♯1
春。それは出会いと別れの季節。
桜舞い散る風の中、様々な人が出会い、別れ、新しい生活を始める季節。
そして今日、俺も夢であった教師としての生活をスタートさせることになった。
「みなさんおはようございます。新年度二日目の登校ご苦労様です。今日は初めに昨日の新任式でご紹介された中島先生を改めてみなさんにご紹介したいと思います。中島先生。どうぞ前に。」
「は、はい。」
二年三組の担任である薙先生(巨乳でエロい体してる)の懇切丁寧な前振りが終わると、俺は黒板に自分の名前を書いた。
中島澄。
すると今まで黙って見ていた生徒達が次々に口を開きだした。
「中島……スミ?」
「スミだって。珍しい名前ね。」
「スミ…。なんだか可愛らしい!」
「女の子みたいね。」
キヨシだよ!キヨシ!
昨日紹介された時ちゃんと聞いてなかったのか!
「スミ先生とかどう?」
「あは!可愛い!」
「スミせんせーい!スミせんせーい!」
早くもあだ名が…!
何故か盛り上がる生徒達に呆気に取られ自己紹介に移れない。
「あ、あの…自己紹介しても「キヨシ先生だよ。」
落ち着いた綺麗な声で発せられた一言。
それだけで教室中の生徒を静まらせた。
生徒達の視線を追い声の主を探すと、窓際の一番後ろの席に座る生徒に行き当たった。
金髪碧眼の彼女こそ、正に今朝俺の野望を粉々に打ち砕き、俺の理想とするハーレム状態を築いている生徒。常盤ハイリだった。
見れば見るほど端整な顔立ちをしている。
外人らしい高い鼻に透き通る白い肌。
どこか男らしさがある背と体格。
良い意味で他の生徒から浮いている。
常盤は綺麗な笑顔を浮かべて話し出した。
「みんな。今は先生の時間だ。私達が騒いでいたら、自己紹介したくてもできないよ。そうやって騒ぐのは先生の話を聞いた後にしようね。返事は?」
「「「はーい!分かりましたハイリ様ー!!」」」
息ぴったりの生徒達の目は全員ハートだ。
てかハイリ様ってなんだよ!どこぞの王子様か!
常盤は俺に目で自己紹介どうぞと言っている。
俺は腑に落ちないながら、与えられた自己紹介のチャンスを無駄にしないよう、準備しておいた自己紹介の言葉を口にした。
「昨日ご紹介されました、中島澄です。えっと、先程常盤さんが言ってくれたように、澄って書いてキヨシです。これからこの二年三組の副担任を勤めますので、これからよろしく。」
「先生。担当科目を言い忘れてますよ。あと今から一応生徒からの質問タイムなので、まだ降りないでください。」
「え?」
紹介を終え教壇から降りようとした所を薙先生に制止され、俺は降ろしかけた左足をもう一度教壇の上に戻した。
生徒達がくすくすと笑う。あー、恥ずかしい!緊張して担当科目言うの忘れてたよ!
「担当科目は英語です!このクラスはライティングを担当します!」
「それではみなさん。中島先生への質問タイムです。」
薙先生の言葉と同時に手が次々挙がる。
「はーい。しつもーん。先生の好きな食べ物なんですかー?」
「好きな食べ物?うーん、カレーかな。」
「はい。地元の方ですか?」
「うん。九宮高校に通ってたよ。」
「九宮って進学校じゃないですか!すごーい!頭いいんだ!」
あの花冠女学園の生徒が九宮をすごいと言っている。
俺あの高校に入ってて良かった。
「はーい!ずばり好きなタイプは?」
「え!?」
「ずばり彼女は今まで何人?付き合ってる人は?」
「えええ!?ちょっと待って!」
由緒正しいお嬢様学校っていっても中身はやっぱり女子高生だ。
こういうテンプレートな質問してくるんだな。
それよりなんて答えよう。とても恋人いない歴年の数だなんて言えない。
幼稚園児も付き合い出すこのご時世、しかも22歳で今年の秋で23歳になる俺がそれではまずい。
ここは少しだけ見栄を張らせてもらおうじゃないか。
「三人…かな。今は付き合ってる人はいません。」
「ふーん。やるじゃん先生!」
「二十代なんてあっという間に過ぎ去っちゃうんだから早く良い人見つけなよー。」
「あ、あはは…。がんるよ…。」
女子高生に将来の心配された。
「そこにいる薙先生だって美人なのに三十過ぎてまだ嫁ぎ先決まってな「相当口を縫われたいらしいな牧間。」ひぎゃああああ!」
いつの間に動いたのだろうか。
薙先生は中央の席に座る牧間と呼ばれる生徒の背後に回り、口元に針を寄せていた。
なんだあの人忍者か!?人間業じゃねえ!
「あ。私手芸部の顧問なんです。本当に口なんて縫いませんよ。本気にしないでくださいね?」
涙目の牧間さんを無視して俺に語りかける先生に、若干恐怖を覚えた。
この人を怒らせてはいけない。絶対にだ。
そしてこの人の中で『三十過ぎ』『行き遅れ』だなんてワードは禁止のようだ。
うっかり言わないように気をつけよう。
「そうだ。じゃあ俺の番は終わって、次はみんなが自己紹介してくれませんか?俺みんなのことなんにも知らないですし!」
「そうですね。では窓際の席から列毎に自己紹介をしてください。」
前から順に名前、好きな食べ物や趣味などを言っていくうち、常盤の前の席の生徒に順番が回った。
黄色味のあるブラウンの髪がよく似合う美少女だ。
しかも随分と発育も良いらしい。
制服越しでも胸の膨らみが分かる。
思わず目がそっちに行ってしまいそうになるが、抑えろ俺。
「伊能はる子です。“はる”は平仮名で“こ”は子供の子。祖父がロシア人のクオーターです。これからよろしくお願いします。」
「よろしく。」
クオーターか。どおりでどこか雰囲気が違うと思った。
すごい目上の人と話してる気分だ。
雰囲気や言動が大人っていうか、女子高生みたいにはっちゃけてないっていうか…。
本物のお嬢様って感じだ。
そして回ってきた常盤の番。
彼女は静かに席を立つ。小さな歓声がわく。
「常盤ハイリです。母がアメリカ人のハーフです。部活には入ってません。趣味は映画鑑賞です。これからよろしくお願いします。あ、はる子と被っちゃったね。」
なるほどそれであの身長に金髪碧眼なのか。
もしかしてこの学校ってハーフとかクオーターとか多いのか?俺初めて会ったんだけど。
まるで芸能界みたいだ。
「よ、よろしく…。」
そして少し分かった。こいつは嫌な奴ではない。俺にとって邪魔な存在ではあるが、それを除けば良い生徒じゃないか。
そう考えたら今朝のハーレム登校事件も気にすることではない気がしてきた。
いくら見た目が王子様でも所詮女子。
真のハーレムは同性だけで作られるものではない!
ハーレムと逆ハーレムは異性がいてこそ成り立つんだ。
異性にちやほやされるから気持ちいいんだよ!
俺としたことが大事なことを忘れていた。
ありがとう常盤。お前は大事なことを教えてくれたよ。
「あら?ハイリったらリボンが曲がっているわ。」
「あ。本当だ。」
「仕方ないわね。直してあげるわ。」
「いいよわざわざ立たなくて。私が屈めば済む話だろ?」
「自分で直す気はないのね。」
「ふふ。せっかくはる子が結んでくれるって言うんだから甘えとこうかと。」
「もう。甘えん坊なんだから。」
な、なんだあの二人の二人だけの空間は!!
あの二人の周りだけやたらとピンクだ!なんだこれ!なんか怖い!
それを神様でも見るような目で凝視する他の生徒達も怖い!
「驚きですか中島先生。」
「薙先生…。この状況は一体…?」
「通称学園の王子様の常盤さんにだけ発動させることのできる空間。相手を虜にし、自分と二人だけの空間に引きずり込む必殺技。私達教師はこれを“ピンク色乙女空間”と呼んでいます。」
「なんですかそのダサい名前は!!」
「ダサくないです。教頭が言い出したんですから先生もこれから“ピンク色乙女空間”と呼んでください。」
「できれば使いたくない。」
「日常茶飯事なので慣れてください。」
「これもかよ!!」
ハーレム登校といい、ぴ…ピンク色乙女空間といい、あの常盤ハイリという生徒はやっぱり俺の敵なのかもしれない。
普通の男よりたち悪いわ…。




