07・少年と初対面
普段から早めに教室へ向かうヴィクトリアスとボズは、ヴィクトリアスの机の上に汚い文字で『裏庭に来い』などという果たし状もどきが貼り付けられているのを見た。いつもなら無視して破り捨てるヴィクトリアスだが『お前のたまごは預かっている』なる言葉が添えられているのを読んでしまっては行かねばならないだろう。たとえ邪魔な置物扱いしていたとは言え、あのたまごはヴィクトリアスが召喚したモンスターなのだ。
ヴィクトリアスは正面に立つクラスメイトを睨みつけた。少年の足元には幼児が乗れそうなほどの大きさを誇るカブトムシが所在なげに前足二本を擦り合わせている。まるでごますっているようだ。
「今、何と言った?」
ニヤニヤと嫌な笑い方をする彼が手に持っている物、それは部屋に置いてきたはずのたまごだった。朝見た時よりも灰色に近い色合いになっていることに内心首を傾げながら、ヴィクトリアスはただのクラスメイト――ジャン・オールドリバーを詰問する。
「何って、使えもしないモンスターなんかを召喚した君の代わりに僕がこれを処分してやろうって言ったのさ」
ただのたまごなんてあっても無駄だろ、とジャンは嘲笑う。ヴィクトリアスはジャンの餓鬼臭い行動に頭痛がする思いだ。嫌がらせにしては悪どく、また決闘や戦争でもないのに他人の使役魔を不要に傷付けるのは犯罪である。それをこの馬鹿は分っているのだろうか、とチラリと思ったが、このような行動に出たということは分っていないのだろうことは間違いない。親の顔が見てみたい、とヴィクトリアスはしみじみ考えた。
「お前に処分してもらいたいとは思っていない。返せ」
「僕にはあんだよ」
説得のしようがないと理解したヴィクトリアスは、あまりの答えに脱力しかけた体をピンと伸ばした。こちらは馬鹿に付き合ってやる時間などないのだが、説得には時間を要しそうである。
「そのたまごのマスターはオレだ、そのオレが不要と言ってる」
「何も役に立たないたまごのマスター? だせぇな」
オレがたまごを召喚しようが何を召喚しようがどうでも良いだろうと怒鳴りたくなったヴィクトリアスだが、ぐっとこらえて冷静になろうとする。ここは校内だから生徒間の平等は保たれてはいるが、日常生活においてはその限りではないのだ。上流階級に目をつけられると将来的に困ることを、目をつけられてしまった従兄が嘆いていたのをヴィクトリアスは知っている。
「役に立たなくても立つとしても、それはオレの召喚したモンスターだ。返せ」
手を差し出せばニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるジャン。ヴィクトリアスは眉根を寄せて訝った。何を考えているのだろう。
「こんなたまごごときに真剣になるなんて馬鹿じゃねーの? そんなに返して欲しいならやるよ、ほバッ?!」
両手で持ち直し――頭上を越え後方へ放り投げようとしたのだろうジャンはしかし、それは叶わなかった。たまごを抱えて前かがみになったちょうどその時たまごの上部が勢い良く上へ飛び、ジャンの顎を直撃したのだ。
そしてたまごの下半分はジャン手から滑り落ち――地面に刺さった。どうやら強度は問題ないようだ。顎を押さえ悶絶するジャンとその傍に刺さるたまごの姿はどう見ても似合わず、何が起きたか知らないものであれば首を傾げることは必至である。
ヴィクトリアスはとりえず苦しむジャンを放置することにしたまごに近寄った。何がかえったのだろうか。ついさっきまでの予想は二股キツネだったのだが、さきほどの音速を越えたたまごの殻を見てそれはないだろうと考え直した。
「一体何の……子供?」
たまごの中にいたのは果たして子供だった。もちろん人間の子供ではない。年齢は二歳かそこらだろうか、人間の子供にしては全てが小ぶりである。亜人、という言葉がヴィクトリアスの頭に浮かぶ。亜人は卵生だったのか……ボズが喜びそうな新発見にヴィクトリアスは打ち据えられた。同じ人型をする種族として亜人も胎生だと思っていたのだが、それは間違いだったらしい。やはりモンスターと人間は違うのだと再確認した。
まじまじと見れば亜人の子供は青い髪に濃いクリーム色の瞳をしていることが分った。髪の間からは黒いちいさな角がのぞき、かえったばかりだから当然なのだが何も着ていない。
「お前――いや、君の名前は」
宝石のような目だ、とそう思った。この子に相応しい名前なんて考えれば考えるだけ迷うに決まっている。なら、直感で付けよう。そう思って口を開いたヴィクトリアスは次の瞬間その場から吹き飛ばされた。
「げ、はっ!」
十メートル程滑空し運悪く校舎の壁に叩きつけられる。頭を打ちはしなかったため気絶は免れたが衝撃のあまり声が出ない。
一体何がどうしてこうなったのか。ヴィクトリアスがもったりとした動きでたまごとジャンのいる方向を見やれば、たまごの殻から這い出た亜人の子供がちょこちょことこっちへ歩いて来るところだった。
そしてヴィクトリアスの前で立ち止まると、大きく口を開き――
「こにょくはへはほう!」
亜人の子供はパッと口を押さえ、プルプルと震えながらヴィクトリアスを睨みつける。
「おみゃーのせいら――!!」
痛烈な蹴りを側等部に受け、ヴィクトリアスは強制的に真っ暗闇の世界に誘われた。
たまご氏が言いたかったのは「この腐れ野郎」「お前のせいだ」です。
すぐに仲良くなるかと言えばなかなかなりそうにないのが現状です。




