

 内容は、洞窟の奥に人が進めない亀裂があり、タキタロウはそこから先の地底湖に行き来していて、そこで繁殖しているらしい、とそれらしい謎めいたオチでまとめてあった。

「おはよう。実吉。どうだ我が新聞部の記事は」

 俺が新聞を読んでいると、後ろから部長が声を掛けてきた。

 ちょうど、他の先輩たちや同級生のミツも登校してきたところだった。

「いいっすね」

「自分でも書いてみたくなったか?」

 俺は、もう一度、スポーツ紙みたいな、でも楽しい紙面を眺めた。

「書けますかね?」

 振り向きながら言うと、新聞部の一同は笑顔でうなづいた。

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