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第四部 過去と現在と夢と
光耀――ザ・クレイモアが瞼を開けると、そこは今までに見たことのない風景だった。
星の高さから地上を見下ろすとこういうふうに写るのかな、と思った。暗い世界は真夜中の静寂を持って、果ては暗闇しかなかった。
「ここは?」
「人の意識が集合する地点。スパイラル・ツリーよ。なぜ、仮想の夢世界がスパイラル界などと呼ばれているのか、これを見れば判るでしょう?」
隣にはミニスカ婦警のコスプレに身を包んだアテナが居た。ピンヒールや網タイツを履いた婦警など見たことがない。ブラウスの胸元は大きく開けられて、同じ色のベストでも隠し切れない膨らみはお堅いイメージを見事に払拭してくれていた。拳銃は持ってないが手錠と警棒は腰に在った。頭にある角の生えたティアラ型の通信機が似合っていない。そもそも、外部との通信や世界の状態を把握するのに必要とされる通信機――ゲミュートを頭部に装着する必要性が判らなかった。これは他のドリコンも同じで、皆が同様の通信機を頭部に装備していた。
彼らが立っているのは大きな樹の枝である。本当に大きくて、不安定な足場ということはない。寝転がって昼寝をしてもここから落下することは、よほど寝相が悪くない限り有り得ない。そんな枝がいたる所から伸びている大樹であった。そしてその幹に至っては、右回りに螺旋を描きながら高くそびえていた。垂直に見上げても天辺が見えないのだ。再び幹に視線を戻すと今度は左螺旋に変わっている。その意味を理解したクレイモアは銘記と忘却は等しいのだと知った。
スパイラル・ツリー中間辺りにいると思われる光耀は更に観察した。葉っぱのない寒々とした枝のさらに上には宇宙のように星空が広がっていて、ここが地球の風景を模したものなのだと安心した。
眼下には星の瞬きにも似た光が点滅を繰り返している。同じ所に明かりは付かず、消えてしまった光は戻っては来なかった。
「目が覚めて現実に戻れば、あの光は消えるわ。一つ一つの明かりが、人が見ている夢そのものなの。世界中の人々の夢はここで繋がっているのよ」
その不思議な光景に吸い込まれそうになった光耀は、グッと自我を呼び止めようとした。そうしなければ戻って来られなくなるような気がしたのだ。
大樹の表面でたくさんの何かが蠢いていた。よく見るとそれは芋虫に似た夢喰いであった。数え切れないほど無数にいて、スパイラル・ツリーを喰っていた。人間の夢世界に現れる時とは違い凶暴な様子はなく、必死に好物をかじる無害な虫に見えた。こいつらはここに生息していて、時折、人の夢世界を襲うのだろう。その理由は不明とされている。
「過去に行くなんてタイムトラベルは出来ない。次元的に不可能よ。でも、夢を通して過去の記憶を呼び起こすことはできる。逆に閉ざすことも。この寒い世界から私たちを救い出してくれたのが室井聡よ。夢の壁を突き破って、スパイラル・ツリーの根本に来た彼は、機械の身体で良ければ提供しようと言ってくれたわ。それが初の人工脳と呼ばれるアルカナシリーズの始まり。物質世界に召喚された私たちを研究して、そこから他の電脳たちが作られたの。問題は三次元の制約まで受けてしまうことかしら」
「……スケールがデカすぎてよく判らないんだが、ノーベル賞ものの大発言をしなかったか?アルカナシリーズはここが大元なのか?」
「大元っていう表現は適切ではないわね。私たちはここの管理者だったのよ。いつどうやって生まれたなんて知らないわ。でも、ずっと人々の夢を見守ってきたわ。楽しい夢、辛い夢、それらはその人の人生を見るに等しい事よ。未来はここにはないの。あるのは過去だけ。だから、寒いのよ」
ドリコンの開発者、室井聡がどうやってここに来ることができたのだろうか。
「究極の中二病だったからね。死ぬまで変わらなかったけど、自分には出来ると思い込んだのでしょうね。非常識までに強靭な意志力は彼をここに誘った」
遠くをみて呟いた。そこにはやはり宇宙があるのだ。直ぐ側に感じられながら、手を伸ばしても触れることの出来ない空間が広がっている。横顔にはこの世界への懐かしさよりも、大海に挑む冒険者の趣があった。
アルカナシリーズと書いて二十二の門番と読む。そう言ったのは室井若菜ではなかったか。では、彼女もアルカナシリーズを使いここにやって来たのだろうか。そして、同じような会話をした。他のドリコンで無線侵入を果たした所で、今のような説明を受けることは出来ないのだ。
「それはどうでしょうね。創業者の一族だから口頭で伝えられているのかも。そもそも門番たちの中でも私くらい人格と意識をはっきりと持っていたのは法皇の緑、太陽と世界、それから悪魔くらいね。ちょっと前に遭遇した恋人は人の夢を見て笑って浮かんでいるだけだったもの。スパイラル・ツリーのことなんて何も知らないと思うわ」
アテナが右手を差し出してきて開いたり閉じたりを繰り返した。意図を掴みかねて小首を傾げた。
「なんだ?」
「結帆って子の夢世界に潜入するのでしょう?まさか、スパイラル・ツリーを伝って降りるつもり?断言してもいいけど、下に着く頃にはお爺ちゃんになっちゃうわよ」
クスクスと笑う。細い指が幹の根っこにある光の一点を指した。そこには無数の輝きがある。結帆の夢、今はスパイラル界のターミナルもあそこに在るのだろう。
「まさかとは思うが……」
赤い髪の青年が顔を歪めるのは滑稽であり、それほどに情けなかった。見た目が偉丈夫なだけに、である。可笑しそうに笑うアテナは再び手を出して、
「私を信じて」とだけ言った。
「アテナ」
相棒の名を呼んで左手で握り返した。指と指が絡みあう。彼女の頭部にあるゲミュートが淡く発光した。それは彼女を包みクレイモアに伝わってきた。
合図はなかった。それでも二人は一秒も違えることなく同時に一歩を踏み出した。淀むこと無く枝の端まで行き、躊躇いもせずに宙に身を躍らせる。
こんな世界でも重力に引きつけられている最中に、クレイモアはたくさんの人々が見ている夢の輝きを刹那の内に通過した。砂時計の下方だけのような形をしている。渦巻きながら上に向かって細くタワーのようになっていた。点灯しては消えていくそれらを、アテナも見ているのだろう。ならば、不安などは皆無であった。
白い部屋である。
見慣れたものにはお馴染みである。しかし、結帆という女には初めて見る部屋であった。さきほど高校の頃の友だちの声がして説明は聞いた。噂話ていどになら聞いたことのある夢世界への入口となるターミナルである。危険はない。でも、いつここから出られるのか判らない。おまけに記憶探偵社のスタッフもまだ来ない。
端っこに座り膝を抱えて座っていた。彼女の肉体は室井若菜の家にあるパラダイスシートで寝ているはずである。彼氏に不評の歯ぎしりを若菜に聞かれないか心配だった。
忌々しい先週の金曜日。断片的に思い出してしまった記憶は、歓迎すべき事態ではない。過去に行けるのであれば、その日のバイトは仮病を使ってでも休むように伝えたかった。それでもこうして記憶探求を行う気になったのは、まだ思い出せていない箇所に望みを持っていたからだ。
殺風景な部屋に変化が訪れたのは、そう時間が経ってからではない。何も聞こえなかった静寂を打ち破ったのは、何かが飛んでくる飛行機のジェット音に似たものだった。空港の近くを通ると聞こえてくるあの音である。それがどんどん大きくなってきて、屋根を突き破って何者かが飛来してきた。
埃などは舞わなかった。瞼を閉ざすこともしなかった結帆は、床に到達する直前にふわりと身体が浮かんで止まった二人の姿を見た。あの落下の勢いで激突していれば、ペチャンコになっていただろう。見知らぬ男女であった
「こんにちは。記憶探偵社の夢案内人、クレイモアです。若菜さんの友達の志村結帆さんで間違いないでしょうか?」
「は、はい」
とんでもない登場の仕方をした夢案内人は平然と挨拶をしてきた。
「私は現地集合、現地解散至上主義、ドリコンの妖精、アテナよ。待たせちゃったわね。よろしく」
結帆は突然現れた二人を交互に見比べた。
田舎の不良かミュージシャンでなければ見掛けることのない赤毛の長髪である。体つきは逞しいが、衣装も黒皮のライダースーツと時代遅れもいいところだ。こんな姿で街を歩けば人が避けるだろう。日に焼けた身体は結帆の彼氏とは大違いだ。ドリコンの方がまだ一見マシかと思われたが、逆にこんな婦警では逮捕されたい男が群がるのではないだろうか。罪を告白する長蛇の列が出来そうだ。
この二次元的な格好を見てここが仮想空間であることを再認識できた結帆だった。現実ではこのファッションは有り得ない。
「ドリキャラっていうヤツですよね?」
「よくご存知で。現実世界ではちゃんと普通の姿ですよ」
「わ、私もそういう風にできますか?この仕事が終わって現実に戻って、もし、将来的にあなたと接点ができてしまった場合の為に。お互い気が付かないように」
「ええ、もちろん可能よ。その辺はすでに若菜が配慮してくれているわ。鏡もないから判らなかったのでしょうね。結帆さんもしっかりドリキャラよ」
「ええ、かなり痛いキャラですよ」
「え?」
自身を見下ろした。ジャラっという金属音が聞こえた。結帆は修道女の格好であった。純白のシスター服である。クレイモアが評した『痛い』とはロッカーが身に付けるようなアクセサリ類を体中に巻きつけられている点である。シルバーの鎖や髑髏は当たり前のようにあり、極めつけは金糸で刺繍された大きな逆十字架であった。
本人からは見えないが化粧もケバくて頭髪はピンクで逆立っていた。若菜の徹底した変装であるが、悪意すら疑ってしまう。
「これは!趣味悪い!」
驚いた結帆はそれっきり言葉を無くした。
「あなたの趣味ではないのは判ります。でも、その姿は現実のものとはかけ離れているのでしょう。気に入らなくても我慢してミッションに入りましょう」
こうしていても始まらない。システムを起動させる為に作業車は駐車場内でエンジンをアイドリングさせている。電力確保のためだ。近隣の住人からいつクレームが入るかわからないのだ。
アテナが手をかざして壁を撫でた。ただの白い壁に扉のようなものが現れた。そこから、過去の仮想世界に行くということだ。
ゴクリと唾を飲み込んだ結帆は小さく頷いた。
ミッション開始だ。
府中市内の駅前に近いファーストフード店がまず視界に入ってきた。
背後を振り返るとそこには扉があり、開け放たれた奥にはあの白い部屋も見えた。しかし、扉の裏側に回り込んでもドアは見えない。そこにあるはずなのに、ドアが向いている方向からしか見えないのだ。不思議だった。この世界を初めて訪れた者が行う儀式のようなものである。
だから、クレイモアとアテナは何も言わなかった。依頼者の気が済むまで待ってやった。その間にアテナは現在時刻を確認する。
「今はまだ八時半過ぎね。ということは、結帆さんはまだあそこで勤務中ということでいいのかしら。あのレジを打っている人がそうかしら?」
「雑誌と若菜からの情報を計算するとそうなるよな。近過去なのに俯瞰タイプか。珍しいな。顔には強力なモザイクを入れておいてくれよな。クライアントの意向だ」
判っているわよ。唇を尖らせた。言われなくてもそのくらいはするつもりだったのだ。
店舗の目の前にある銀杏並木。それに添って幾つか置かれたベンチに腰を降ろした二人である。ドアの見物を堪能した痛いシスター結帆もやってきてアテナの隣に座った。道行く人々から三人の姿は見えない。もし、彼らを認識していたら警察に通報されそうな面々であるのは間違いない。
「この日は私、遅刻したのよ。それで店長にちょっと怒られて苛ついていたの」
では、レジから見えなくなった夢世界の結帆は今、店長に叱られている頃だろうか。それを証明するように、厳つい顔をした結帆が着替えをして出て来た。若い肢体を剥き出しにしたワンピースだった。
「遅番の人たちに適当に挨拶をして駅に向かったわ」
ワンピース結帆はその言葉の通りに駅へと歩いて行く。途中、携帯を弄りだした。歩きながらの操作は人にぶつかったりして危ないのよ、そういう指摘はアテナからももたらされなかった。実際に通行人と肩が触れ合い謝っている。
鈴のチリーンという音が響いた。今の事も忘れていたのだろう。まずは一つクリアということだ。
府中駅が近づいて雑踏が大きくなった。
「本当にツイてない日だなって、缶コーヒーの空き缶を蹴り飛ばして……」
若菜が蹴った空き缶は乾いた音を立てて石畳を転がった。
鈴の音は鳴らない。その行為は重要なことだったが、忘却していたわけではないからだ。
不運だったのは中身がまだ残されていたことと、それがガラの悪そうな酔っぱらいの中年男性にかかってしまったことだった。男は「おいおい、姉ちゃん、なにしてくれるんだよ」などと凄んできた。
慌てた結帆は直ぐに謝ったが、近づいた酔っぱらいはその頬を張った。
「コーヒーくらいで女の子をぶつなんて最低ね」
冷静に言ったのはアテナだった。シスター結帆の顔は青ざめている。まるで、自分が今ぶたれたように右の頬を抑え震えていた。
唇に指を当てて相棒に黙れと指示したクレイモアである。
男はワンピースの結帆の腕を強引に引っ張って裏路地に連れ込む。泥酔しているのは見た目で判ぜられた。意識もあってないようなものだろう。目つきは凶暴な輝きを放っていた。
「ちょっと、何するのよ!コーヒーかけられたくらいで勘弁してよね!警察呼ぶわよ、おっさん!」
大声を張り上げて悪態をつく。周囲にいた他の通行人は面倒事に巻き込まれるのは嫌らしく、誰も助けに入ろうとはしない。激しく抵抗するが、暗い路地に面したビルとビルの間に連れ込まれたのを確認した。しばらく揉みあう声は聞こえてきたが、街の音の方が大きくてはっきりとは聞こえてこない。どういう状況になっているかは明白であった。乱暴されようとしているのだ。
「助ける?」
アテナが訊いた。迷ったのは数瞬にも充たない時間であった。
「……夢世界への介入行為は違法だ。過去そのものを変えてしまいパラドクスを引き起こすって……結帆さん!」
シスターは走り出していた。自分を助け出すつもりだろう。仕方なしに後を追い、その手を掴んだ。
「離して!」
女性に力負けするわけもないが、手荒な真似をするわけにもいかない。二人は少しずつ現場に接近してしまった。結帆はそこで押し倒されている自分をみた。その上から覆いかぶさるように男がいる。
絶望的な気持ちで見ていたに違いない。結帆はさらに激しくクレイモアの手を振り払おうとする。一刻も早く過去の自分を助けたい一心であっただろう。
その暴漢が何かに弾かれたように路地から吹き飛ばされた。揉みあうクレイモアと結帆の上空を飛び越える勢いだった。彼が地面に落下したとき、下半身はパンツ一枚を残していた。しかし、酷く狼狽しているのが判る。上体だけを起こして暗闇に居る何かを見ているのだ。
その正体は直ぐに判明する。暗い袋小路から堂々と姿を現したのは『夢壊し』のジ・エストックとアルカナシリーズの恋人、サクラであった。
前回見た時と同じ白いセクシーバニーにピエロの仮面と、魔女をイメージしたロングドレスという衣装である。どうやらアテナの方がそういうことに拘りを持っているようだ。その背後からワンピース結帆が走り出して逃げた。破られた箇所もあるが無事なようだ。間一髪のところをエストックに救助されたのだろう。
「そうよ、私はレイプなんかされていない。危なかったけどなんとか逃げ出したのよ」
逃亡した自分を見つめて呟き、シスター結帆の身体が透明になっていく。
事実はどうか判らない。しかし、記憶を再現するこの世界でそうなってしまった。これが正しい過去として結帆に認識されたのだ。
クレイモアがしっかり掴んでいた手もすり抜け、彼女は虚ろな存在となり浮遊し、もう一人の自分を追いかけた。少し先でそれらが重なったのが見えた。二つは一つに戻ったのだ。しかし、その先で殺人現場に遭遇することになる。本当に不幸な娘だ。
立ちはだかるのはジ・エストックであった。彼女は艶やかに立っていた。相棒のサクラもマスターへの信頼か、手を出すつもりはないようで離れた所で腕を組んで怪しく微笑んでいる。
「がっかりだわ。君なら過去を変えることになっても、彼女を助けてくれると思っていたのに」
「そんなことはしない。しちゃいけないんだ。過去は過去だ。すでに起こってしまったことは、どんなことが在っても変えられない!受け止めるしかない」
「変えてはいないわ。あの子はここで犯されたのかもしれない。その事実は不動のものだわ。でも、記憶は消せる。何もなかったように生活を続けていくためには不要な記憶よ」
ただの消去ではない。すでに起こった出来事をすり替えるというのだから。確かに消し去りたい記憶を持つ者にとっては有難いだろう。
「それでも忘れたいことや大事なことも全てを引っ括めるのが過去だ。お前がしたのは自己満足にすぎない」
「辛いだけの記憶ならばなくなってしまえばいいと思わない?」
どこかで耳にしたような言葉だったが思い出せなかった。
「君が言っていることもただの偽善なのよ。世界のバランスを取るために個人を犠牲にしようとした。この程度で壊れるような世界ではないわ。宇宙もこの星も君が思っている以上に大きくて、優しくてしっかりとした存在なんだから。多少の介入ではパラドクスは起きない。全ては科学者が導き出した狂言に等しい仮定の領域を出ないことよ。そして、ここにはもう一つ消さなければならないものが在るわ」
助走をつけてクレイモアに襲いかかる。鋭い手刀を片手で受け止めたクレイモアの眉間を逆の肘で打つ。後頭部まで突き抜ける痛覚は生身と同じだった。違うのはエストックの筋力だろう。ドリコンによってかなりの強化をされていると思われた。この速度と筋力はファイターモードだろう。
痛みで動きが止まった。腹部に長い足を串刺しにする勢いで繰り出してきた。さすがに耐え切れずに吹き飛びアスファルトを転がった。
「手も足も出ないとはこのことね」
冷え冷えとした言葉は相棒から掛けられた。
「少しは抵抗したら?手伝いましょうか」
「……結帆のトレースはできているのか?」
全然、違う事を返した。アテナが頷いたことを視界の隅に捉えたクレイモアは、衣服の埃を叩いて落とす仕草をした。
「そっか。ならいい。追うぞ!こいつらと戦っても何にもならない」
「ここでの戦闘に意味はない?」
訝しむような顔をしたアテナである。
「私たちには邪魔をして欲しくないという理由はあるけどね」
いつからだろうか。彼女の相棒サクラが呆けている酔っぱらいの首を締めている。手に力は入っていない。掌から静電気のようなものが流れているのを視認できた。何をしようとしているのか、すぐに判ったアテナが叫んだ。
「記憶削除!それは止めなさい!」
「いいえ、彼女はこの先も平和に暮らすのでしょう。でも、この男の中にあの子を蹂躙したかも、という記憶を残しておくわけにはいかないのよ。この先、結帆とこの男が接触しないとも限らない。その事が切っ掛けとなって改ざんされた記憶が修正されないとも言い切れないのよ」
掲げられた手を振り落とす。素っ気ない細長い槍が握られていた。ただの棒のようにも見える。もし妨害するなら、今度は痛いだけでは済まなくなる、という警告だ。
「記憶の削除。でも、ここには居ないおっさんの意識を操作するなんて出来るのか?」
「外に在るスパイラル・ツリーの根本にはたくさんの夢世界があったでしょう?ツリーを通じてあの男性の夢を待ち伏せするのよ。眠りについて夢を見始めたら、修正された記憶を植え付けるの。ツリーに頼めば可能だけど、サクラの癖にそんな事まで出来るようになったのね。生意気よ」
会話を聞いていたサクラが口を開く。
「そうよ。番人としての能力はあなたや悪魔には遠く及ばないけど、三次元でドリコン本体を改造、強化することで穴埋めすることができたわ」
「中古の寄せ集めでしかないあなたに、私のサクラは負けない」
「だ、誰が中古の寄せ集めよ!」
感情的に言い返すアテナを放っておいてクレイモアは少し考えた。エストックの正体が誰か判ってきたのだ。彼女がパラドクスは起きないと明言する以上はそうなのだろう。信じることにした。
「俺たちは結帆を追うぞ!」
再度、同じ指示を出した。
「黙って引き下がるというの?」
「だが、俺の相棒を中古呼ばわりしたことは仕返しするからな!」
「停止現象が始まっているわ。急いだ方がいいわよ」
長槍の構えを解いて、エストックは道を譲ったが、油断ならないクレイモアとパートナーである。警戒はそのままだった。
二人は住宅街に向かって消えていった。府中市とはいえ、栄えているのは駅周辺だけで、少し離れただけで住宅が並ぶ景色に変わるのである。
「余計なことを言って刺激しないでもらえる?」
作業を続けるサクラがマスターを注意した。これが済んだら戻ろうと考えていたのに、約束が一つ出来てしまった。白黒はっきりつけないと落ち着かない性格である。挑んでくる者は返り討ちにしなければ気が済まない。
「だって、あいつ全くやる気にならないんだもん。もう少し頑張ってもらわないと退屈じゃない?さっきだって、ただ殴られていただけ」
「そうね、アテナの鼻を明かしてやれるなら、それは面白いかも。死神を見ているとどうしても悪魔を思い出しちゃうのよ。二人は仲が良かったから」
「ふうん、悪魔は嫌いだったの?」
「あんないじめっ子、大嫌いよ!」
いつになく力を込めたサクラだ。
記憶削除。というよりこの場合は操作であるが、これを行うには時間が掛かる。記憶とは本来が焼き付けである。とはいえ銘記されたものを無かったことにして、新しい別の思い出として上書きするのだから困難を極める。
酔っ払ったこの男性には、少女が蹴った空き缶の中身がズボンの裾にかかっていない、とするのだ。その原理がどうなっているかエストックは知らない。彼女が知るのは一部のアルカナシリーズが可能とする、ということだけである。
それを遠隔でさらに時限式に発動させようというのだ。無論、精密作業となる。あの二人が退いてくれて助かったと思っていた。死神アテナの能力を侮ってはいない。
恋人サクラの作業が終わって男性を地面に寝転がせた。しばらくすると停止現象が解消されて街が動き出す。随分と時間が掛かったが、結帆に追いついたのだろうか。どちらにしても殺人現場の番地まで調べてあるのだから、そこに直接向かえばいいのだ。
サクラによる操作が終わり、仰向けで気絶した男性の腹に踵を落としたのはエストックだった。
「この顔を記録しておいて。ろくな人間じゃないでしょうけど、犯罪歴を調べるわ。再犯の可能性もある」
「働き者ね」
それでも逆らわずにサクラは男の顔に掌を押し当てた。それが記録するということだ。現実世界に戻ったらドリコンを介してプリントすればいい。ここでの用事は済んだ。詰まらない約束のために歩き出す。
その遥か上空、星空に穴が開いていたのをエストックは確認した。
「カオスライトだったわね。長居するとあいつらが来ると思っていたわ」
「……夢喰い。すでに入り込まれているわ」
二人は走り出した。少し急いだ方がいいかもしれないと思ったのだ。
周辺の何もかもが停止したことで、我に帰った結帆は立ち止り、右手に在ったコンビニのガラスに写る姿を見た。シスター服ではなくてワンピースだった。顔の輪郭もはっきりとしていてボカシが消えていた。かなり汚れてしまったが、あのおっさんからはちゃんと逃亡することができたのだ。
後は殺人現場を目撃してその顔を確認するだけだ。
道路の反対側にある民家の壁に背中を押し付けて力無く笑った。
「とんでもなくツイてない日だったのね」
今更ながらに実感した。コンビニの客は少なくて誰も動いていない。時間が停止して世界には自分一人だけ取り残されたような錯覚を覚える。足音が近づいてきた時は素直に嬉しかった。それがドリキャラの二人だと知ったら尚の事だった。
「探偵さん!」
「良かった。無事だったんですね。今起きているのは停止現象と言いまして……」
「まだ私の中に思い出せていない部分があるということね?」
「その通りですわ」
「あの女性二人組は仲間なの?」
「偶然居合わせただけの同業者のようですわ。我々よりも先にあなたを助けだすなんて、仕事を奪われた気持ちがしましたよ」
夢世界でも頭の回転が弱いクレイモアに代わって言い訳をした。そう言っておいた方が都合はいい。クレイモアには彼女を助ける意思はなかったからだ。同業者がたまたま結帆の夢世界にいることなんて、あってはならない事実である。そこは素人である。深く詮索してきたりはしなかった。
アテナが施した強力モザイクが消えているのに気がついたが、それはもう不要だろう。彼女は強姦されたわけではないのだから。ここで変に気を利かせて、またモザイクを入れて勘ぐられては堪らない。
「私と私が融合したのはどういうことかしら」
「現実を受け止めきれずに、分裂していたのでしょうね。記憶が戻らないまま何も手段を講じなければ、本当に精神が引き裂かれていたかも知れないわ」
色っぽい婦警さんがとても明快に説明してくれた。その危険性を理解できたわけではないが、とりあえず心配無さそうな感じだったので安心した。
「このコンビニに来た覚えはありますか?」
クレイモアに言われて結帆は背後で営業中のコンビニを食い入るように見つめて、
「ここに逃げ込もうとして、自動ドアから男性が出て来たのよ。ぶつかって驚いて逃げちゃったわ」
「中に入らずに?」
「そうよ。向こう側にね」
更に駅とは反対側である。現場が近づいていたが、時間は動かなかった。
「未だあるのかしら?思い出せないわ」
「その展開だと、驚いて転んだとかかしら。他には遠くから何かの音が聞こえて。その事を忘れていたりすると、キーアクションに選択されているかも知れないわね」
経験上、助言できることをアテナが示唆した。その間、考え込んでいたクレイモアが唐突に口を開いて相棒に話し掛けた。
「ここから殺人現場まで何分だ?」
「そうね。走っていけば五分ちょっとじゃないかしら?あ!」
エストックによって実際より早く開放された結帆である。あの裏路地からも全力に近い速度で移動したとすれば、ここではまだその時間になっていないということになる。予測で十三分を残している。
店舗入口で結帆とぶつかることになる男性はまだ買い物中か、もしくはこれから来店して短い買い物をするのか。
「店内を覗いてもらっていいですか。あなたと接触した男性はいますか?」
閑散とした雑誌コーナーの外側から背伸びをして店内を見ると、居たわ!と声を上げた。
「あのちょび髭の若い人!背の高いサラリーマン風の人よ!間違いないわ」
背が高いといってもクレイモアよりは低い男性が飲料水の棚のドアを開けては閉めるという事を繰り返していた。
「もしかして、時間が来るまでああしているつもりなのか?」
「動いているのが彼だけならばそういうことでしょうね」
「どういうこと?」
質問されたことに対してすぐに返答できなかった。あの暴漢から実際より早く救出されたなどとは口が裂けても言ってはならない。今となってはであるが、それでも躊躇われた。普通のコンピュータを超える超々高速演算能力を有するアテナは、当身を食らわせて昏倒させる選択肢を導き出した。その手が動こうとした。
「あんたのせいだよ」
「え?」
アテナと結帆は同時にクレイモアを見た。
「あの現場から俺たちとはぐれた後、ここまで真っ直ぐに来たんだろう?それが違っていたんだろう。過去のあんたはきっと逃げ惑い右往左往しながら、時には擦れ違う人を隠れてやり過ごして、やっとの思いでここに来たんだと思う。実際よりも早くここに到着してしまったんだ。途中にキーアクションが無くて良かったと心底思うよ。あんたの居場所はアテナがトレースしていたから探す苦労は無かった。行動をそのまま行なってもらわないと困りますよ」
勢いだけのデマカセであった。が、筋は通っているとアテナは判断した。少なくとも素人が口を挟むような箇所はない。
「そうなんですか!ごめんなさい!」
形だけかもしれないが、慌てて謝る結帆だった。納得してくれればそれでいいのだ、と胸を張ったクレイモアである。アテナは空を見上げていた。ゲミュートが光沢を増している。現実世界に居る健太郎と通信しているのだ。駐車場でのアイドリングにクレームが入ったのかと冷々した。
「どうかしたのか?」
「この世界の安定レベルは八七%。それはとても高い数値よ。でも、実は属性がカオスライトだったのよ。この夢の主である結帆さんなんてアイツらの好物でしょうね!出来れば早めに済ませてしまいたかったわ」
「夢喰いか!ステイタスがマズイなら先に言ってくれよ」
空の一部が渦巻いた。外部から侵入しようとする『夢喰い』の集団である。ここからだと尾を引く白っぽい湯気のように見える。密集しているからこうして見ることができるのだが、肉眼で見るにはまだ遠く離れている。
「夢喰いに視力はないわ。結帆さんや私たちを探り当てるには鼻を利かせるしかない!あの男性が店を出ると思われる時間まで後五分強!」
侵入を果たした夢喰いたちは四方に飛び散った。結帆を捜索するためだ。
「どういうこと?」
「眠り姫の話は聞いたことがあるかしら?お伽話ではなくて病気の症状の方よ」
中世から確認されている原因不明の難病である。普段通り眠りについたはずの人が、寿命がくるまで起き上がることもなく眠り続ける症状だ。昔、世界の七不思議を特集したテレビ番組を見て知っていたので結帆は頷いた。
「夢世界は他の干渉を受けないわけではないのよ。夢の共通作用ということもあるわ。その眠り姫症候群なんて呼ばれているのは脆弱な夢世界があいつらに食い荒らされて、元に戻れなくなった人たちのことを言うのよ」
「そ、それってつまり私が狙い?」
「精神的に弱っていたんだな。あいつらは本来、夢世界に入り込む力なんかないはずなんだ」
「そうよ!スパイラル・ツリーだけ漁っていればいいのよ!」
「時間まで粘るぞ!アテナ、結界を頼む。俺たちを信じて従ってください」
コンビニの外にあるゴミ箱ら辺にクライアントを座らせたクレイモアは、その前に配置したアテナから武装を受け取った。長剣と大盾である。アテナがリングを編み込んだ不思議な球体を広げていく。それは何本も出現してコンビニを包み込んで停止した。
「光輪連鎖。この結界の中に入れば安全よ。時間が来て、店の中からあの人が出て来たら、全力でぶちかましてちょうだい。どすこいって感じで!」
「判ったわ!」
「いや、そこは忠実に再現してくれ。アイツらこっちに気がつくかな?」
「それは運次第と言いたいわね。夢喰いの侵入はエストックたちも把握しているだろうし、この光輪も見えているはずよ!」
気が向けば救援に駆けつけてくれるだろうと示唆した。とても、有難い増援である。
「あ、この日の私、運勢は最悪よ」
依頼人が告白してきた。
それを証明するように夢喰いの幾つかの集団が一直線に急接近してきた。一匹に発見されることは、全体へのそれと同義である。こいつらは意識を集団で通わせているのだ。いざとなれば強制終了を発動させればいい。しかし、食い荒らされた夢世界への再訪は不可能となる。記憶は永遠に失われるのだ。
それにロストミッションとなれば社長に合わせる顔がない。無断で仕事をしている以上は成果を残したい。
長剣と大盾を構えて光輪連鎖の外側に出たクレイモアは『夢喰い』の姿を見た。
スパイラル・ツリーにいた時とは違い、小さい牙を剥いて涎を垂らしている。眼球はないが、閉じられた眼高がある。昔は瞳があったのだろうか。茶色い全身は大きな虫のようであるが、節々をくねらせて飛行する昆虫など存在しない。四十センチ程度の単独では脅威ともいえない。しかし、一集団だけでも百匹は居る。その全てを倒すとなると気の遠くなる話だった。
「同調率を上げてくれ!ファイターを全開放で頼む。プリーストとソーサラーはスタンバイ状態で待機!コマンド切り替えは俺に任せろ!お前はクライアントとミッション達成に全力を注げ!」
「了解よ。ファイター開放。バーサク状態にならないように注意してね。ファイターが全開放だとプリとソーサが使えないからそれも忘れずに。今度、実戦シミュレーションをしましょうね」
ドリコンが夢世界においてマスターに付与できる能力は大まかに分けて四つある。まずはスタンダードといえるファイターである。肉弾戦を得意とし筋力強化、加速、回復力上昇などがその最たるものである。アテナであればさらに細分化されたサポートも同時に発動させることができる。
毒や沈黙。誘惑に睡眠、石化や呪縛を無効にし、地水火風の各種属性攻撃の半減、物理的攻撃と魔術的攻撃への耐性強化などである。反面、知力が極端に低下し狂戦士状態となり手がつけられない可能性が出てくる。
次は今アテナが展開させている光輪連鎖のような後方支援を役目とするプリーストである。これは主に目標達成を目指し発動させる能力で、何故か夢世界に存在する様々なトラップを回避することに使われる。アテナが作り出す安定した世界であればその心配は低いのだが、それでも全く無いわけではない。いきなり爆発する床や壁、猛毒雲などから自身とクライアントを守る大事なスキルだ。
ソーサラーは火炎や冷却、爆破といった自然現象を引き起こすことができる万能型である。だが、現象を具現化するのにタイムロスがあり、使いところが難しい。クレイモアのようにその状況に応じて各モードを使い分けるのが理想だが、モードチェンジも刹那とはいかず、ドリコンの性能に左右される。
四つ目はキングズ・スキルと呼ばれる『強制終了』、『強制帰還』や『世界索敵』、『幻獣召喚』といったドリコンに頼ることが大きいものである。
どの能力をどれほどの割合で配分するかはマスター次第となるが、今回、クレイモアが指定したのはファイターで、その選択肢から彼は一人で戦うつもりなのだと知れた。
「戦うことが仕事じゃない!来るぞ!」
空飛ぶ芋虫が押し寄せて来た。
噛み付く、食らいつく、飲み込む以外のパターンを持たない食欲に支配された『夢喰い』どもは、まずはクレイモアに襲いかかった。光輪連鎖の外側に居る餌が彼だけだったので当然だった。
視覚を有さない嗅覚のみでの行動は緩慢であったが、仲間が倒された地点に集中的に群がる。そこに餌があると認識してしまうのだ。クレイモアはすでに三匹を長剣で斬り裂いた。その彼が居る場所を目掛けて他が集まる。
左手から急襲する二匹に大盾をぶち当てて粉砕した。
水がたっぷり入った風船のようにそれだけではじけ飛ぶ弱々しい連中である。だが、その数はどんなに倒しても増えることあるが減る様子はない。活動を停止した奴らは細かい粒子となり死体も残さないから、何匹倒したかを数えることは難事だった。どちらにしてもスコアに興味のないクレイモアは時間が訪れるのを我慢強く待った。
光輪連鎖の内側にいたアテナたちにも夢喰いは迫っていた。
空を見上げると結界に阻まれて侵入することはできない夢喰いが、それでも群がることを止めずに押し寄せていた。
アテナが展開させた光輪連鎖も絶対の防御壁ではない。超高速で回転する鎖の隙間からたまたま入り込めた夢喰いは、とくに美味しそうな匂いを嗅ぎつけて襲いかかった。この夢世界の主である志村結帆に向かって。
そのうちの一匹が爆砕した。
夢喰いへと指を伸ばしたアテナが隣にいる。彼女は両手の人差し指で奴らを指した。その指先に電気のようなモノが走り集約されていく。それが何の前触れもなく放たれて夢喰いを倒していく。連射される雷球はしばらく続いたが、すぐに終わることになる。結界内部に侵入した夢喰いを駆逐したからだ。
「私たちドリコンはプリーストとソーサラーのスキルを使うウイザードなのよ」
説明は短かった。それが何を意味するのかを尋ねる前に、結帆は叫んだ。
「あのちょび髭のおっさんがレジで会計をしているわ!もう少しよ」
声は前線で戦うクレイモアにも届いたであろうか。すぐそこに居るはずなのに、敵に囲まれていて姿は見えるが無事かどうかを確認できなかった。
「仕方ないわね。エネルギー消費が大きいからやりたくはないのだけれど」
愚痴を零したアテナは両腕を頭上に掲げた。結帆からは見えないが、光輪連鎖の外側、その頂点にコンビニよりも大きな火球が現れていた。それはグルグル回転しながら、雪原を押される雪だるまのように肥大化していく。赤く燃え上がるそれは、太陽の表面で起こる爆発現象、フレアまで模した。
「燃え尽きなさい。太陽破斬!」
言葉が発せられた瞬間、爆発した火球によって世界は昼間の明かりを取り戻した。
振動も轟も光輪連鎖の内側に伝わり、結帆は驚いて目を閉じた。そうしなければ目を焼かれると思ったのだ。
ドリコンだけが使えるソーサラースキルの奥義と呼ばれるものの一つである。極小の太陽の爆破は狭い夢世界――先日の飛行機内など――ならば、まるまる破壊しかねない威力を持っているとされる。その範囲を狭めることが出来ない上に、制御が難しく下手をすれば自身はおろか依頼人やマスターまで蒸発させてしまう。優秀な性能を誇るアテナであればそのような心配は無用だ。今回も光輪連鎖の頂点を底辺とした半径状に向かって爆発を誘導したのだ。無論、それより下にいるクレイモアに被害がでないように。
上空に居た夢喰い達はその数を大幅に減じた。奴らの仲間が集結してくる前にシーンを動かしてここを離れたかった。
結帆はコンビニの出入り口の前に移動して、問題のおっさんが出てくるのを待ち構えていた。これがキーアクションであればシーンは次に進むことができるのである。
小銭を受け取ったちょび髭の男性は自動ドアから出て来た。その瞬間、結帆は男に向かって走り出した。肩が男性の胸板に衝突する寸前に急停止する。確か、そうしたはずだったのだ。
「あ、ごめんなさい」
結帆は謝罪を口にした。そこまでは覚えていた。
「いいや、いいんだよ、ハニー。こんな夜中に一人歩きは感心しないな。是非、君を自宅まで送る役目を僕に与えてもらえないかい?」
そうだった。何故か無性に腹の立つキザな台詞を吐かれたのだ。男の靴のつま先を踏んづけてやった。痛がる男性を振り向かずに別方向へと走った。
つま先を踏んだ時に鈴の音を聞いたアテナは、これがキーアクションだったのかと納得した。結界の外に出ようとする結帆を止めずに隣に並んだ。
「光耀!次に行くわよ!」
「押忍!ここは拙者に任せてくだされ!」
口調も言葉使いも変わっている。危惧していた事態になった。バーサク状態に突入していたのだ。戦闘力はかなり向上しているはずなので、彼自身は大丈夫だろう。敵が減ってきてアドレナリンの分泌がおさまれば、自然と元に戻る。もし、その状態のままになったとしても最低限の知能も残されているだろうから、こちらを追尾してくるだろう。
移動可能な小規模の光輪連鎖を展開させて、その中に結帆を迎え入れて移動した。規模が収縮した分、鎖の密度は上がった。これならば全長四〇センチほどの夢喰いの侵入を許すことはない。
「あのおっさんの足、何ともなっていないかな」
「爪くらいは割れたかもね。あんな台詞を口にする方が悪いのよ」
彼女に非はないと言い切った。道案案内は結帆がしなければならない。殺人事件の現場に直行しても、その途中にあるキーアクションを無視しては無駄足となる。
「俺的必殺!メテオ・ボール!」
バーサク状態となったクレイモアが常人離れした跳躍力で宙に浮かび、自身を灼熱の炎に包ませて電柱を蹴りつける。小さな集団の夢喰いに突進した。逃げることはこいつらの頭にはない。攻撃と防御を一体とした隕石はアスファルトを抉った。爆ぜる煙の中からは凶悪な人相をしたクレイモアが出て来た。狂戦士化している今は人間らしい表情は望めない。
飛んでくる三匹に盾をブーメランの要領で投げつけた。しかし、このブーメランは凄まじい回転で敵を粉砕してから戻ってくることはなかった。予想外であったらしく、険しい顔で長剣を両手で握り直した。
「俺的必殺!ウルトラ・タイフーン!」
今度は踵を視点として回転を始めた。剣の先端は赤い炎があり、そいつが推進に拍車をかけている。赤い竜巻となったクレイモアに食らいつこうとする夢喰いたちは、飛びかかった順番通りに滅殺されることになった。竜巻は加速を増していき、ついに重力から開放された。超回転は浮力を得るほどになったのだ。その引力は周囲に居た昆虫どもを引き込んだ。彼自身が重力の塊になったのだ。
「ウルトラ・タイフーンでござる!」
竜巻の中からクレイモアの声がした。まだ力を込め続けているのだろう。
高さはすでに民家ほどに達した頃、多くの夢喰いを引っ張りこんだクレイモアが叫んだ。
「俺的必殺!タイフーン・メテオ・スマッシュ!」
彼は回転を落とすこと無く、反転しアスファルトを目指した。先ほどとは明らかに一線を引く破壊力は民家の壁まで砕いて、爆炎を解き放った。夢世界とはいえ、とんでもない破壊行為である。しかし、もう彼の周りには夢喰いはいなかった。
「拙者の勝利でござる!」
剣を頭上へと高く突き刺すように勝ち誇ったクレイモアであった。
彼女たちは住宅街を走った。追撃してくる夢喰いは数こそ少ないが、いつ仲間を呼び寄せてくるか知れたものではない。正確な射撃で撃ち落としていくアテナであるが、焼け石に水ね、と呟いていた。
「ええっと、あの十字路を左に曲がったわ。車が正面から来て右に曲がったから、私は逆に行ったの。探偵さん大丈夫かな?」
指示を出しながらクレイモアの心配をする結帆に、
「平気じゃない?俺的必殺スキルもあるから」
「なんですか、それ?」
「ふふ、マスターが持つ必殺技よ。そのまんまね」
説明通りに白いセダンが見えた。車は右にウインカーを出して右折した。ドライバーが少しだけ結帆を確認した。事実として過去でもそうしたのだろう。それを彼女が覚えていたから再現された。二人が左に曲がった時、また鈴が鳴った。
そこは古いアパートが幾つもある一角であった。
敷地を区切る壁などはない。木造アパートと鉄筋製のマンションの間が現場だった。事前に入手した情報でもそうなっている。日付が変わった頃にそこで死体が発見されて通報された。しかし、殺人現場はまだ現れていない。まだクリアしていない事項があるのだ。
「どういうこと?もう何も思い出せないよ!」
発狂しそうな結帆は頭を抱えて訴えた。冷静な観察眼を発揮したアテナはそろそろ潮時かしらね、と考えていた。
クレイモアが合流してくるならばターミナルへの『強制帰還』、もしそれが不可能ならば『強制終了』を選択する。こうして過去の情景を再現しても思い出せないものは仕方ない。ここで粘り危険度を引き上げるよりも、撤退を選ぶべきだった。夢喰いは彼女一人の手に余る数になっていたからだ。上には夏の入道雲のように集結しつつある、黒くおさまることのない食欲に突き動かされた昆虫たちである。奴らはこっちが動かないことを不審になど思っていない。ただ、光輪連鎖が途切れるのを待っているのだ。様子見のために数匹が接近してきてアテナに撃たれる。こうしてスキルを発動していられるのは後何分だろうか。機械とはいえ、この世界では限界もあるのだ。人間のように。
相棒のことを考えた。忠告したのにも関わらず戦闘にのめり込み狂戦士となった馬鹿のことだ。彼ならばこういう事態でどのような希望を見出すのであろうか。
「結帆さん、落ち着いて考えましょう。あなたにはこの場で欠落しているメモリがあって、それはなんともない小さな事なのかも知れない。重大なことほど強く刻まれて記憶に残るわ。でも、そうではない、他愛の無い記録にまみれてあなたたち人間は生きてきた。それこそが日常というものでしょう。あなたはここまで走って逃げてきた。足は疲れて棒のようになり、呼吸も乱れて激しく酸素を求めている。でも、その状況で何かが起こったのは事実なのよ」
座り込んだ結帆は目を見開いた。何の変哲もない思い出。それならば一つ確かに在ったような気がした。震える指でまったく関係のない古びたアパートを指した。
「あの部屋の明かりが消えたわ。……それで、あれ?ここはどこだろうって周囲を見渡して……。車のクラクションが派手に轟いたわ」
水色のアパートにある二階部分の電気が消された。それから足を止めたことになる。ダンプカーの野太いクラクションが長く鳴り響いた。その方角を見た結帆は建物と建物の間にある狭い路地に人が居るのを発見することになる。その影は確かにあった。さきほどまで何もなかった空間に突如として現れたのだ。
一際大きな鈴が鳴り、結帆の膝の上に黒い鍵が落ちてきた。生足の太腿に冷たく触れたそれを手に取った。後はこれを差し込む鍵穴である。
「あそこにあるわ」
顎でアテナが示したのは殺人犯と思われる男性の顔面にあった。顔の輪郭ははっきりしているのに、眼や鼻、口は何もない。カカシのようなものだった。その眉間に穴はあった。
「それを差し込んで右に回せば記憶を取り戻せるわ」
肩を優しく抱いて促した。
「でも、左に回せば永遠に忘れることができる。これに纏わる全てを完全に消去できるのよ」
「思い出したいと祈るのは人間、忘れたいと願うのも人間なのよ。あなたはどちらを選ぶの?」
無数の夢喰いを打倒して登場したのはエストックとサクラである。
この『夢壊し』は両手に長大な鞭を持って次々と夢喰いを撃ち落としていく。攻撃は最大の防御という諺を地で行く戦闘力に任せた強行軍だった。双方に握られた鞭はまるで意思を持っているかのように、自由自在に動くのだ。エストックはただそこにいるだけでいい。
「シンクロではなくフュージョンというわけね。下手をすれば元に戻れなくなるわよ」
歩いているのはエストックだけで、サクラはマスターにおんぶされている。その足は胴鎧のようにエストックに絡みつき、腕は鞭となり伸びてマスターに握られていた。同調率を上げるのではなく、仮想空間での肉体を融合させることによって得られるキングズ・スキルであった。
「最新機に負けない部品で強化してあるサクラと私なら、分離ができなくなるようなヘマはしないわ。どうするの?記憶を呼び戻すのか封じるのか。決めるのはあなたよ」
道路から暗闇に歩を進める結帆の顔には苦渋が広がっている。殺人現場を目撃した記憶などいらないはずである。こんなものは心地よい睡眠を妨げるだけで要らないものだ。
鍵を持つ手が震えている。世界は停止現象になり、犯罪者は結帆に姿を見つかって驚いている姿勢で止まっていた。襲い来る夢喰いはエストックによって倒されつつある。アテナも結界を少し広げて、夢喰いが襲い易いようにしてやった。エストックへの援護のつもりである。
「もう時間はないわよ。早く決めなさい」
狙いが定まらず鍵穴にキーを挿入するのに手間取ったが、結帆はキーを持つ手に力を込めた。右へと回し回復か、左に回して忘却を選ぶのか。瞼を閉じて祈るように唇を噛んだ。
「逃げるな!過去はすでに起きてしまったものだ!良い事も嫌な事も全てがあんたの大切な過去であり人生を成すんだ!目を背けるな。刮目してキーを回せ!」
大音声は追いついてきたクレイモアである。あの場に居た夢喰いを全滅させ、バーサク状態は解除されている。大盾は無く剣を肩に担いで、今度はこの場所にいる夢喰いを討伐し始める。疲れというものを知らない剣風は衰えていない。
その言葉、その必死な姿に感化されたわけではない。少しばかり勇気を分けてもらっただけだ。
結帆は目を開いてキーを回した。右側に。
ガッチャンという解錠された音は夢喰いの奇声をも打ち消して、鼓膜まで届いた。
殺人犯の顔が顕になる。
どこにでも居そうな平凡な男である。どちらかというと真面目な会社務めをしていそうだった。七三分けの頭髪は黒いが少し白いものがあった。眉毛も手入れなどはされていない。白くもなく黒くもない肌は赤く、アルコールが入っているのかもしれない。
その男は結帆を見据えたまま止まっている。手には凶器となる包丁があった。真正面には殺人犯と同じ世代の男性が腹から血を流し倒れている。力が抜け落ちていた。この時、すでに死んでいたのだ。二人共、血に塗れているという点では共通していた。その顔をじっくり観察し瞼に焼き付ける。
「確かに覚えたわ。これなら似顔絵をかける。写真みたいに正確なやつをね」
「以上を持ってミッションはクリアとなります。ターミナルへの移動帰還は困難なため、強制帰還を発動するわよ。こっちにいらっしゃい」
手招きに応じたのはクレイモアで『夢壊し』の二人は、見事に分離しサクラが素早く結界を張った。光輪連鎖である。
「またどこかの夢世界でお会いしましょう。クレイモア君」
サクラのゲミュートが発光した。言葉を残してその姿を包み込む光は二人を上空へと押し上げ、夢世界の壁を突破して消えてしまった。ターミナルから正規のルートで入り込んだわけではない。現実世界への帰還方法は彼女たち独自のものなのだろう。
「私に掴まっていてね。強制帰還、発動!」
艶かしいい婦警にしがみついた二人は、やはりゲミュートが放つ光に包まれてその場から消えた。
目を開けた結帆が見たのは白い部屋だった。
「勝手に仕事を行うには三十年早い!成功したから良いものの、不成功だったら一体どうなっていたことか!お前たちは会社を潰すつもりか!」
諏訪八雲の手品営業から戻ってきた水曜日が開けた翌日、木曜日の夕方である。
社長の和田一学が部下である光耀と健太郎に、力の限り怒声を浴びせていたのは三十分も前になる。こめかみに血管を浮かせての説教は長く日付が変わっても続きそうだった。
その最中に関係者ということでやってきたクロスラインビル株式会社社長、室井高志は孫の若菜とその友だちという結帆を連れていた。
「今回の件では孫の無理を聞き入れてくださって、まことにありがとうございました。こちらにも御社のスタッフの方にも怪我などがなくて安心いたしました!」
安物のソファーに腰掛けた高志の開口一番がこれであった。深々と頭を下げオバちゃんが煎れてくれた安物のお茶を啜った。
「……急な仕事というのはいつ入るかわかりませんからな。私も多忙な身の上なので、そうした時のために社員教育は日々実施しております。その成果を今回見ることができて嬉しく思っております」
先程までの剣幕はどこへ行ったのか。にこやかに対応している。長い物に巻かれる典型的な性格だった。独断を容認するかのような発言を聞いて胸を撫で下ろした光耀と健太郎である。
「あ、仕事といえばギャラはどうなったんですか?」
「こら!八雲!金の話とは意地汚いぞ!すみませんね、京都の営業ではあまり客が入らなかったようでして」
自分が一番聞きたいことだったに違いないが、率先して尋ねるわけにも行かない。こういう時は顔の皮が厚い八雲に助けられる。有耶無耶にされては敵わない。
「ええ、彼女のご両親から百万円。夢喰いなどに遭遇してしまったミッションにしては額があまりに少ないのは致し方ありません。最初に提示していた通りとなります」
社長秘書を務める若菜が落ち着いて答えた。今日はそれらしく黒のタイトスカートのスーツをまとっている。
「しかし、今回の働きは見事でした。私も自宅のパラダイスシートから繋がったモニタで拝見させていただいておりましたが、イレギュラーな事件への対応力は現場重視とおっしゃる社長さんの教育の賜物であると実感できましたわ」
「そこで報酬というわけではないのですが、今後は私の知人友人が記憶探偵社を探していた場合、ロストゲッターズを紹介させて頂こうかと考えております。いかがでしょう?」
知人友人と一言で片付けられない人脈を高志は持っているはずである。それこそ金に糸目はつけないからなんとかしてくれと、口走る金持ちや政治家、著名人たちであろう。和田一学はスクっと立ち上がり、
「やらせて頂きます!」と頭を九十度まで下げた。
「お互いの利益になりそうな話が出来てよかったですよ」
「これを見てください」
沈黙を守っていた結帆が、話が一段落ついたところを見計らってスケッチブックを差し出した。そこにはあの殺人犯の顔があった。
「ああ、よく似ているよ。徹夜で仕上げたのかい?」
得意気ににっこり笑った彼女から絵を受け取り、しげしげと眺めた光耀である。
「普通のしょぼいおっさんだな。こんなヤツが人を殺したのか?」
横から覗き見た八雲だ。
「府中警察署までこの絵を持ってこれから出向こうと思いまして。関係者として和田さんにも同行していただきたいのですが」
これから調査が始まるのだから、犯人が逮捕されるかどうかは警察次第ということだ。しかし、これだけしっかりとした似顔絵があればそれは決して難しいことではないような気がした光耀は、肩の力を抜いてこっそりドリコンの電源を入れ左腕に装着した。
「喜んでお伴させて頂きます!行くぞ、八雲」
「俺かよ。まあ、学生はさっさと帰って宿題でもしてな」
「そうですね。中間テスト前ですから妙に宿題が多くて」
「そんなもんあったか?明日の朝にでもコピーさせてくれよ」
再び一学の雷が落ちる事になる。
「クイーンは行かなくていいのか?」
室井氏一行が事務所を去った後である。健太郎は先に作業車の後片付けを始めている。彼自身、手伝うつもりだった。それにしても秘書を残して行くとは珍しい。
「単に車に乗り切らなかったのよ。それより私をクイーンって呼ぶのは止めてくれない?」
エレベータホールでのやり取りである。老朽化しているエレベータの動きは遅かった。
「別にいいだろ?大企業の秘書なんかよりステージに上がっている方が似合っていると思うぜ」
「もうライヴをやるつもりはないのよ」
素っ気なく応じる若菜である。エレベータがやって来た。ドアが開いて、じゃあね、と中に乗り込んだ。その背中に向かって、
「あ、そういえばクイーン、言ったよな?」
「だから……」
苛ついて振り向いたそこに光耀の姿は無かった。彼女の足元に屈んでいたからだ。そのままタイトスカートを力任せに捲り上げた。ベージュのストッキングの内側はフリフリがついたピンクの下着だった。自由落下で元に戻らないのがタイトスカートである。腰まで丸見えの姿で事態が飲み込めず言葉を無くした若菜であった。
「俺の相棒を中古呼ばわりしたことを後悔させてやるって言ったよな!しっかり写メも撮ったぜ!実名でネットにアップされたくなかったら、こいつに謝れ!」
左腕に装備し起動しているドリコン、アテナを胸元で指した。その顔は得意満面であり、自信に溢れていた。そのアホづらに強い怒りが込み上げてきた若菜は拳を握った。
「この……バァガ!」
スカートを下ろすより先に右の鉄拳を顔面に叩き込んでやった。それから急いでスカートを直す。光耀は後ろに倒れて壁に頭をぶつけ呻いた。
『秘められた激しい感情を剥き出しにした、とてもいい響きの『バカ』ね。理想だわ』
ドリコンのモニタにはそんな文章が流れていた。無情にもエレベータが閉まり切る直前、冷ややかに見下ろす若菜の視線とぶつかった。
「いてて。なんて破壊力だよ。さすがクイーンだな。スパイラル界と痛みが同じくらいだぞ」
『そりゃ夢世界では向こうの攻撃力は強化されているでしょうけど、あなただって防御が上昇しているのですもの。現実世界での戦力差がそのまま反映されているようね。光耀に勝ち目なし。写メは撮れなかったわよ。言ってくれれば準備しておいたのに』
「ああ、冗談だよ。でも、まさか、クイーンが夢壊しのジ・エストックとは思わなかったぜ」
『どうして気がついたの?鈍いあなたが』
――嫌な記憶ならなくなってしまえばいい。
それを同じような言葉があの地下室に掘られていたのだ。それに結帆を気遣うような立ち居振る舞いも充分な情報であった。ということは、室井家の屋敷にはもう一台くらいパラダイスシートがあるという計算になる。贅沢な家だ。同時に使ったら電気代だって相当なものだろう。
「内緒だぜ。俺のミッションを邪魔するなら排除するけど、そうでないら放っておくさ」
わざわざ指を口元に当てて言った。
『別に興味はないわね。仇は討ってくれたし。さて、帰りましょうよ。光耀に勉強させなくちゃ両親に怒られるわ』
「いつから家庭教師みたいな立場になったんだ?」
その前に充電をしなくてはならない。オバちゃんが帰宅を始めるまでまだ三十分はあるはずだから、その間だけでもいいかな、と考えた。作業車の掃除と使った機器類の整備にも行かなくてはならない。多忙な高校生である。
『私はあなたの保護者よ!』
モニタいっぱいに大きく返事が書かれていた。
それを見て光耀は苦笑するばかりであった。