彼が再び
「もういい!ジェームズ、帰るぞ。」
お茶をグビグビ飲み干して、クリスはまだ開けっ放しとなっていた扉に足音高く向かった。
「もう帰っちゃうの?」
ジェームズと話していた弟クリストファーは、残念そうに姉を見やり寝台から乗り出した。
「クリストファー、次に会ったときには剣行祭の優勝をお前にくれてやる!そしてその時には、父上のようになっていればいい!」
「あは、僕がそうなったらきっとクリスティアも一緒だね。」
クスリと笑う弟を見やって、クリスはふんと部屋をあとにした。後ろからはジェームズが静についてくる。
「ジェームズ、稽古をつけてくれ。」
「私で宜しければ。」
振り向きもせずに声を掛け、了承を得るとそのまま屋上へと上がる。普段ならば、騎士達が練習する道場がある場所で剣を抜くのだが、1人で集中したいクリスは屋上にある王家専用の道場へと向かった。あの場所なら、うるさい輩はいないため剣の練習に思う存分打ち込める。筈だった。
「なぜお前がここにいる。」
扉を開けて目に飛び込んできたのは、今一番会いたくない人物。アルフォンスだった。
「いや、クリスティアに会いたくて。」
「気持ちの悪い事を言うんじゃない。そして、クリスティアと呼ぶな。私はクリストファーだ。」
「頑固だね君も。」
「ほめ言葉と受け取っておこう。」
脇にある休憩所の長椅子で寝転ぶアルフォンスに、ちらりとも目を向けず彼から充分に距離を取った場所でジェームズ相手に剣を構えた。
「手紙の返事聞かせてもらっても?」
「受けることは受ける。だだし、正妃の話については却下する。」
「なぜ?」
ふぁと欠伸をしながら聞いてくるアルフォンスに、いざ剣の稽古を始めようとしていたクリスは、呆れてジェームズに待ったを掛けて剣を下ろした。
「剣行祭は、この国で一番剣の使い手が優れている者決めるものだ。貴様の変な趣味を増やす為にやるのではない。」
「変な趣味とは酷いな。この国に習ってクリスティア、君にプロポーズしたのだけれど。とりあえず座って話でもしない?」
ごろごろと長椅子に横になって笑うアルフォンスを眺めて、クリスは呆れて彼に言った。
「男が男にプロポーズなんぞする時点で変な趣味だろうが。それに、剣の稽古をしないならば出て行ってくれないか、ここは剣を鍛える場所だ。」
「いや?僕はクリスティアという女性にプロポーズしたのだよ。今は休憩中なんだ。」
時間の無駄だとクリスはジェームズ相手に稽古を始めた。
「クリス様、剣がふらふらしております。しっかり集中なさって下さい!」
ジェームズは、元騎士団の長を長年勤めていた。そのため、年老いた今でも剣の腕前はなかなかのものだ。彼の剣を受け止め、必死についていきながら、じりじりと間合いを詰めていった。
キンと剣が弾かれる音とともに、黒の剣が宙に舞った。
「ほぉ、流石剣使いの優勝者。なかなかのものだな。」
弾かれたのはジェームズの剣。額か滴り落ちる汗を白い袖口で拭ったクリスは、自身の剣を鞘に収めて言った。
「当たり前だ。この国の先頭に立つ以上、剣の腕前はどんな者にも優らなければ。悪いが剣行祭の優勝は貰った。」
不敵に笑うクリスを見つめて、アルフォンスは臆する事なく言い放った。
「どうかな?自信は過信に繋がるぞ。気をつけたほうがいい。悪いが、君に勝つ実力を僕も持ち合わせていることを忘れないように。」
なんだそれは。
ムッとして言い返そうとしたが、さっと立ち上がったアルフォンスに遮られてしまった。
「祭りの日を楽しみにしてる。」
そう言って扉から出て行ったアルフォンスをポカンと見送っていたクリスは、ぶつぶつと小声で彼を罵った。
「…邪魔する前にさっさと出て行けば良かったもののっ!必ずアイツに勝ってみせるわっ。」
はーっはっはっと女性とは思えない笑い声を上げて、クリスは再びジェームズと向き合った。