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晴れ渡った空、晩秋の冷たく爽やかな風が空を巡る早朝。紅葉に彩られた広大な森の狭い空き地に、数十個の天幕がひしめき合っていた。
空き地中央で丈の高いポールに黒い軍旗がはためいている。銀糸で縁取った真っ黒な旗の中央に、涙を流す銀の三日月が刺繍されていた。
当番兵達が朝食の用意や雑用に走り回っている。
軍旗脇の天幕から大柄な女が姿を見せた。短く刈った銀髪、太い眉、大きな銀色の目、大きな鼻、大きな口、左頬の大きな傷跡は涙の跡に似ていた。
大あくびをする、大きく伸びをする。
そのありさまには色気の欠片もないが、柔軟に動くすがたには猫科の獣のような美しさがあった。ゆっくり全身を屈伸すると乳房と僧帽筋と上腕三頭筋で皮のシャツがはちきれそうになっている。
唐突に屈伸運動を止めて額を押さえる。ため息をついてから突然わめいた。
「ヴァン! ちびヴァン、豆ヴァン、小粒ヴァン! さっさと報告しろ、どうやってこの冬を越すんだよ。銭が足んねーんだぞ」
近くの天幕から小柄な男が目をこすりながら現れた。ちびと呼ばれるほどの小男ではないが、寒そうに毛布にくるまっている姿は貧相だ。
来ている服は女と同じ継ぎの当たった皮の上下なのだが、だらしない着こなしとだらしない姿勢で安っぽく見える。
「涙のお頭、勘弁してくださいよ。そんな大声で言うと、みんなが心配するじゃないですか」
「団長と呼べっつうたろ。銭が無ぇのは皆んなが知ってんだよ、だいぶ前から皆んなして心配してんだよ。あたしゃ、こいつらを野盗にさせたくねぇんだよ。銭の心配はおめえの仕事だろ」
「いつの間にかそうなってましたねぇ」
「あぁあ?!」
「川上の村から、村を襲う山賊の討伐の話がありまして、報償は銀を七つ。村長と会ってみますか?」
「銀が七つじゃ、てんで足んねーだろがよ」
「山賊が持っている財宝は俺らのものっていう条件ですよ。まぁ、会うぐらい、いいじゃないですか。山賊はわりとしょぼいみたいですし」
「しょぼい山賊がどうやって財宝を貯め込むんだよ。だいたい山賊なんてのは、財宝があったらさっさと売っぱらって酒に変えて呑んじまうに決まってんだろがよ。畜生、しゃぁねぇなぁ会ってみるか。他にネタがねぇならその村のもめ事を片づけて小銭を稼いで、南に行く船賃にして、ショバを変るって手もある。南の連中もシブチンなんだが、まぁあっちの冬は過ごしやすいから」
「わかりました、そういうことで話しときます」
「双子も同席させよう、似てない双子。あいつら見栄えだけはいいから報償の交渉に押しが効くだろ。礼儀作法とかも知ってるしな、馬鹿だけど。鎧を磨くように言っとけよ、手伝いを付けていいからピカピカにな」
「お頭もちょっと化粧すれば――」
「あぁああ?!」
「わかりましたよ。明後日の昼頃にうちの居留地で合うって段取りでいいですね?」
「まかせた。客から見えるところだけはみんなで掃除するように言っとけよ。じゃあ、あたしは寝直すから朝練前に起こしてくれ、朝飯はいらない」
「また二日酔いですか。ほどほどにして下さいよね……」ヴァンはあきれ顔で、天幕に潜り込む団長に呼びかけた。