06・たまご泥棒に泥棒
放置されて数日が過ぎた。この数日で分かったことはヴィクトリアスだとかいう餓鬼が私を誘拐した犯人だってことと、私がまるでゴミのように扱われてるってことだけだ。ムスカの発言は傍目には面白いけど当事者になるとムカつくってことが分った。知りたいとは思わなかったけど。
ここ数日を振り返ってみれば、誘拐されるまでとは全く逆の生活だった。それを朝から順に追っていこう。先ずは、誘拐犯が目覚めるところから。
ごそごそという物音がし始め、私に振動が伝わってくることから餓鬼が起きたのだと分る。餓鬼は私を布団に適当に転がしてるんだろう、私はごろごろと転がされ邪魔物扱いされる。でんぐり返りでは普通回らない回り方をするものだから酔うし、餓鬼にむかっ腹は立つしで――腹の底から噴火しそうだ。
それから餓鬼は同室者らしいボズとかいう餓鬼を起こして、ついでに二股キツネのフレイムに挨拶をする。たまごと動物じゃそりゃあ扱いも変わるってものだけどさ、あんたが
召喚して送還しなかったんなら責任もってどこかに安置するのが普通でしょ?! こう頻繁に揺らされちゃたまったものじゃない。
『竜様、おいたわしや』
フレイムは私が歯ぎしりしているのを感じ取り、飛び起きてすぐ私の体勢を戻そうと奮闘してくれる。ファントムさんに外と意思疎通ができないものかと聞いたら、モンスター限定で可能だということで念話を教えてくれた。ついでにフレイムが私のことを竜様と呼んでいるのは私が高位でフレイムが低位だからだ。
「フレイムはほんとうにその子が気になるんだね」
「そうだな。たまごからかえったら嫁にやろうか?」
「うわあ、楽しみ!」
前足を使って必死に私の体勢を直そうとするフレイムを見てか、ボズと餓鬼がそんなことを言い出した。このくそ餓鬼共――いや、ボズに罪はない、落ち着こうか私。悪いのはヴィクトリアスと呼ぶのもムカつく餓鬼であってボズじゃない。なんで貴様が私の嫁入り先を決めるんだとか、私はキツネなんかじゃなくて竜族だとか――言いたいことが一杯ありすぎて憤死しそうだ。四肢が自由になる状態だったら床を転がりながら破壊活動したいくらいだ。我慢強いな私。
そして餓鬼とボズに連れられ申し訳なさそうにフレイムが部屋を出て行き、部屋はしんと静かになる。扉の向こう――廊下は人通りが多く騒がしいけど、人気のなくなった室内は板一枚隔てた喧騒とは隔離されて物寂しい。
家ではお母さんたちの生活する音がすぐ近くにあって、頻繁にお母さんやお父さんが私に声をかけたり卵の表面にキスしたりしてくれた。朝になればまた構ってくれるって分っていたから静かな夜も寂しくなかった。何にも二人には返せてないけど、たまごからかえったら親孝行するんだって思っていた。なのに――誘拐。たまごってことは親がいるってことがなんで分らないの? 教師らしき人は送還しようかって言ったよね? 送還しもしないくせに邪魔だとばかりにそこらへんに転がしてるなんて、ホント……無責任にもほどがあるよ。餓鬼だからって許して良いことじゃない。
と、こんなことを悶々と考えながら昼を過ごし、四時を過ぎて餓鬼二人が帰ってきた後は餓鬼どもの笑い声にストレスを溜める――そんな日々を送ってる。フレイムが必死に宥めてくれるけどもう我慢しきれん。今日こそ目のもの見せてやる……!
だって今日は私がたまごからかえる日なのだ。ちょうど良いことに今日は土曜日(っぽい日)らしく、昼前に二人が帰ってくるとのこと。折檻する時間はたっぷりある。楽しみだと笑っていたら、扉がキイと開いた。フレイムの気配はないし餓鬼二人の気配でもない。誰もいないこの部屋に何の用があるんだろうか。掃除のおばちゃんが来るのはまだだし、侵入者は同年代だろう子供とその使役魔みたいだ。
「はっ、本当にたまごじゃん。サーチャーみたいな奴にはお似合いだな」
なっ!! あの餓鬼とお似合いだって?! このくそ餓鬼……どうやら死にたいみたいだな。
『竜様、これでもワイのマスターですねん、許したってください!』
『誰だ貴様は勝手に回線を繋ぐなこの電波野郎。上司の罪は部下の罪だ貴様の命をもって贖え』
『ひっ!』
この餓鬼の使役魔らしいカブトムシ(っぽい魔物なんだとか。何ができるんだろう)が勝手に話しかけてきたのを一蹴すれば、奴は泣きそうな悲鳴を上げた。
『ホンマすんまへん、身の程知らずっちゅーことはよお分っとりまんねや……でも竜様やったらたまごのまんまでもマスター殺してまいそうや』
私を前にして誘拐犯を嬉しそうに罵る少年をよそに、私はカブトムシと念話する。
『したことないから分らないけど、試してやろうか、貴様のマスターで』
『止めて! ホンマ止めて! 代わりにワイが謝りますさかいどうか勘弁』
と、私は急な浮遊感に目を見開いた。どうやら持ち上げられたらしい。
「このたまごを割ってやったら――あいつどんな顔するだろうな」
『よく聞け虫野郎、貴様の上司は死刑だ』
『うぁ――ん!! なんでワイ、こんなマスターに召喚されてもーたんやぁーっ?!』
残念だったね、と言えばカブトムシは泣き伏した。カブトムシの上司は私を何か袋に突っ込むと部屋を出た――餓鬼が一歩歩くたび何かにぶつかって吐きそうになる。丁寧に扱えよ畜生め……半殺しで済むと思うなよ。