勘違いする私
中央都市トリアに隣接した、田園風景が続く穏やかな町フーシャ。
そのフーシャの領主、レイス家の一人娘であるミリィは御年16歳の花も恥じらう乙女の中の乙女。
艶やかに煌めく黒髪は膝丈にまで伸ばされ、緩やかにうねりながら小さな体を流れ落ちる。
透き通る白い肌は瑞々しく真珠のように輝いている。
長い睫に縁どられた瞳は晴れた日の空色を写し取ったような青。
鼻の位置、口の形、すべてが丹精込めて達人が作り上げたビスクドールのように整っている。
小柄なその身を包むのは質素な白いワンピース。しかし、いたるところに刺繍が施されている。普通の娘が着たら田舎臭さ漂うイモ娘になるだろうが着ているのが彼女のため、清純、神聖なイメージをあたえる。
16歳にしてはいささか成長が遅れているように思える。しかしその幼さ故に少女から大人の女性へと変わろうとしている時の危うい色香を醸し出している。
おそらく彼女が望めば何でも叶えてくれそうな男の一人や二人吊り上げることなど簡単にできる妖艶さともいえる美貌。
どんな綺麗な花さえ彼女の前では霞んでしまう可憐な容姿。
そんな絶世の美少女がミリィである。
ミリィは自室で物憂げに読んでいた本から視線を窓へと移した。
気づくと空は暗く染まっていていつの間にか夜になっていた。
彼女が手にしているのは子供向けの童話『プリンセス・スノー』。
プリンセス・スノー。それはある王国のお話。仲の良かった王様と王妃と一人娘の王女。しかし、ある日王妃が病気で亡くなってしまう。母を亡くし心に傷を負った幼い王女。だが、その傷が癒える間もなく新たな継母となる王妃がやってくる。新たな王妃には連れ子もいて、自分の子を王位につけたい継母は邪魔なひとり娘の王女を虐めて城から追い出してしまう。城を追い出された王女は様々な苦難を乗り越え自分だけの王子と結ばれ幸せになる。
「まだ追い出されていないだけ、私はスノーさんより恵まれているのです……それでも」
この話を読むたびにスノーに自分を重ねてしまう。
ミリィは5歳の時に病気で母親を亡くした。口数が少ない父と、病気がちではあったがいつも明るく朗らかな母に挟まれて幸せだった日は終わりを告げた。
母の死を切っ掛けに父と話す機会が減っていき重ぐるしい空気が家の中を渦巻いていく。
厳格な父はいつも何か物言いたげな視線をミリィに向け苛立ってた。
ミリィは父に好かれるように最大限の努力をした。それでも父とうまく接することができずにいた所に、父は後妻を貰った。
継母となった彼女にはミリィと6歳年の離れた息子がおり、ミリィには新たな継母と義兄ができた。
ミリィは新たな家族ができることが嬉しくてとても喜んだ。
しかし、喜んだのもつかの間、父との関係もうまくいってなかったのに加えて継母と義兄ともうまくいかなかった。
よそよそしい。自分にだけ他人行儀。そんな扱いをずっとされてきた。
父と継母と義兄の関係はうまくいっているようで、優秀な義兄に父も跡継ぎとして信頼をよせている。仲睦まじい親子の風景に自分の異物さをひしひしと感じとった。
ああ、自分はいらない存在なんだと。
いままで虐待されたことなんて一度もない。
暴力を振るわれたり、叱られたり、食事を抜かれたり、そんなこと一度だってなかった。
わざと叱ってもらいたくて家のなかにある高そうな花瓶を割ったことがある。
それでも誰も叱ってはくれなかった。
一言「危ないから部屋にいなさい」と言われただけ。
世の中には実の親に酷いことをされている子供はたくさんいるという。
そんな子たちからみたら私なんてなんて贅沢な生活だと言われるだろう。
でも、ほんのちょっとでいい。愛されているのだと感じたい。
父の大きな手で頭を撫でて欲しい。継母の綺麗な手を握ってみたい。義兄に勉強のわからないところを聞いてみたい。
人にばかりこうして欲しい、ああして欲しいと望むなんて。なんて甘ったれで欲深いのだと自分を戒める。
自分から甘えてみればいいと意気込むこともあった、けれど、もし拒絶されたらと思うと行動できずにいる。
それに私はもう16歳。世間で言う結婚適齢期に入った。この家は義兄が継ぐのだから、早いうちに結婚相手をみつけて出ていくのが決まりだ。
もう少し、あと少しで追い出されるまでもなくこの家を出ていく。
「こんな家族にさえ愛されもしない私を愛してくれる殿方など、見つかるのでしょうか」
愛し、愛される。そんな奇跡を夢見るミリィ。
この時はまだ家族の真実を知る前のある意味幸せなひと時であったと、のちのミリィは語る。