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  第三部 室井若菜という女



 今日も無事に退屈な授業を抜け出した鈴ヶ森光耀は珍しくロストゲッターズの事務所に顔を出していた。

 世田谷区の千歳烏山にある雑居ビルの一室を借りて開いた事務所には、事務のオバちゃんが電話番をしながら報酬の入金などを確認しているはずである。そういえば、この五十代とみられる女性職員の名前を知らないな、などとインスタントコーヒーを煎れながら考えていた。

 特に問題はない。オバちゃんで通っているからだ。

「社長は八雲さんに付き合って京都なのかい?」

 自身に充てがわれたデスクに座る。必要な仕事道具などは特に無い身分なので、鞄をドカッと置いた。それから、ドリコンを取り出して充電を始める。

 家の電気代を節約するために来たのだとは言わない。見た目は小さいが、こいつが食うバッテリは一般家庭にとって痛手となる大容量を持っているのだ。ついでに世間話くらいは付き合ってもいい。常勤スタッフは彼女しか居ないのだ。いつも一人で仕事をしているのは、学校の勉強よりも退屈だろうと決めつけていた。

「そうよ。週末まで戻らないから、勉学に励めるわよ」

「あんまり興味はないね。勉強も手品の営業にも」

 それから雑誌を取り出して読み耽る。五時前になってオバちゃんが初めて席を立った。使っていた湯呑みを洗いに行ったのだ。ということは、退社する時間という事だった。充電は充分。帰る途中で妹を呼び出して、地元の駅前で夕飯を食べることができる。

 運悪く来訪を告げるインターホンが鳴った。

「……私は帰るわよ。残業代なんか出ないもの」

 心の底から嫌そうに光耀を見た。

「ここのセキュリティの掛け方が判らないから残されても困るよ」

 いざとなればアテナに頼めば何とでもなるのだが、そこは黙っておいた。どちらにしても依頼者だった場合、彼では対応できないのだ。そして、勤労意欲の低い事務員は鞄を肩にかけて入り口に向かった。接客つもりはない。後のことは知らぬ存ぜぬを決め込んで帰宅するつもりなのだ。

「はいはい」

 生返事をして来客を迎えた。ドア口に居る相手が口を開くよりも先に自身が足を外に出した。それはオバちゃんの知らない女性だったから依頼者である可能性が高い。そのまま逃げるつもりだったのだろう。

「やっほー、ロストゲッタラズの光耀くん」

「げっ、クイーン」

「あら、友達なの?遊ぶならここでなくてもいいわよね?」

 外に出ろと告げられた光耀は鞄を持って急いで向かった。下手に逆らうと今月の給料に関わる。減らされることはないが、他のスタッフより三日ほど遅れて口座に振り込まれる等の嫌がらせを受けることもあるのだ。法に抵触する行為である。

 ロストゲッターズの事務所を訪れたのは、クロスラインビル株式会社社長の孫、室井若菜であった。彼女も大学帰りであるらしく、どこにでも居そうな女学生の格好である。

 無情にも締められたセキュリティと鍵であった。

 エレベータを降りた辺りまでは三人一緒だったが、ビルを出てオバちゃんは短く挨拶を残し線路側に向かって歩き出した。線路を越えたところにあるスーパーで買い物でもして帰るのだろう。

 旦那と三人の子供がいる主婦である。

 電車に乗りたかった光耀だったが、若菜がどのような理由でここまで来たかをまだ聞いていない。聞かずに別れるという選択肢はなかった。それを許すような女性ではない。

「事務所が千歳烏山にあるなんて思わなかったわ。うちと近いじゃない」

 若菜の自宅までなら車で二十分も掛からない距離である。

「俺は仙川だ」

「そんなに変わらないわよ。仙川も住むのにいいところよね。駅前に何件かあるパスタ屋さんは好きよ」

 そう言って旧甲州街道の方に誘った。そちら側には何もない。まだ駅周辺に在る喫茶店の方が話をしやすいというものだ。

 夕方の商店街はとても混み合っていて人を避けるのに忙しく、のんびり要件を聞ける状況ではない。街道に出ても同じで、前後からは歩行者や自転車に混じって大型のバスが走る通りになっている。片側一射線しかない道路も混雑していた。

 何から話せばいいのか思案する若菜は、そんな様子を観察しているフリをしていた。その中から仕事帰りの土木作業車を発見した。

「あ、アシストメイル」

 視線の先には泥で汚れた三トン車の荷台に、人型のロボットが積載されていた。アルミパイプを組んだようなフレームではあるが、両足の太腿にクロスラインが開発した内燃機関を搭載し、腰部――シートの真下に大型のバッテリが見える。バランスを取るために足首から下は大きくて、舗装された道であればローラーを出して時速五十キロで自走も可能である。

 細い腕は三本指で土木、倉庫、宇宙空間でも活動な特別仕様機もあるアシストメイルを最初に考案したのはクロスラインである。二人の目の前を通過したのはライバル会社である赤星重工が開発したものであった。どこの重工業会社が開発しても基本的な構造、フレームとエンジンは変わらない。およそ百年前、世に出た時点で概ね完成されていたということだ。

「アシストメイルが一機製造されるたびに、うちに利権が発生してお金が転がり込むのよ。ありがとうございます」

 見送ってから手を合わせた。

「そういえば爺さんの夢世界に行った時に、新型がどうとか言っていたな」

「よく覚えていたわね。いままでとは一線を画す新型フレームみたいよ。いよいよアシストメイルも第二世代に移行するって張り切っていたわ」

 企業秘密も何もないのか。他言する訳ではないし、興味もなかった光耀は何となく鞄から取り出したドリコンの電源を入れた。縦長の本体を、袖を捲った左腕に装着する。

 難しい会話になった時のための保身の意味もある。そのくらいの知恵はあるのだ。

「俺じゃなくてコイツに用事があるんだろ?」

 言い訳じみたことを口にした。

「どちらというと二人に、かな。秘密は守ってくれるのよね?」

『こんにちは、室井若菜さん。私たちの創造者と血縁関係であるあなたからのお願いなら、そうそう断れないわよ。ねえ、光耀?』

 モニタに流れる文字が勝手なことを言う。法に触れるようなことなら引き受けるつもりはなかった。それに社長は出張中で仕事の受注は出来ないのだ。そもそもどうして部下である諏訪八雲の手品のステージに、和田一学が付き合うことになっているのか。二年になる付き合いだが、不明である。それらを告げた。

「それで構わないわよ。急ぐような事件ではないし、週末には帰ってくるのでしょう?手品の営業?面白いことしているのね」

 八雲の活動にロストゲッターズは関係ない。少なくとも自分と健太郎、オバちゃんには。だが、本業の営業活動を休止してもこうして一緒に出向いているのだ。

「それで仕事ってどんな内容なんだ?」

 旧甲州街道の下り車線を歩きながら、若菜は話し出した。

「先週の金曜日なんだけど、高校の頃の友だちが殺人現場に遭遇したのよ」

 ――いきなり犯罪ものかよ。胸中でボヤいた。

「露骨に嫌そうな顔をするのね。まあ、いいわ。その時に犯人の顔を見たはずなんだけど、ショックが大きすぎて思い出せないのよ。今は美術学校に通っているから、似顔絵とかは得意なはず。抽象画を専行してしないことを祈るわ」

『確認事項が幾つか。それって警察の仕事よね?警視庁にも記憶対策課や電脳課はあるわ。そっちに行けば無料で調査してくれるはずよ。おまけに感謝状付きで。次に報酬は誰が支払ってくれるのかしら。犯罪などの事件絡みの場合、光耀と私がその殺人犯と接触しこちらに危険が発生した場合、報酬は跳ね上がるわよ。学生というその人に払えるの?二百万は見積もってもらわないと困るわ。それが最低ラインね』

「俺が言いたいことの全てがここに表示されているよ」

 口からデマカセである。彼は話を聞いていただけで、そんなことは何も考えていなかった。腕を持ち上げて見せてやった。

「当然、そういう事を言われると思っていたわ。ちょっと事情があって警察沙汰には出来ないのよ。思い出したら似顔絵を描いてもらって、通報すると約束するわ。警察にも知り合いはいるし、上手く誤魔化してみせる。報酬はお友達価格で値引きをお願いね。彼女の両親が払ってくれる事になっているから」

 答えを用意していたのだろう。すらすら出てくる返事にアテナからの反応は、承諾であり一学にメールしてみる、だった。具体的な報酬金額を提示して欲しいと返信がきそうだったが、収入に困っている一学ならば、よほど低い額でも引き受けるだろうと思われた。それに若菜という将来有望なVIPとのパイプも出来る。

 そこまで光耀は考えないが、経営者ならばそういう捉え方をするものだ。

『返事待ちね。ご指名ありがとうってところかしら?どうして私達なの?』

 本来ドリコンには無いはずの自立思考をするアテナは、自身の意思で問いかけてきた。

「信頼かしらね。ロストゲッタラズにではなくて、現存する数少ないアルカナシリーズへの」

「数少ない?壊れたんなら直せばいいだろう。俺はそうしたぜ。中古のジャンク屋で見つけたこいつをドライバー一本で修理したんだからな」

「……精密機器の塊をドライバーで直したの?」

『正確にはどうやっても動かない私に苛立って水平チョップを入れたらしいわよ。それで割れたバッテリを鳴々交換してやっと動いたわ。健ちゃんに聞いたんだから。本体ではなくてバッテリの方の不具合だったのよ。だから、新品に変えてくれるだけで良かったのに。私を拾って売りつけた誰かも、ジャンク屋の人もあまり詳しく調べなかったようね。よりによってこの私を八千五百円で売りに出すなんて!』

 それでも中学生の光耀に取っては高い買い物だった。

「ドリコンの一つだとは判っても、希少種だとは思わなかったのでしょうね。一千万で買い取りましょうか?」

 真顔で光耀を見た。

「売りもんじゃないんでね。それより少ないっていうのはどういうことだよ?」

 答えは判りきっていたから、それ以上は追求しなかった。

「つまり発案者である大お爺様の理想には、まだ届いていないということよ。ドリコンなんて呼ばれているし、用途もそうなっているけど本来は違うの。初期モデルのあなたなら知っているのでしょう」

『そうねえ、でも、私は今の使い方が好きだわ。困っている人を助けたいもの』

 こんなことを『言う』機械など他にあるのだろうか。

「まったく先が見えない」

『ふふ、私たちは将来訪れる宇宙開拓を補助するものとして作られたのよ。宇宙船に組み込まれる複雑なシステムを統括する頭脳としてね。それだけじゃないわ。スペースシャトルにもアシストメイルにだって搭載される予定だったんだから。でも、その頃の世論として自立思考をする機械に身体を与えることは危険だと判断されて、こんな手足のないポケコンみたいなモノに詰め込まれたのよ』

 長い文章が表示されて光耀は少し目を逸らした。反対側の射線に老舗のラーメン屋があった。今夜のご飯は何にしようかと考えた。ドリコンの歴史よりそっちの方が重要である。お腹は空いていたが、足を止めたりはしなかった。若菜が止めなかったからだ。

「でも、本来の使われ方をされたドリコンも在るの。二十二あるアルカナシリーズは半分が今も宇宙を航海していて、得られた情報をクロスラインの本社に送信してくるわ。十一の無人宇宙船団よ。火星経由で木星まで行って帰還する事になっているわ。地球に残された残りの十一機も存在が確認されているだけで五機。アテナだって行方不明ということになっているわよね」

「なんか有名な機種らしいから、登録はハンドメイドのドリコンってことにしておいたからな。実際に中古屋で買った物だから実名を公表する義務はなかった」

平然として言うが、優れたドリコンを求める同業者や金持ちは多い。誰もがリアリティのある仮想空間を満喫したいと望んでいるのだ。安定した夢世界への旅立ちは人類の理想でもある。

 そんな話をしていると、一学から返信が来た。やはり、受託する気になったらしいが金額の詳細を求められた。

「襲われているあの子を助けたりするわけでも、その殺人行為を止めに入るわけでもないから、危険は無いと思うのよ。だから、百万でどうかしら?一般的な家庭だから、それ以上は厳しいわ」

 犯罪に絡む仕事をその値段で請け負う記憶探偵社はいないだろう。友達価格が相場の半額とは知らなかった光耀である。それでも、貴重な収入には違いない。

 次のメールは早かった。冒頭にはやらせて頂きますとあり、次の段には詳細は東京に戻ってからか打ち合わせということでお願いします、である。なんとも営業文章だった。

『時間的にステージの合間に急いで返信してきたのかしら。五時過ぎじゃ向こうも忙しいのでしょうね』

「そうね。じゃ、社長さんが戻ってきたら連絡をよろしくね。これ私の番号だけど、捨てたりしないでね」

「後でワン切りしておくよ」

 どういう訳か名刺を持っている大学生である。肩書きはクロスラインビルの社長秘書とある。家族経営はしない主義だと聞いた覚えの在るアテナは、では、次の社長職を務めるのは彼女になるのだろうと考えた。

 室井高志も後十年は続けるだろう。その頃には彼女も三十才になる。若いが、頼もしいとも言える。創業者の姿を記録に留めるアテナにとって、若い世代を見るのは嬉しいことだった。

「ああ、判ったよ。ところで、もうステージには立たないのか?」

「そうね。どうやっても小お婆様には敵わないことが判ったから、それでいいわ。悔しいけど、納得もしているのよ」

 彼女の曾祖母、室井葉純は世界的に有名な女性シンガーであった。容姿端麗で百年に一度の奇跡の歌声と称されたらしい。二十一世紀半ばから活躍し今でも懐メロ特集などで声や姿を見ることができた。姿形は言われてみればよく似ている、と思う。

『葉純ちゃんだってあなたくらいの時は、いろいろと悩んでいたわよ。その美声はもったいないと、私は思うけどなあ』

「知り合いなのか?」

「アルカナシリーズなら当然でしょう。大お爺様は二十二の門番、全てを所有していたのよ。この前も感じたけど、君、常識が欠落してない?一般人なら問題はないけど、ドリコンとかこっちの業界の専門知識ってものが著しく足りないわよね!一応、プロでしょう」

「ふむふむ、アルカナシリーズと書いて二十二の門番と読むことは覚えたぞ」

「おまけにバカね」

『言葉が足りないわ。突き抜けたバカよ』

「世間話だったな。連絡は木曜辺りになる。日が暮れる前に帰らないと煩いんじゃないのか?門限とか」

 至って気にすること無く駅に向かって引き返そうとする。

「私はタクシーで帰るわ。電車だと時間がかかるもの」

 千歳烏山から成城に帰るには新宿まで出て小田急線に乗り換えるか、下高井戸で世田谷線に乗り換えることになる。明大前乗り換えで井の頭線でも可となる。バスでも行けるはずだが、夕方では時間が読めない。手を上げてタクシーを止めてやった。

「じゃ、連絡はよろしくね、アテナ」

「俺じゃないのかよ」

「大事なことだから、しっかりした方に頼んで置かなくちゃね」

『大丈夫よ。私に任せて!』

 ちぇっとそっぽを向いた。車は走り始めた。貰った名刺をポケットに突っ込んで、ついでにドリコンの電源も切ろうとする。せっかく充電したのに使ってばかりではすぐに無くなってしまう。

 若菜を乗せたタクシーは走り去った。

『あ、ちょっと待って!アレを見せてよ』

「またかよ」

 左腕を不自然にならないように持ち上げて、アテナご所望の物が見えるようにしてやる。

 東京湾に建設されている軌道エレベータである。仮名は『ザ・タワー』であり工事が終われば正式名称を公募するのだそうだ。でも、タワーという名前以外にぴったり合うものは無いような気がしていた。仮名ではなく、正式名称としてこの名が付けられたのだと思う。

 全長一キロにも及ぶ世界最大の建築物である。工事工程のほとんどは終了しており、外観は螺旋状に上に伸びている。立体構造の内側にはショッピングモールがあって周辺面積を含めると千代田区と同等の土地が在るという。

 頂上付近からマイクロファイバー製の極太のケーブルが幾数本も宇宙へ伸びている。人類を救済する蜘蛛の糸のような振る舞いであそこにあった。アレらは低軌道ステーションと連結していて、そのケーブル外部を軌道エレベータが上下に走るのだという。

 地上を出発したカーゴは六時間を掛けて低軌道ステーションに到着する。さらに上部には宇宙港を兼ねた高々度軌道ステーションがすでに完成されていて、乗客が訪れる日を待ち構えている。

 宇宙船に大気圏離脱性能を持たせるより、こうした方が安上がりなのだ。おまけに天候に左右されにくい。本来はもっと地球の自転影響を受け難い、赤道上の島をまるまる改造してしまおうという案があったらしいのだが、利便性を考えて東京湾となった。これと同じ物が西ヨーロッパにも建造中である。

 これらの施工主がクロスラインビル株式会社であり、融資はさまざまな国や企業が行なったという。

 必要な土地は全てが埋立地で、世紀の一大事業を短期間で完成へと導いた原動力が工業用アシストメイルである。

 低軌道と高々度軌道に配置されたステーション、それに軌道エレベータの台座と呼ばれる埋立地とタワー本体。これらの所有者はクロスラインビルだというからこの企業の躍進はもう止まらない。

『早く動かないかしら。最初は凄く混雑するでしょうけど、半年以内に連れて行ってくれるのよね。本物の宇宙に』

 宇宙空間に出るだけなら、なかり高いが一般人でも可能である。高々度軌道ステーションにはホテルも在るのだから滞在もできる。二十年ほど前にはスペースシャトルも定期便となり地上と高々度軌道ステーションを繋いでいた。アテナが言っているのはそういうことではない。

『室井聡の夢。アレが完成した時、宇宙開拓が始まるわ。人類の新しい一歩なのよ。ようやく叶おうとしている』

 もし、彼女の顔を見ることができたら、きっと我が子を見守る母親のような顔をしているに違いない。機械的な表現力を排した母性溢れる機械なのだ。

「よし、難しい奴は帰ったし、飯は何にする?アイツも駅に呼び出してパスタ屋にするか」

 アイツというのは妹のことだ。

『私がロマンチックに浸っている時に何を言い出すのよ!』

「俺には関係なし。でも、軌道エレベータなら連れて行ってやるよ。宇宙なんて面白そうだし、健太郎も誘おうか。半年以内ならいいんだな?」

『まったく呆れるくらい脳天気な人よね。そういうところは私たちの最初のマスターにそっくりだわ』

「昔話は珍しいな。どこのどいつだよ」

『ふふ、ひ、み、つ』

 ケチ、と光耀は大声で自身の腕に叫ぶのだが、端からみればそれは独り言であり、周囲の人々は彼から離れていった。

 何やらはしゃぐ二人を振り返ることもせずに、タクシーに乗り込んだ若菜の携帯電話に着信がきた。

「もしもし、結帆?もう大丈夫なの?」

 つい先週、殺人現場を目撃してしまった高校の同級生を気遣い優しく話しかけた。

「え?これからバイトに行くの。記憶探偵社が解決してくれるまで家から出ない方がいいわよ。シフトが抜けられない?まあ、危険が及ぶかっていうと、そうなる可能性は低いと思うけど。ええ、探偵社には話を付けたから、週末の予定は空けといてよね。何かあったらすぐに一一〇番しなさいよ」

 ホントにもう、どうしてみんなワガママなのだろうかと溜息を吐いた。

「運転手さん、府中駅に向かってもらえるかしら?」

 中途半端なことを嫌う若菜は自身がバイト先に向かうことに決めた。友達の無事を見届けるためだ。ファーストフード店でなど働いたことがないから変わってやることはできない。

 ――損な性格よね。

 自嘲気味に唇を歪めた。



 その日の夜、仙川駅前の広場の近くにあるパスタ屋で、妹と夕食を済ませた光耀は風呂あがりだった。その妹はすでに自室に篭り宿題を始めている。両親は間もなく帰って来るだろう。

 九時である。今日のテレビは何か面白いものがあるかな、とリモコンを操作する。番組表を閲覧していたのは、多分、十分にも満たない時間だったが、つまらないドラマばかりだったので部屋に戻った。

 狭い都営のマンションである。妹と共用の部屋だったが、真ん中をパーテーションで仕切っている。ドアから入り左側が光耀の居場所だった。

 ベッドが大半を占めていて、パソコンを置いた机があるくらいだ。これだけの物でどうやって生活しているのかと疑問に思われることもある。もっともここを訪れるのは健太郎くらいなのだが。反対側は不気味に静まり返っていた。

 ヘッドホンでロックでも聞きながら勉強しているのだろう。そのヘッドホンも彼が買ってあげたものだったが、妹は覚えていないかも知れない。

 タオルで髪の毛を拭いていると、パスタ屋で登録を済ませた女性から不在着信があった。

 携帯電話は机に置かれた通学カバンの上に置かれていて、着信が鳴ると勉強の邪魔になるからと、常にマナーモードなのだ。

 折り返すかどうかを悩む。

 依頼の事態が急変したのかもしれないし、今でこそ大人しく成長したらしいが、ライヴハウスで聞いたクイーンの噂話はやんちゃなミュージシャンそのものだった。伝言が残されているのに気がついて再生してみた。

『もしもし?俺だ!京都の予定が早く終わって水曜日の夜にはそっちに戻るから、若菜には連絡を密に入れておくんだぞ!今回だけじゃない。今後のためにもな。社長命令だ!判ったな!それとたまには電話に出ろ!』

 和田一学からの伝言が先に入っていて、画面を見るとちょっと風呂に入っているうちに三件も溜まっている。今のが最初だ。

『若菜よ。ちょっとマズイことになって、依頼実行を今夜中にお願いしたいの。社長さんには私からも謝るわ。依頼人の結帆はうちの実家から夢世界に入ってもらうから。アテナだったら無線で同調できるわよね?よろしくね。これを聞いたら直ぐに連絡をちょうだい』

 別に急がない仕事だと言っていたのに、今度は急げときた。何かが起きたのは間違いない。最後の伝言を再生する。

『まさか、もう寝てるんじゃないわよね!私たちはもうすぐ家に到着するわよ!』

 怒声である。その声の後ろで、別の女性がヒステリックに早口に何かをまくし立てているのが聞こえてきた。それほど大声という訳ではないから、光耀の耳には何と言っているか判らなかった。そこでアテナを起こして、解析してもらった。

『断片的に幾つかの単語、言葉を繰り返しているだけね。私の想像だけど未成年者に聞かせられる内容ではないわ。若菜と健ちゃんに連絡してね。辛い記憶が自然に蘇ってきていて、精神が受け止めきれずにパニック障害を起こしているようだわ。確かに急いだ方がいいかもしれない』

「社長には後で怒られるとするか」

 愚痴りながら発信した。相手は直ぐに出た。

「光耀だけど……」

「遅いわよ!それでやってくれるの?」

「ああ、まあ、社長には事後報告でなんとかするよ。健太郎にはこれから連絡する。それから事務所の駐車場だから……十時開始でどうだ?」

「最速を望むわ。移動費は私が出すから、とにかく急いでね」

 了解と答えて電話を切った。健太郎を呼び出しながら着替えを始める。その物音が伝わったのか、妹がパーテーションの上から顔を覗かせた。逆のことを光耀がした場合、痴漢、のぞき魔、変態と罵られるのだが。

「今から出掛けるの?夜間外出はやかましいわよ」

「親はごまかしといてくれ。もう寝たって言って、俺のベッドにクッションでも仕込んで膨らませておいてくれよ」

「いいけど、毎度ありー」

 小遣いを要求してきた。まあ、三千円でも渡せばいいだろう。こいつに金を渡すようになったのはいつからだろうか。この仕事を始める前から何かにつけて請求されていた記憶もある。この小遣いもクイーンに請求してやろうと決めた。

「健太郎か。これから事務所に来られるか?急ぎの仕事が入った。社長の了承はもらっているから、タクシー使って来てくれ。領収書忘れるなよ!」

 伝えることだけを言い切って終了をタップする。荷物を背負って部屋を飛び出した。

「じゃ、後は頼んだぞ」

「帰ってくる時にメールするのを忘れないでね。タイミングくらいは教えてあげる」

 帰宅して玄関で親と鉢合わせなんて目も当てられない。玄関からは風呂もトイレも近かったからだ。親指を立てて応じた。

 仙川は住宅街である。一軒家からマンションまで大小の住居が並んでいた。タクシーを拾うなら駅方面に向かった方が良いに決まっている。だが、そっちから親が徒歩で帰宅している途中であると思われた。面倒だったが逆側に走った。

 運良く直ぐにタクシーを捕まえることができた。客を送って降ろしたばかりのヤツだ。

「連ちゃんとはついているね、おっちゃん!千歳烏山の駅前まで頼みます」

 シートに座り鞄からドリコンを取り出す。電源を入れたままにしていたアテナに話し掛けた。

「先週の金曜日にあった殺人事件について調べてくれ」

『もう調査済みよ。ハイこれ』

 殺人などそうそう発生するものではない。都内で起こったものに限定するとたったの五件しか無かった。さらに条件を世田谷区近辺に絞り込むと府中市内で一件あった。八王子も微妙だった。他は足立区で二件、青梅市で一件だ。

「どっちだろう?」

 独り言を繰り返す少年をルームミラーでチラッとみた運転手は、何かのゲームをしていると思い込んだ。ハードに似た物の画面を凝視していたからだ。

『発生時刻的には府中が二十二時。八王子は日付が変わって深夜から明け方。でも、こっちは容疑者が確保されているわよ。ここを見なさい』

 モニタの一部が赤く強調された。なるほど、確かにそう記されている。若菜の話では犯人は捕まっていないという事だったから、友達が目撃したのは府中市での事件現場ということになる。

 府中駅からだいぶ離れた住宅街に差し掛かった人目に付きにくい路地で犯行は行われたらしい。被害者は男性サラリーマン。腹部を何箇所も刃物で刺されて死亡したようだ。犯人や目撃者は捜索中である。得られる情報は少ない。

 無線での潜入が初体験となる光耀は、そのことも忘れて画面に出された情報を少しでも頭に叩きこもうとした。



 駅前のファーストフード店でバイトをしている彼女が、どうして駅とは逆方向の住宅密集地で現場を目撃することになったのか。九時前には勤務を終えていた彼女が十時まで何をしていたのか。記憶の喪失は酷く店を出たところしか覚えていないらしい。

 残された記憶では若菜に電話をしていて、彼女の自宅で保護され翌朝起きるまで何があったのか覚えていないという。府中市まで迎えに行ったのは彼女と、室井家が雇う運転手だった。この五十代の運転手は若菜がしゃべるなと言えば、その秘密は守られる。

 できれば大事にしないで解決したかった若菜は、マイナーなロストゲッタラズに依頼をすることにしたのだ。大手の記憶探偵社では必ず警察に通報されると判っていたからだ。

 守秘義務もあるがそれ以上に犯罪が関わると、そうしなければならないのが企業というものである。その点、中小の企業では便宜を計って貰える。

 駅前の喫茶店で友達の結帆が仕事を終えて出てくるのを待つ。時刻は八時半を過ぎた。そろそろのはずだ。大きな駅前には必ず一つはあるファーストフード店である。そこでレジを打つ結帆が奥に引っ込んだのを確認している。

 更に二十分が経過した。

 開いただけでロクに読んでもいなかった大学の教科書をパタンと閉じた。それから、リュックサックを背負いトレイを片付ける。狭い店内は喫煙ルームが隔離されていて、煙草臭くならないのは助かった。どうして害にしかならないものが趣向品として売られているか、理解に苦しむのだ。

 結帆が務めている店舗に裏口などはなく、着替えを済ませた彼女は仕事を続ける受付の同僚に挨拶をしながら出て来た。いつものように露出の多いキャミソールだ。確かに暑い季節になってきている。それにしても、あの格好で生足は若菜には出来そうもなかった。少なくとも現実世界では。

 府中駅までは一本道である。迷う訳もなく歩いて行く友達を背後から付いていく。そこら辺にあったコンビニで適当に買ってきたサングラスは安っぽかった。無いよりはマシだろうと思ったのだ。

 銀杏並木を平然と行く様子から、偶発的な記憶の回復はないものと思われた。

 彼女を救出した若菜が危惧していたのはそれだったのだ。

 人の記憶ほどあてにならないものはない。言った、言わなかった等はよくある揉め事の原因の一つで、過去にあった事実ですら時間とともに変化、脚色、捏造されていく。

 意識してそれを行うならただの妄想癖であるが、往々にして人はそれを無意識のもとにやってしまう。失われた記憶も同様で、どんなに思い出そうとしても不可能だった事も、ふとした拍子に蘇ってきてしまうのだ。

 意図的に過去を取り戻す手段の一つとしてドリコンが使われるようになったのは必然である。しかし、人生にはそのまま無くした方がいいモノもある。

 ――もう大丈夫かしら。取り越し苦労だったみたいね。

そのまま駅前まで尾行してタクシーで帰ろうと考えた。その若菜のサングラスは立ち止まった結帆を写し出した。何かをジッと見つめているのだ。それは捨てられた缶コーヒーだった。そんなものを食い入るように見つめる必要はない。美化意識が強いならそれを拾ってゴミ箱まで持っていけばいい。彼女は少し頭を持ち上げて銀杏に視線を移した。

 事態の急変に備えて、若菜は背後にまわり込んだ。そこで結帆が何事かを呟いているのを聞いた。

「……いや、やめて……。誰か助けて……」

 ハッとした若菜はサングラスを取ってから結帆の肩に手を置いた。過剰なまでに震えた身体が振り返った。少ししゃがんで顔を覗き込む。目尻に涙が浮かんでいた。

「大丈夫?結帆」

「若菜……私、レイプされたのかな?」

「……いいえ、あなたは無事だったわ。一人で逃げ出して私に保護されたのよ。ショックが大きすぎて意識が混乱しているの。記憶探偵社が解決してくれるわ」

「でも、でも!」

 頭を抱えて跪こうとする。通行人が、なんだ?という視線を投げかけてくるが、近づいてはこない。他人事に干渉しない街だった。

「とにかく落ち着いた方がいいわ。これから家に来なさいよ」

 肩を抱いて車が走る方に向かった。その間にも結帆の記憶は鮮明になり、タクシーを呼び止める頃には半狂乱となった。暴れる友達を無理やり乗せると、財布から福沢諭吉を二枚取り出した。成城まではお釣りがくる。口止め料か、迷惑料かは言明しなかったが、運転手は二人を乗せて走り出した。

 携帯電話を取り出して先ほどワン切りのあった番号に掛ける。コール音は短くて直ぐに留守電に変わってしまった。折り返すように伝言を残して、

「ああ、もう!アテナのメアドを教えてもらえば良かった!」と後悔していた。

 メールアドレスを持つドリコンは珍しくなかった。情報のやり取りに便利であったからだ。大手サイトならば無料で登録できる手軽さもある。

 そうしている間にも結帆はヒステリック状態になった。自身の髪の毛を掻き毟り、太腿を叩き激しく呼吸を始めた。

 これでは押さえつけることが出来ないと判断した若菜は、鞄から常備薬の睡眠薬を取り出す。カプセル錠だが水なしで飲めて早く効くと評判の良薬だった。それを二錠口の中に放り込んでやった。乱暴だったが、五分もすれば静かになるだろう。

 再び光耀に電話をする。やはり留守電になった。切り替わる早さに苛ついたので感情を押え付けずに、まだ調布を過ぎたところだったが、もう直ぐ家につくとサバを読んで伝えた。

 期待できない探偵だと溜息をついた。今度は誰かにメールする。

「予定が代わったわ。私が動くかもしれない。準備をお願いね」

 もっとも信頼する相棒への内容は短かった。返信はすぐに来た。こういう迅速な反応こそ彼女が求めるものだった。

『面白そうなロストゲッタラズに頼むんじゃなかったの?まあ、いいけど。お爺さんは今夜は帰らないらしいから、部屋は自由に使えるわよ』

 必要なことだけを言ってくれる相棒だった。その携帯画面を見ていると着信がきた。あの探偵社の夢案内人からだった。

 大人しく眠る結帆を抱え込んで、まずは文句を言ってやろうと唇の端が持ち上がった。小さく息を吸い込んだ。

「遅いわよ!それでやってくれるの?」

 相手が動揺したのが伝わってきた。とても満足だった。



 世田谷区千歳烏山にある雑居ビルが持つ駐車場にロストゲッターズの営業車兼作業車はあった。

 事務所のあるビルから十分ほど離れた砂利のスペースにトラロープで区切りを付けただけの青空駐車場だ。この時間であれば、他の利用者も戻ってきていて満車状態となっている。作業車はすでにエンジンがかかっていて、中で動く影を怪しい人物だとは思わなかった。

「健太郎!」

 車内で背中を向けていた後輩を呼んだ。彼はポロシャツとハーフパンツで作業車に乗り込んでシステムを起動させているところだった。

「先輩!だいたいの事情はメールで判りましたけど、社長の許可を取ったっていうのは嘘ですよね?」

「あ、ああ、急にこういうことになったから仕方ない。予定では週末だったんだ」

 バツの悪そうに少し言い淀んだ。

「まあ、いいんですけど。社命よりクライアント重視ですよね。僕も無線の調整なんて緊張しますよ」

 そっちの興味心が勝ったのか。

 有線で潜入するより無線のほうが難易度は高い。しかも、実験ではなく実戦だ。電気屋の息子の血が騒ぐのだろう。

 パラダイスシートに組み込まれた人間の頭脳への干渉はヘルメットを通じて可能となる。睡眠状態の波長を分析し解明するのも、ドリコンではなくパラダイスシートの役割である。では、人々が優れたドリコンを求める理由とは何であろうか。

 擬似人格、または人工脳とも呼ばれるこのシステムは、単独では『会話』の相手ぐらいにしかならない

 人間が脳内で見ている世界観をヴァーチャルで再現するのがパラダイスシート。

その世界を安定させ固定化させた上でアクセスする。他の機器への総合的、総括システム、それがドリコンである。支配される今回の場合、それがパラダイスシートというわけだ。

 これらの中でも擬似世界を安定させるというのがとても難しいのだ。

 元々があやふやな脳内の再現である。百人に『ケーキ』を想像させて絵に描かせてみれば判るように、実に様々なケーキが登場することだろう。

 イチゴと生クリームだけのシンプルな物もあればモンブランにチーズケーキ、八つにカットされたサイズから丸々一ホールまで、まさに百人十色だ。その描くという行為を担当するのがパラダイスシートで、そこでベースとなる依頼者が思い描くケーキを、忠実に作る補助をするのがドリコンなのである。依頼者が求めたのはレアチーズケーキである、というようになる。

 ハード機器よりも補助の役目が重要であり難易度の高さが判るだろう。

 これらの難解な作業も有線であれば、単に過去の履歴から当てはまるものを探してくるだけでいい。実に経験豊富なアテナであれば蓄積された経験値を背景に、どんな世界でも再現できた。古代から中世、果ては映画の世界まで。

 それが無線だと厄介な要素が加わる。つまり、仮想ではなく本物の夢世界の影響である。物質世界に存在しない夢の世界が『本当』に有るのか無いのか、それは判らない。しかし、そうとしか説明の付かない景色を無線潜入した際には垣間見るという。

 光耀は自分で手足にコードを取り付けていく。それからパラダイスシートとアテナを接続して、携帯電話で若菜を呼び出した。

「準備は出来たの?」

「ああ、こっちは無線初体験だから、ちょっと心配だけどな」

 判り切っていることを言う。無線での潜入など本来は必要のないことなのだ。長年、記憶探偵として従事しているベテランでも経験したことはないであろう。パラダイスシートがあるのだから、わざわざそんな危険を犯すことはない。

 最悪の場合、無線だと潜入した意識が戻って来られずに眠り続けることもあるのだ。そうした事故は昔から在ったし、その当時から眠り続けている人もまだ居るのである。死ぬことも出来ずにただベッドで老いを重ねるだけの人生である。ドリコンが絡むそれらは自業自得ということになっている。

 無線での潜入行為は違法ではないが、自粛するように強く求められているし、ここ十年くらいの間に製造されたドリコンからはそういった機能自体が削除されている。また、それを可能とするドリコンも世界の安定化に能力を奪われて、本来の力を発揮できないのだ。

 当初から無線での活動を想定して作られ、技術の進歩とともに自己改造をしてきた一部のドリコン、アルカナシリーズ、チェスシリーズと将棋シリーズのみは有線と無線を問わずに行動することが出来るという。その為の機能を与えられているのだ。

「新しい事に挑戦するのはいいことよ。うちのパラダイスシートのシリアルナンバーは、前回、アテナが記録しているから問題なく入り込めるはずよ。試作機への侵入を簡単にやられちゃ面子もないけどね」

『あら、まるで私が泥棒みたいな言い方をするのね!一応、仕事をした際にどのパラダイスシートを使ったかは、三ヶ月間は保存しておかなくちゃいけないのよ。法律ではそうなっているわ』

 光耀が持つ本体に文字が現れる。それを同じ物が室井家にある地下室のモニタにも表示されているのだろう。苦笑混じりの声が帰ってきた。

「判っているわよ。私の友達――結帆は薬で眠らせたわ。すでにパラダイスシートのターミナルに居るの。いつでも初めてちょうだい」

 電話を切った。

「じゃ、やるか。健太郎、行けるか?」

「はい。後は先輩が眠ってくれるだけです」

 彼はヘルメットを被ってシートに横たわり特技を発揮しようとした。いつでもどこでも眠れる凄技だ。五分が過ぎた。今夜ばかりは羊が一匹作戦も通用しない。

「……眠れない。緊張し過ぎかな」

「えー!そういえば今日の授業、一限目からずっと寝ていましたね」

「気がついたら放課後だったもんな。誰か起こせよ」

「起こしたら、それはそれで文句を言ってくる癖に。睡眠薬ありますよ」

 薬に頼ることを嫌う光耀は、うーん、と考えた。ヘルメットの耳元からアテナの声がした。それは子守唄だった。バカにし過ぎだろうと思ったが、しばらく聞いている内に睡魔がやって来た。息を吐いて肩の力を抜いた。重力に引きつけられるいつもの感覚だ。

「あれ?もう寝ちゃったんですか?いつもながら見事ですね」

 それは独り言となった。眼の前にあるモニタの一つに文章が流れる。アテナからであり、

『サポートをお願いね』とあった。

 健太郎は二人が潜入した夢世界と室井家にあるパラダイスシートの同調作業を開始した。








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