陽子さんは僕がお好き?
「早く来すぎたなあ……」
そう言って僕は腕時計を見ました。時刻は午前8時。待ち合わせ時間まではまだ2時間もあります。
でもこれは仕方のないことなんです。だって、生まれて初めてのデートの待ち合わせなんですよ? 夜はなかなか眠れなくて、朝方5時くらいにようやく寝付けたと思ったら、6時には目が覚めちゃって(しかも全然眠くない!)、朝ごはんを食べて、身支度をして、ニュースを見ながらコーヒーを飲んで……これでまだ7時。それから30分は何とか踏みとどまったのですが、もう居ても立っても居られなくなって家を飛び出してきたんです。この気持ち、分かりますよね? とは言うものの、雪のちらつくこの季節に普通なら2時間も外に突っ立っていることはできないと思うんです。カフェとか本屋、コンビニで時間を潰すとか、色々対策はあったと思うんです。しかし、この時の僕にはそんな思考は一切ありませんでした。頭の中は今日のデートの相手――岡田陽子さんのことでいっぱいでした。
陽子さんと出合ったのはとある飲み会でのこと。何となく意気投合して、アドレスを交換したんです。僕は自分で言うのも何ですがかなりの奥手なので、自分からメールを送るということはしませんでした。ところが! です。飲み会から1週間程経った日のことでした。陽子さんから――
「次の日曜日空いてるかな? お姉さんとデートしよ♪」
――とのメールが送られてきたのです。僕が動揺しまくったのは言うまでもないことです。
さて、時間というのは過ぎるものです。気づけば9時50分。僕はそろそろ陽子さんが来るのではないかと、周囲を見渡しました。すると――
「ふみやくーん」
――と僕の名を呼びながら、陽子さんが小走りで近づいてきます。
(う、うおおおおおおお!)
僕は心の中で雄たけびをあげました。小走りする陽子さんの何と可愛いこと。待ちうけ画面にしたいくらいです。服も凄く良い。女性ものの服に詳しくないので、どういう服なのか説明できませんが、清楚で、大人っぽくて、キャッチー……あー! とにかく綺麗で可愛いんです!
「待った?」
僕のそばまで来ると陽子さんは、息を弾ませながら言いました。僕は「いや、僕も今来たところです」とお決まりの文句を言って、「さ、さあ、行きましょうか」と続けました。
二度目になりますが、時間は過ぎていくものです。特に楽しい時間というのは。あっという間に夜です。僕と陽子さんは綺麗にライトアップされた雰囲気たっぷりの公園の中を歩いていました。
「!」
公園の中ほど、噴水の前で陽子さんが突然腕を組んできたのです。しかもぴったりと体を密着させて!「え、あう、あの……?」
「寒いでしょ? こうすればあったかいよー」
無邪気な声でそう言う陽子さんはむちゃくちゃに可愛いです。もう死んでも良いと僕はこの時本気で思いました。
しばらくその状態で歩いたのですが、陽子さんが突然立ち止り「ねえ」と囁きました。先ほどの無邪気な声ではなく、妙に艶っぽい大人な声で。
「は、はい……?」
「私ね、まだ寒いの」
そう言って陽子さんは体勢を変え、僕と正面から抱き合うようなかっこうになりました。僕より少し背の低い陽子さんが、潤んだ瞳で見あげています。やばいです。吸い込まれそうです。
「唇が寒いの。だから、ねえ?」
嘘でしょ!? 陽子さん! 僕らはまだ出会って間もないし、初デートだし、そもそも付き合ってるわけじゃないし、あなたを満足させられるようなキス・テクニック(?)も持ち合わせてないし……その時声が聞こえたんです。「いけ!」と。これは細胞の声。僕の脳が、心臓が、胃袋が、全身の細胞が命じるんです。「いけ!」と。
「陽子さん!」
僕は細胞の命じるままに陽子さんの唇に自分の唇を重ねました。陽子さんの体がビクッと震え、いつの間にか僕の背中に回していた手に力が入っていました。その上、悩ましい吐息が漏れています。僕は、僕はもう!
「一目惚れってやつ? 飲み会でふみやくんを見た時にピーンできたわけ。んで、一日デートしたらたまらなく好きになっててさ、だから思わずキスのおねだりしちゃったのよね」
陽子さんと付き合いはじめて一年が経過したころ、僕が初デートの時の話をはじめ、「もしかしてあの時から僕のこと好きだったの?」とからかい半分に聞いたら、こういう返事が返ってきたのです。ストレートにそう言われて、僕は何だか照れてしまいました。顔が熱くなるのを感じます。たぶん耳まで真っ赤になっていることでしょう。
さらに陽子さんは、こうつけ加えました。
「ま、今はあの時より……。ふふ。愛してるぞ、ふみやくん」