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剣使いの国

使えない騎士を引き連れ、部屋へと戻ったクリスは、不機嫌そうに牛張りの上等な椅子へドカッと腰掛けた。


「ジャッキー、何時までそんな所に突っ立ってるんだ。早く王へ報告しに行け!」


「はっ、はい!」


部屋へ戻っても戸口でそわそわと落ち着きなく立っていた騎士へ渇を入れ、騎士にしては雑な礼をして戸を閉めず立ち去ったのに対し暴言を吐くと、近くに居る執事を呼んだ。


「ジェームズ、茶をいれてくれ。」


「畏まりました、クリス様。」


年配の執事は、近くにあるティーセットで丁度飲み頃のお茶を入れて、不機嫌な主に差し出した。その一連の動作から、執事歴はかなり長いことが伺える。


「全く、こんなに良くできた手本を一番近くで見ていながら、どうやったらあんな風に育つことが出来るんだろな。」


申し分ない茶を啜りながら、静かに佇む執事を見た。


「私には勿体無いお言葉で御座います。」


「そう言うな。長年騎士団長を務めたお前が言う言葉ではないだろ。しかし、騎士団に入れたのは間違いだったみたいだな。」


「恐れながら申し上げますと、あれは我が一族における、最大の出来損ないで御座います。陛下の広いお心遣いで、職を頂けてるものの、剣の腕前は一向にあがらないばかりか、幼子でも出来るような事が出来ないとは、全く嘆かわしい事です。」


「そこまで言うか…。まぁ、確かに酷い状態ではあるが。仮にも一人息子だろう?」


「あんな出来損ないは、息子とは言いません。きちんと育てられなかった私共にも責はありますが、愚息には何も残しません。あれがクリス様の護衛を命じられる日が来るならば、即私の手で始末致します。」


きりっと発する言葉からは、冗談とは思えない真剣さが伝わってきて、クリスは苦笑して手元にある書類に視線をやった。


「そういう日が来ないことを祈ろう、ジャッキー(愚息)の為にな。」


ここ、ベヴェル国は剣使いの国と呼ばれる。それはどこの国に言っても有名で、民にとっての誇りである。昔に始まりの王が一本の剣で国を統一したのが始まりで、地位や男女問わずこの国では生まれて間もない頃に親から剣を贈られ、徹底的に剣術を叩き込ますよう義務づけている。そんな国だから、名高い家系の中には子供に剣術の素質がないとわかると、自らの手で殺してしまうという事が多々あった。その結果、跡を継ぐ子供が足らず、この国の一番の問題点となってきた。見かねた王により、素質がなくても無闇に殺すべからずという命まで下ったほど事態はかなり深刻である。


「どうしたものか。」


王も頭を悩まし、城を明け渡してお見合いパーティーなるものを開いているが、人間というのは欲張りである。自分の子供には、剣術が優れている者を跡に継がせたいと選り好みするため、なかなか思わしくない。最終手段で、政略結婚をさせてもいるが、上手く事は運んでいないようだ。


「はあ…。」


クリスは、山のような書類に埋もれて溜め息をついた。国の問題ともうひとつ、頭を悩ましているものがある。


「クリスや~、儂の可愛いクリスや~い。」


「クリス様、陛下がいらっしゃいます。」


廊下から部屋へと響いて来た声に、ジェームズは控えめに声を掛けてきた。


「…わかっている。」


低い声でそれに答えて、出入り口を睨んだ。そこに登場したのは、父でありこの国の現国王であるゼウスⅡ世である。


歩くたびぽよんぽよんと揺れる腹の肉の塊は、違う意味で婦人方の注目の的となっている。昔は、母曰く大層な美形だったらしいが、残念な事に少しも面影は残っていない。さらには、食事に気をつけているにも関わらず、体重は増える一方だそうで、大臣達は頭を抱えているという。政務よりも毎日食事と睡眠を優先するどうしようもない人だが、その体系と行動が可愛いく(クリスには肉の塊が歩いているだけに見えるが)それが癒やしだと言って、誰も注意しないという非常事態になっている。

当の本人は、

「クリスに任せれば、国は安泰だ。」

と抜かすほど、頭が軽い。


そんな頭が痛い父が、今目の前にいる。


「用件はなんです?」


椅子も勧めず、単調直入にクリスは王に聞いた。


「んもー、クリスは冷たいのぉ。寂しいじゃないの。」


ぽてぽてとクリスに近づいて、両手の人差し指をいじいじとさせる姿は、50を過ぎた実の父だと思いたくないのが本音だ。


「私は忙しいのです。話はさっさとすませて下さい、陛下。」


「そんな堅苦しい話し方を誰に習ったんじゃ。パパって呼んでくれないとお話してやらん。ぷんだ。」


顔を背けた目の前の爺に、危うく切りかかりたいのを抑え、脇に従えていたジェームズに無言で合図した。


「申し訳ありませんが、陛下。クリス様はまだ仕事が残っておられますので、この辺で。」


やんわりと促す執事に目もくれず、顔を戻した国王は、懐から一枚の手紙を出し、手渡した。


「何ですか、これ。」


差出人は、良く知っている名。


隣国の王子、アルフォンス・シューベントからだった。


さっき貰ったという国王を無視して、まだ開封されていない真っ白な封筒の封を果物用ナイフで開けた。目を通していたクリスの表情が、見る見る内に変わっていくのをジェームズは黙って見ていた。


「父上はこれをご存知で?」


「パパって呼んでって言ってるのに。あ、うん。アルフォンス君から直接聞いた。」


間の抜けた声に、今までとは比べほどにならないほど殺気だった主に、内心冷や汗を掻きながら、ジェームズは声を掛けた。


「クリス様、手紙には何と?」


ギリギリと歯を食いしばりながら、クリスは手紙を読み上げていった。内容は季節の話から始まり、国王夫婦への挨拶が書かれ、当たり障りのない手紙に思えたが、それを過ぎるとジェームズは真っ青になった。


向こうが書いた内容はこうだった。


『…さて、クリストファー殿におかれましては、日々剣術に励まれているとの事。同盟国としては尊敬し、また見習わなければと思う次第です。そこで提案なのですが、今月末にベヴェル国で開かれます剣行祭で、クリストファー殿にお相手をして頂きたく思っております。貴国が勝利された暁には、其方が有利な条件をのむつもりです。しかし、此方が勝利した際にはクリスティナ王女を我が国の妃に迎えさせていただきます。』


クリスはそこまで読みきると、くしゃりと丸め、父めがけて投げ捨てた。


「何だこの手紙はっ。」


紙屑は狙ったように父親の腹に命中したが、彼は虫に当たったかのようにポリポリとかいただけだった。


「何って、ラブレター?クリスが結婚申し込まれた~。アリスに言わねばっ。」


一大事だと言わんばかりに肥満の体を揺らしながら、そそくさと部屋から脱出しようと背を向けた父親に、右足を蹴り上げて踏みつけた。


「おい、話はまだ終わってない。」


「うわーん、クリスが暴力を振るう~。」


バタバタと暴れる父を踏んだまま、クリスは冷ややかに問う。


「まさか私に内緒で、勝手に返事を出したのではないな。」


ピタッと固まった国王は、うるうると黒色の瞳を潤ませて答えた。


「2つ返事で返しちゃった。」


「……。」


一気にその場の空気が凍った。それに気づいた父は、あたふたと弁解を始めた。


「悪気はなかったんじゃ、アルフォンス君が直ぐに国王の了承が欲しいというからっ。クリスー。」


殺る(やる)なら今だな。


そう思ったと同時に、腰に下げている小柄な短剣を引き抜き、父の首に勢い良く振りかざした。確実に仕留める筈が、影から出てきたジェームズにより遮られてしまった。


「剣を退けろ、ジェームズ。」


ジェームズの短剣に阻止され、中途半端な体制のまま、クリスは睨みを利かせて言った。


「なりません、クリス様。仮にも一国の主。クリス様が直々に手に掛ける事はなりませぬ。…剣を鞘にお収め下さい。」


主の命に逆らう事までして、刃向かう彼に溜め息をついてクリスは渋々剣を鞘に戻した。


「クリス様の命であれば、クリス様の代わりに始末いたします故、このジェームズにお申し付け下さい。」


「あぁ、そうだな。すまない。」


護衛の兵も連れずに、ちょこまかと動き回っているどうしようもない父に大きな溜め息が出る。


「何だか今、とても失礼な事を言われたような気が…。」


そんな鈍い父から離れ、クリスはジェームズを従えて部屋を出て行こうとした。


「これ!クリス、どに行くんじゃ?」


まだ床に寝転んだままの父の声に、うんざりしたように振り返って、クリスは何でもないように言った。


「クリスの所に行って来ます。父上にはこれ以上、私の足を引っ張らないで頂きたく思います。あぁ、余程お時間を持て余してらったしゃるなら、母上の所でも行かれたらどうです?」


そう言い終えるやいなや、父の返事も無視して部屋を後にした。



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