05・少年と使役魔
モンスターを召喚し使役魔――相棒とするには名付けの契約が必要だが、返事をするはずもないたまごに名前を付けてどうするのか。どんなモンスターかさえもわかっていないのだ、雌に雄の名前を付けることもできないということで、ヴィクトリアスはただ卵を抱えるだけしかできなかった。
周囲でクラスメイトが新しい相棒と仲良くやっているのを見ながら卵の表面を撫でる。今日の授業は召喚の儀式だけ――残った時間は使役魔と交流を深めるようにとの学校側からの配慮だろう。
なんとはなしに見回せば、ボズが二股キツネを召喚しさっそくフレイムと名付けていた。ランダム出現にしては珍しいモンスターだ。幻影魔法に優れたモンスターだから、うまく育てれば心強い相棒になる。
「ヴィッキー! こいつフレイムっていうんだ!」
「良い名前だな。クラスの中じゃ一番凄いモンスターを召喚したんじゃないか?」
他の者たちは一つ目の小人や赤い瞳の狼、巨大なカブトムシなどを呼び出した様子だ。その中ではマシなモンスターといえる。
「うん、フレイムに勝てるモンスターなんていないよ! ね、フレイム!」
ケンと鳴いて肯定の返事をしたフレイムは、だがヴィクトリアスに抱えられたたまごに気づくや伏せをした。チラチラとたまごを見ては前足で顔を擦るフレイムにボズは首を傾げた。まるで恥ずかしがっているかのようだ。顔を何度も隠してはチラチラと見上げるフレイムは、傍目には照れているように見えた。
「どうしたのさフレイム? そんなに恥ずかしがってさ。ほら、お座り」
だがボズの言葉など聞こえていないがごとくフレイムは姿勢を戻そうとしない。
「同族のたまごなのかもな」
ヴィクトリアスはフレイムのその行動を見てそう考えた。モンスターの詳しい生態は分っていないが、この様子だと二股キツネは卵生だということだろう。大きさもちょうど良い気がする。照れているのかは分らないが興味深々であることは確かだ。ただ何故目を隠すのかまでは彼に分る限りではないが。
「え?! じゃあフレイムはオスだからこのたまごは二股キツネのメスってこと?! 良かったねフレイム、お嫁さんが出来たよ!」
「気が早いぞ、ボズ」
嫁以前にまだたまごだ。付き合うもへったくれもない。それどころかこのたまごが二股キツネのたまごかどうかもまだ不明なのだ。
「でもヴィッキーの使役魔と僕の使役魔がくっついたら可愛いと思うよ、僕」
「――まあ、な」
同じ種類のモンスター同士ならそれも良いかもしれない。友人と種類が被ることなど滅多にないことだから運が良いと言える。そして、ほとんどの使役魔はつがいを持つことがないためモンスターの生態が未知の領域であることもボズを興奮させる要因の一つだった。彼は研究志望だ。
「おーや、ヴィクトリアス・サーチャーはただのたまごを召喚したって聞いたけど、本当のことだったみたいだね?」
フレイムを挟んで二人で座り話していたヴィクトリアスとボズに、とあるクラスメイトが声をかけた。その声は友好的ではないどころか攻撃的である。
「アルタイル・ラフマンか」
ヴィクトリアスは顔を向けるまでもなく音源が分り顔をしかめた。彼は『やればまあまあできる子』代表であるヴィクトリアスと違い『やらないがまあまあできる子』代表の少年だ。やらないくせにできるとは羨ましいとヴィクトリアスは常々思っているが、『できる子』――アルタイル・ラフマンは、普段から余裕のあるヴィクトリアスの顔が気に入らないのだとか言って頻繁に突っかかって来る。
アルタイルの足元を見ればそこにはリスが一匹――それも角を持った一角リスがいた。小さい体のくせして樹齢数百年の木を軽々と持ち上げることができる怪力と、女性受けの良い愛らしい容姿を持ったモンスターだ。山椒は小粒でも、の代表例である。
「お前はリスだったんだな」
「ああ、もちろんだよ! 僕がそこらへんの底辺モンスターを召喚するとでも?」
ハン、とアルタイルは鼻を鳴らした。地味な見た目のヴィクトリアスとボズに比べ、キラキラしい容姿のアルタイルはどんな所作も似合ってしまうのだから人生とは不条理にできている。
「一体何のたまごかは知らないけどね、どうせ君のことさ、地面を這い蹲る地味なモンスターだろうね」
そうアルタイルが言うや、周囲でくすくすという笑い声が上がった。見れば笑っているのはクラス内でも上流の家庭出身の子供たちで、ヴィクトリアスが平時避けている類だった。嫌な奴らに目を付けられた――ヴィクトリアスは内心額を叩いて自分の失敗を呪った。さっさと教室から出ていれば話しかけられることなどなかったものを、ゆっくりしていたのが悪かった。
「その通りだろうな。――で、一体何の用だ、アルタイル・ラフマン」
「おや、用がなくちゃ話しかけてはいけないのかな? 僕はただ君の召喚したたまごのことを見に来ただけだよ。ね、グリ?」
アルタイルはリスにそう呼びかけ、リス――グリはトテトテとヴィクトリアスに近寄った。つぶらな瞳が愛らしいが、額の角が荒々しすぎて愛玩動物として見る気を失わせる。
グリはヒクヒクと鼻を動かしながら後ろ足二本でまっすぐ立ち、たまごを注視する。まさかそこまで真剣に見極めようとしだすとは思わなかったのかアルタイルはぽかんとしてグリを見下ろしている。――と、グリは何かに気付いたのかパッと逃げ出しアルタイルのズボンを登りだした。
「どうしたんだい、グリ? ヴィクトリアス・サーチャーなど恐るるに足らず、目付きが悪いだけだよ」
全く酷い言い様だが、確かにヴィクトリアスの目つきは悪い。まさかモンスターにまで嫌われるとは思いもよらなかったヴィクトリアスはこっそりと傷ついた。
「ホント、あいつはいつも睨んでるみたいだよな」
「それが召喚したのがたまごだって、恰好悪っ」
「言えてるな!」
魔術学院があるとはいえここは地方である。首都にある学院と違い上流の子供半分中流以下の子半分といったところだ。くすくすと笑う嫌味な子供もいるが残りの半分は不快を隠すことなく彼らを見やり、犠牲になっているヴィクトリアスとボズに憐憫の視線を投げかけた。彼らもたまごの召喚はかなりみっともないことと思っているが、それをわざわざ針で突くようなことなどしない。
「言いたいことはそれだけか? 用がないならさっさとどこかへ行ってくれ」
ヴィクトリアスが眉根を寄せてそう言えば、アルタイルはフフンと顎を反らす。
「ああ、もう用はないよ。せいぜいそのたまごを後生大事に抱えているのだね」
嫌味を言いに来ただけだと頷くアルタイルにヴィクトリアスは頭を抱えたい気分である。上流のお子様方というのはこんな奴等ばかりなのかと想像するだけで鳥肌が立つほどだ。
「元気出して、ヴィッキー」
「ボズ……」
アルタイルが去った後背中をポンポンと優しく叩いてきたボズにふっと笑む。
「とりあえず、そのたまご部屋に置いてこようよ」
「そうだな」
フレイムと遊ぼうと誘うボズに頷き、ヴィクトリアスはたまごを抱え立ち上がった。たまごの扱い方など分るはずもない、ベッドにでも置いておけば良いだろう――そう思いながら。
生まれるまでが長いですね。あと二話は必要かと思います。