第10談
不知火はあたりを見回した。そこには生首が転がっている。吐き気を催し、その場に吐いてしまった。口を袖で拭きとると、キッチンへ乗り込む。家政婦が一人、殺されていた。まだ、傷口から血が溢れ出ている。そこにあった包丁を手に取ると、再び自分の部屋へ戻る。
部屋には誰もいなかった。たった数分空けただけで、部屋がこれでもかと言う程荒らされていた。犯人が使ったであろう縄が敷かれている。クローゼットにあった服がすべて破かれ、床に落ちており、漫画本や雑誌がしまわれた本棚はベッドの上に倒れていた。不知火は部屋のドアを閉め、包丁を机の上に置くと、ベッドの上のわずかな敷地に座り込む。
「ぜってぇ獏だ。あいつ、俺を殺しに来やがった!」
漫画を一冊床に投げた。怒りが頂点を越してしまっている。
「出てこい、ビビリ野郎! 俺様がオメエを裁いてやる! 死刑だ、死刑だ!!」
「いいや、裁かれるのはお前だよ。」
どこからか聞きなれた声が聞こえた。黒フードは既に不知火の後ろに立っていた。そして、持っていた縄を首に括ると力一杯引き上げた。不知火は天井まで上がる。そのまま、すべての体重が首に伸し掛り、窒息状態になる。不知火はジタバタと手足を暴れさせるが、逆に縄がきつく締まっていき、呼吸が完全にできなくなる。数分立つと、不知火は全く動かなくなった。心肺が停止し、筋肉が緩み排泄物が体から垂れ落ち、床に汚く積み重なる。
黒フードは持っていた血のついた包丁を死んだ不知火の手に握らせた。黒フードは不知火の近くにテーブル台をおき、縄の持ち手をベッドの柱に結びつけた。ケータイを使い、ありったけの人間にメールを送信すると、裏口から走り去っていった。
「御疲れ様、獏君。二回目の殺しはどうだった?」
壁際に女性が寄りかかっていた。
「君か。不気味だけどいい気味だよ。殺そうとしていた人間に殺されるなんてね。」
「そっか。それはよかった。君はもう、家にいていいよ。警察に怪しまれたら僕たちの復讐劇が終わっちゃうからね。」
「分かったよ。それと今日の夜、僕の家に殺しに狂って言ってたよ。」
「本当に狂った奴らだ。それは僕と彼で何とかしとくよ。君は家でゆっくり休みな。」
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【2009年4月1日午前8時38分】
絡繰総合中学2年4組教室
「ねえ、君その本好きなの?「PRIMEVAL」シリーズ。」
敷枝が読んでいた本に気づいた女性が声をかけてきた。敷枝はそっと顔を声の方に向けると晴れやかな笑顔の少女がいた。
「うん、これ面白いんだ。あなたは?」
「僕も好きだよ、そのシリーズ。それと僕の名前は絹糸。幅足絹糸っていうんだ。君は?」
「私は苦界敷枝。よろしくね」
「僕こそよろしく」
ふと敷枝が目を覚ました。カーテンから細い光の筋が通っている。布団から起き上がった敷枝はカーテンを開けた。光が眩しいのか目を閉じてしまう。
「‥‥‥久しぶりに見たな、この夢。」
今から4年前初めて絹糸と会った夢を何度か見ていたが、最近は全く見ていなかったが、今日久しぶりにこの夢をみたのだった。
「お墓参りに行こうかな」
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野蠍刃金は世界が嫌いだった。「平和」「友愛」「協調」どれもこれも口だけの見栄。実際は「戦争」「孤独」「不協和音」がどこもかしこも溢れ出す腐りきった世界。この世界はもう必要ない。必要なのはすべてを統治する「神」。世界政府を実行しようとする者たちを、彼は崇拝していた。
彼は昔から都市伝説が大好きだった。実際はありえないことを信じ込む彼は、少しずつ現実から切り離されていった。実際は「フリーメイソン」も「新世界秩序」も、暇な大人が作り出した妄想だということを彼は気づかなかった。2012年人類滅亡説を信じていた彼は、その妄想が外れた時も、「新世界が始まる日だ。人類は滅亡しない」と、瞬時にすり替え、それを言い続けていた。
【2年前 午前2時22分】
「僕はさ、この世界がとても大嫌いなんだ」
巾足絹糸は帰路で獏にそう語った。片手に少年漫画を持った彼女はカバンにその漫画をしまい込むと、再び喋り始めた。
「ほらさ、この世界って力を持っている人間しか幸せになれない死合わせな世界じゃんか。僕はこんな世界なくなればいいと思ってるんだよね。」
「いきなりどうしたんだよ」
「そう思わない?漫画だって現実だって、結局は強くて愛しくて信頼され友情に溢れ明るくて格好よくて素晴らしい人間じゃないとこの世界は生きていけないんだよ。僕たちみたいなそこらへんのモブキャラみたいなやつには劣等で堕落な人生しか送れないんだ。」
「そうとは‥‥‥思わないけど‥‥‥」
「馬鹿かよ君は」
「う‥‥‥」
「どこを見たって世界は公平に不幸平。力を持つ者が支配して、持たないものはゴミ同然。その証拠にほら、少年漫画を見てごらんよ。麦わらの一味モンキー・D・ルフィは仲間との強い絆をもち、木の葉の忍者うずまきナルトは両親の愛に満ち、ハンターゴン・フリークスは素晴らしき心をもち、死神代行黒崎一護は生まれながらにして力に恵まれている。坂田銀時だって藤崎佑助だってトリコだって黒子テツヤだって男鹿辰巳だって黒神めだかだって一条楽だって日向翔陽だって斉木楠雄だって潮田渚だって伊達先パイだって豊口深空だってハイジだって音無キルコだって幸平創真だってみんな恵まれてるんだよ。漫画だって現実だってこの世界を幸せに生きて行けるのは全員恵まれてるような奴なんだ。どこかの恋愛小説のように馬鹿で駄目な女の子がアイドルと恋愛できないし、人間のクズのような奴が美女に励まされたりしない。バトル漫画のように素から能力を持ち、ラブコメのようにイケメンじゃないと、この世界はとっても不幸平なんだ。」
「‥‥‥だから?」
「僕はこの世界を変えたいんだ。主人公がモブキャラに、モブキャラが主人公になるような世界に作り替えたいんだ。」
「作り変える……ねえ」
「面白そうだろ?主人公気取りが奈落に落ちてゴミ同然の人生を過ごしていく世界を、君は見たくない?」
「どちらかといえば見てみたい」
「約束だ。あと1年で、世界を変えてみせるよ」
【8月1日 午前7時7分】
「君は……いつ約束を果たしてくれるのかな?」
獏は写真立てに入っていた絹糸の写真を見つめる。そして、写真立てを伏せた。
「空は青くとも心は赤し」
そう言うと、獏は外を見た。不知火の仲間が多く集まっている。自分を殺しに来たんだろう。でも、大丈夫。死んだふりをして乗り過ごそう……。馬鹿だから、きっと死んだふりをすればわからないだろうな。
そんなことを考えている内に、大勢の不知火の仲間たちが家に乗り込んでくる。獏は落ち着き、ベッドの上に座る。階段をガタガタと鳴らし、扉の前で止まる。獏は「すう」と息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「獏!死ねえ!!」
その言葉と共に不知火の仲間たちが部屋へ乗り込む。その一人、金獅死土星が獏に向かってこう言う。
「お前、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」
「君たちは……金獅死土星君・土洋尾水星さん・日菜影木星君君・水溶性金星時さん・月下人太陽君・木卜月さん・飯島啓君・鈴森光さん・名井心君・藤間日和さん、そして城嶋晶子さんか。不知火くんが見えないようだけど?」
「ふざけんな!お前が殺したんだろうが!」
「殺すぞ!?アア?」
「覚悟しろよ、クソ野郎!!」
獏は立ち上がると窓に向かって語りだした。
「殺して、何が悪いんだ?」
部屋に沈黙が走る
「那珂鴫妖光も哉気端亜も竹谷円円刃も伐誤不知火も、死んでも当然なんだよ。新しい世界には旧主人公は必要ない。影の主人公、つまりは僕たちが新世界の主人公になる。はっ」
「なに言ってんだよ。うるせえ」
獏の背中に包丁が刺さる。土星がバットで顔面を思いっきり殴った。歯が数本飛んでいくのが見える。
数時間後、獏は肉塊に変貌していた。彼が、今回の事件の実行犯だとされ、彼を殺した青年たちは刑法36条2項・過剰防衛とされた。平和が街に訪れる―――――。
第一部・完