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それで私は幸せになれますか?

作者: Sexy-king

11月の夜。

冷たい雨。

別れ話には最高のシチュエーション。


そんな事を考えながら、呼び出された「K-box」(ケイ-ボックス )へと向かう。

傘も持たずに濡れながら、凍りつきそうなアスファルトを歩く。


行交う少ない車から視線を感じる。

「哀れに想っているのかな?」

度重なる別れに慣れすぎて、自分に酔って泣き崩れて、周りの反応を楽しんだり、「絶対別れないから」と相手を威嚇したり・・・。

別れることに悲しみを感じることが出来ずに、それどころか、「それ」を楽しむ為に人を選んだり。

今回が「それ」だ。

今回の相手は「K-box」のオーナー、「ケン」に紹介してもらった、2歳年下のさっぱりしない感じの男「裕一」。仕事に関しては真面目で稼ぎもいいのだが、刺激が無い。いわゆる退屈な男。

行きつけのバーのオーナーの紹介だから、断るのも気が引けて、時間を持余していた時期とも重なり、なんとなく付き合いだした。別れの舞台を考えながら・・・


歩いた距離、雨の量から濡れ具合が足りないが、哀れな女を演出したくて選んだ白のワンピース、白のハイヒールがアスファルトからの跳ね返りの雨で程よく汚れている。

「K-box」とアーチ状に書かれた黒い大きな扉を開けると、カウンターに寄り添うように座るカップルと、一番奥の席に座る少々酔いが回り始めた若い男の3人組。この人気の無さはいつも通り。


「おっ?一人?」

オーナーの「ケン」がカウンター越しに話しかけてくる。と、同時に振り返るカップルとちょっと目を細めながら見てくる3人組。

「え?裕一に呼び出されたのよ・・・聞いてないの?」

何も言わずに手渡してくれたタオルで髪を絞りながら問いかける。

「聞いてないよ。ウチは暇な店だから、予約無しでいつでも歓迎だからね。一応あんなの作ったけど。」

と、笑いながら親指で後ろを指差す。

ゴールドに輝くプレートに大きく「予約席」の黒い文字。テーブルなんかに置く、「あれ」だ。

「超いらない物じゃん。しかも多いし」

今から別れ話をする人に思われないように、陽気に答えながら、いつもの「ブラッディー・メアリー」を注文する。

半分ほど呑み終えた頃、黒い大きな扉が勢い良く開いた。

店内を流れる、昔流行ったドラマの主題歌と、大きく重い扉のせいで気付かなかったが、外はドシャ降り。今度はオーナーが声を掛ける前に、皆が振り返る。

「こ、こ、こんばんは!」

みんなの目線が怖かったのか、自己紹介でも始めそうな勢いの「退屈な男」が立っている。しかもびしょ濡れ。

「傘持ってないの!?」

思わず怒鳴ってしまい、空気が重くなる。

「お前が言うなや」

「ケン」が突っ込んでくれた。さすが、バーテン一筋13年。かわし方を知っている。

「バカじゃないのもう!止むまで待ってればいいのに!」

さっき髪を絞ったタオルで頭、体を流れる雨をふき取る。

「だって、時間がないんだもん。あと30分しかないよ、由美の最後の20代」

私の動きが止まる。

「・・・え?」

私からタオルを奪うようにとって、自分でガサガサと拭きながら話始める。

「ごめんね、由美ちゃん。20代最後の誕生日に急な出張が入って。でも、最終便で帰ってこれてよかったよ。少しだけど、最後の20代一緒に過ごせるし、「ようこそ30代!」って乾杯も出来るし!でも、飛行機揺れて怖かったよ!天気酷いらしいよ。当分は雨みたぃ・・・」


私の体の自由を奪ったこの男が何かを喋っている・・・。

少し整理してみよう・・・。

付き合い始めて半年。何の進展も無い退屈な毎日。キスどころか、手にも触れてない。週に一度合うかそれ以下か。毎日の会話もメールで済ます。最近では返信もしない状態。読まない時も・・・。

それに嫌気がさした裕一が雨降る夜更けに私を呼び出し別れを告げる。

それを聞いた私は

「恋愛に臆病になって、前に進むことが出来ないの!ごめんね、退屈な思いをさせてしまって・・・。悪いのは私だから、本当にごめんね」

などと、作り上げた辛い過去を話し、泣き崩れて

「重い過去を背負った女」

を演じる。そして相手を困らせて、別れる・・・・・・・


「聞いてる?ねぇ、由美ちゃん!聞いてる?」

肩を叩かれ、我に返る。

「で、お土産と、誕生日プレゼントがあるから、とってくるね!」

そう言うと裕一は店を飛び出して行った。


ほんの数秒後、明らかに事故と分かる音が辺りに響いた。店内にまで聞こえるほどの音。背中に寒気を感じ、気が付けば外に飛び出していた。

歩行者信号が付いた電柱に車が突っ込んでいた。運転手は無事で、車から降りて辺りを見回している。そして私の目の前には見覚えのある人影が横たわっていた。


静寂を感じ、ふと空を見上げると、雨が雪に変わっていた。

「裕一・・・・?」

横たわる裕一に近づき、上半身を抱え込み私の膝に体を乗せた。血の付いた左手を優しく握る。答えるように優しく握り返す。

「・・・ごめんね、由美ちゃん。最悪の誕生日になっちゃたね。でも、初めて由美ちゃんの手に触れることが出来たよ・・・」

涙が止まらない。偽りの無い本当の涙。

「涙が冷たいよ・・・」

雨と雪でずぶ濡れになった退屈な男が、精一杯の冗談を言っている・・・。

幸いにも意識ははっきりしており、見た限りの傷は、間違った方向に曲がった右足と、地面に落ちた時に付いたであろう、左手の裂傷。疲れているのか、目を閉じている。

数分後、静寂を突き破り、救急車のサイレンが鳴り響く・・・。


搬送される救急車で裕一が喋り始める。

「出張が決まったとき、メールの返信が来なくて、そのまま捨てられるのかと思ったよ。でも、今日会ってくれてありがとう。最悪の誕生日の穴埋めは必ずするから。本当にごめんね。」

私は、出張のメールすら見ていない。

「そろそろ別れのシチュエーションを・・・」

などと、思っていた頃だ。最低な女、いや、最低な人間だ。

いつからこんな風になったのか。優しい女に戻りたい。強がりも止めたい。寂しいって泣きたい。胸を借りたい。

裕一と付き合いだした頃、酔っ払いの私が言ったそうです。

「私を抱きたいなら、私が30歳になるまで我慢して。話はそれから!」

訳の分からない、嫌な女だ。普通の男ならその場でさよならでしょう。でも、彼は、裕一は我慢した。酔っ払いの言葉を聴いて、話に付き合ってくれた。退屈な男は、私が作ってしまった。私もけじめをつけなきゃ。


11月の夜。

冷たい雪。

別れ話には最高のシチュエーション。


きょう、私は20代と共に、変わり果てた自分と別れます。生まれ変わって、裕一に逢いたい。全てを話して楽になりたい。

結果はどうでもいいんです。


それで私は幸せになれますか?















人は何のために人と出会うのか。


人は何を求め、人と出会うのか。


自分以外の「誰か」に何かを求める前に、「誰か」に何かを与えたい・・・。

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